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占領と獣 4

 彼女の表情から微笑みが消え、代わりに強い意志の籠もった視線が僕らに注がれる。

「真の意味での隷属からの解放というのは困難である、そう思った事は?」

 意味不明な問いかけ。僕はなんと返せば良いわからず、ティトの方を見る。

「でもお前さんたちはそれを成し遂げたではないのか。じゃからこの街はこんなザマになっておるのじゃろ」

「……言葉が足りませんでしたね。私が言っているのは社会構造の話じゃなくて、人の心のありようの話です」

 ティトは実野菜をボリボリと食べながら、納得した様子で首を上下にカクカク揺らしている。

 なぜ今の説明で納得できるのか、僕にはまったく理解できない。

「貴方達は自由になったにもかかわらず主人を助けようとた、であるからして貴方達の心はまだ隷属的であると言える。でもそれはどんな人にも言える事じゃないかって私は考えているんです、人類は皆隷属的で、それは無論イベルタリアンだって例外じゃないって思ってる」

 リスベットの表情は真剣だ。取り繕ったような微笑みも無いし、余裕ぶった柔和な声色も消えている。

 熱弁を振るう真面目な少女、始めて彼女の本質を見れた気がした。

「イベルタリアン達は何にも隷属しとらんじゃろ、好き勝手に領土を拡大しておる」

「いいえ、そうとも言えない……例えば、社会。彼らイベルタリアンも社会に隷属していると言うことができるはず」

 めっちゃ難しい会話だな。僕が入り込む余地は当面なさそうだ。ティトが居てくれて本当に助かった。この小さな魔物は、感情や理性やらは年相応に下がってるようだが、知性だけはそこそこ高い水準を維持できてるっぽい。

 とにかく僕は黙々と不味い料理を突き続ける事にした。

「社会じゃと?」

「環境、と言い換えることもできるかもしれない」

 ティトはそれを聞くと大きく鼻を鳴ら、馬鹿にしたように椅子にふんぞり返った。 

「なにバカな事を言ってるのじゃ。奴隷は主人を選べんが、人権ある人間は住む環境を自由に選べるじゃろ」

 リスベットはそこで身を少し乗り出す。

「果たして本当にそうなのか? イベルタリアン……いいえ奴隷を除いた全ての人間は、確かに『自らの活動拠点とする環境を自由に選べる』という権利を持ってるかもしれない。しかし、『その権利を行使できるという精神的自由』は持てているか?」

 ティトは良く意味がわからなかったようで、首を傾げて僕をみた。いや、僕もわかんないよ、もうずっと前から。

「少しの工夫で環境には簡単に拘束力を持たせられる。肉体的バイアス、精神的バイアス、社会的バイアス。幼児はどうやって自分の両親を変えることができる? 檻の外は危険と習った子供が檻を出るにはどれ程の勇気が必要? 病んだ家族を背負った若者は彼らを捨てて新天地へ旅立つことができるか?」

 彼女の問いかけに、ティトはたっぷりと時間をかけて考え込む。

 リスベットの発言に具体例が出てきてくれたおかげで、僕にもなんとなく二人が話してることが見えてきた。

「確かに、そういう環境の場合には選択の自由は無いかもしれんのぅ」

 ティトがそう言うと、彼女は更に身を乗り出しより熱の篭った言葉を発していく。

「人間は、普段自分達が意識している物よりももっとずっと多種多様な物に隷属している。生まれ、育ち、肉体、両親、周囲の人間、文化、社会的地位、求められる物、求められない物。そういった世界が私を捕まえ固定し、私自身の型を決め、私を『私』という存在に制約し、それに満足することを強要し続ける」

 僕は思わず顔を上げ彼女をみた。

 いまの、言葉。

 懐かしい、とても強い感覚が僕の胸に広がっていく。

 ――世界が僕の限界を狭めて、僕は何一つ充足を感じなくて。

 ――空虚な時間ばかりを、平気な顔して過ごすことを命じられて。

 かつて僕が神の前で放った言葉に似ていると思った。

 彼女は瞳をくるりと動かして僕を見る。

「奴隷である、奴隷でない、それが個人の精神に与える影響は? 無数にある楔の一つが抜かれるに過ぎないんじゃないか、私はそう考えてる。じゃあもし……もしも、それら全ての隷属を断ち切れたとしたら、もしも自分を囲うすべての世界を壊して別の世界に移行することができたとしたら――」

 僕は思わず息を呑んだ。

 まさに自分のことだ。

 まさに自分の話だ。

 だから期待した、彼女の言葉の先に何か答えがある事を。

 なにか、僕の心に意味を与えてくれることを。

「――それでも、その人はきっと奴隷でしょうね」

 は?

