民族解放戦線とイベルタリアン 1
ルカとティトを見送ってから数分がたった。
リスベットは未だレストランのテーブル席からを立たずにいた。
彼女の表情はとても明るく、如何にも機嫌の良い様子で鼻歌まで歌っている。
「とっても可愛らしい人、ルカさんって」
彼女の手にはナイフが握られていた、つい先程までルカが食事をするのに使っていた物だ。まるで美術品を鑑定するかのように、念入りにその道具を観察している。
次にフォークを手に取った、それも暫く観察した後、テーブルの中央に二つとも綺麗に揃えて並べる。
「ねぇルカさん。奴隷のフリをするなら、ナイフとフォークを完璧に使いこなしたり、テーブルマナーのしっかりした食事をしちゃいけないってことぐらい、想像できなかったのかしら?」
リスベットはクスクスと笑いながら、楽しそうに独り言を吐く。
「どうやら彼らは奴隷じゃなかったようね。探求者って感じもしない、そして育ちも良さそう」
さてどうしたものかしら。そう言うと彼女はゆったりと椅子に腰掛け目を瞑り、これからの事を考えた。
ロナが馬車に乗り込む。それが酷く荒い動作だったので、奥の席で仮眠を取っていたゼノビアは直ぐに彼女の心中を察した。
「改めて思うわ、私はくだらない物に縛られている」
少女はそう言うと履いていたハイヒールを脱いで、八つ当たり気味に馬車の外へ投げ捨て、着ていたドレスびりびりと破き始めてしまう。
「相変わらずだったようだね、奴らも」
「えぇ、なにも変わってない奴ら、本当にバカみたい、本当に」
「生態系の頂点というのは得てしてそう言う物だと聞く、最強故に変わる必要がないのだろう」
「くだらない」
ロナはあっという間にコルセットだけの半裸姿になってしまう
真っ白な柔肌に、ぎゅうぎゅうと体に食い込む下着、そして大量の青あざが見ていて痛々しい。
あの城塞のような屋敷のなかで、酷い暴力を振るわれたのだろう。
「それで資金援助の話は?」
「断られたよ、托卵機の弁償をしろと逆に金をせびられたね」
「まぁ、当然そうなるか」
二人には些かも落胆した様子はない、どうやらこの結末は最初から予想していたようだった。
ロナは座椅子の上にその体を投げ出し、グニャグニャと体の筋を伸ばし始める。
「で、仕込みの方は?」
「完璧よ」
その答えにゼノビアは薄く微笑む。
「それはよかった、万事このまま進められるな」
「えぇ、一度レイザンテに戻ろう。ゼノビアはそのままファルクリースに戻って地下室を整備しておいて」
ロナはそう言うと馬車の御者に合図を送る。馬のいななきが2〜3聞こえたかと思うと、二人の乗る馬車が静かに動き始めた。
「お前、ギルド連合本部に一人で行くつもりか?」
コルセットの背紐を緩める少女に、ゼノビアは困惑の質問を投げた。
「一人で十分よ、なんかリンツの奴が根回ししてくれたらしいのよね。ほんと、あのサル爺には頭が上がらないわ」
「いや、しかしだ……」
「大丈夫だからゼノビアさん。約束したでしょ? 私の言葉は信用するって」
紐の結び目が解けた、そのまま長い紐をズルズルと引き抜くとコルセットはハズレ、彼女は素っ裸になった。
やっとまともに息がつけたようで、気持ち良さそうに息を吐き出す。
「あー誰かマッサージしてほしい、死ぬほど疲れた」
言いながら彼女はルカの事を思っていた。彼女はルカの奉仕が大好きだった。
「ルカ………今頃なにしてるだろう……」
「さぁな、ウェストウッズには付いてるはずだが」
ゼノビアは呑気にそう言うと、パイプタバコを胸から取り出して咥える。
「大丈夫かなぁ、酷いことになってないといいけど」
「あの小僧は不死だ、酷くなりようがないだろ」
「酷い状況じゃな、最悪なのじゃ」
抱きかかえていたティトが突然そう言った。
どうやら糖分が抜け、正気に戻ったようだ。
「そうだな。最悪だ」
脱出の手立ては無し、民族解放戦線からはマークされてる、タイムリミットまであと40時間程度。
「どうするのじゃ? 制限時間やワンダラー達の警戒度を考えると、打てる手は少ないのじゃ」
言うと彼女は僕の耳元でふぁあとあくびをした。彼女の吐く息は妙に生暖かく耳がこそばゆい。
「明日は、まず一回ジェロームさんに会いに行きましょう、何か打開策を提示してくれるかもしれません」
「仮設留置所にいくのか? うぅむ、ジェロームさんとちゃんと会話できるかのぅ。昼間ちらっと見たがあそこの警備は厳重じゃった」
「まぁ……行くだけいってみましょう」
ティトはからだの力を抜いて僕の胸板に寄りかかってくる。体感重量が一気にあがった。
「眠いのじゃぁ、今日は野宿かのう」
「えぇ、そのつもりです」
こんな治安の欠片もない場所で野宿とは……リスベットと別れるべきじゃなかったかもな。
僕はそんな後悔を胸に浮かべながら、それから暫く夜の街を彷徨った。