「そんなわけないだろ!」

 僕は思わず大声を出してしまった。

 突然そんな事をした僕にティトはビックリしてる。一方リスベットは表情をピクリとも動かさない。

「ルカさん、たとえ貴方が世界を捨てられたとしても、貴方は貴方に過ぎないんですよ」

 貴方は、貴方であり続ける。貴方自身の隷属からは逃れられない。





 ウェイターが三度登場した。

 テーブルから皿を退けるのを僕たちは黙って見ている。次の料理はメインディッシュのようだ、大きめの肉が良い匂いを放ちながら運ばれてきた。

 僕はとりあえずその肉を見てることにした。とてもじゃないけどもうリスベットの方は見れない。羞恥心を始めとした様々な感情で僕の胸ははちきれそうだった。

 彼女の言った言葉は真をついていた。僕は所詮僕でしかない、こんな世界に来てもモブっぽいのは、僕がそういう僕だからだ。レベルの低さや、魔法の弱さなんて関係ない。

 心の底では気づいていた事だった、でも、だからこそ、人に指摘された恥ずかしさも大きかった。 

 肉は配膳台の上で丁寧に切り分けられ、皿に盛られ、ソースがかかって僕らの前に並ぶ。最後にリスベットの前に小さなグラスが置かれた。中には透明の液体が少量入っている、多分お酒だろう。

「私の言いたいことはつまりね、私達元奴隷には今たった2つの選択肢しか無いってこと」

 言いながらリスベットはグラスを口元に運び、一口飲むとテーブルに戻す。側面には肉球の跡がついている。

「少ない選択肢じゃのう」

 ティトは肉切れを二枚も三枚もいっぺんに口に運びながら言う。

「奴隷という自分に縛られてるからね。選べる道は『元の主人を助ける』か『新しい主人を見つける』その2つしか見いだせない」

 僕は黙って肉を口に運ぶ。

 ……旨い。

「新しい主人……ははぁんそういう事か、お前さん達は徴兵もしておるのか、なるほどのぅ」

「徴兵なんてそんな、民族解放戦線は行き場無いワンダラー達に居場所を提供してるだけですよ」

「物は言いようじゃな」

 ティトは最後の肉を嚥下すると、皿を手にとってぺろぺろなめ始めた。マジで意地汚いな。

 だが気持ちはわからなくもない、この肉料理は味が濃いめでなかなか旨かった。これまで薄味の物が続いてただけに、この甘辛いソースに舌が喜んでいる。

「どうですか? ルカさん、ティトさん、貴方達も私達の組織に来ませんか? 我々のボス『ファリア』は貴方達に興味を持っています。探求者ギルドに所属していたという事は、お二人共多少なりとも戦闘に心得があるのでしょ?」

 ……ファリア?

 あの仮面の男の名前か。

 そういえば僕、草原で彼に覗き込まれた時、本当に一瞬だが彼のステータスを見たような。

 あれ?

 なにか、その時、なにか変な感覚があったような。

 確か、なにかに見覚えがあったような。

 なんだったっけなぁ。

「ほほぅ、つまりお前さんの目的は儂らの勧誘か。獣人色ジカケに貧相なコース料理をエサにした客引きか、儂らも安く見られたものじゃのぅ」

「軽くなんて見てない、これでも私は全力だ。ここの料理二食分がいくらすると思ってるの?」

「おぅおぅ恩着せがましいのぅ、野卑な女じゃ」

 僕の思考を余所に二人はやいのやいの言い合ってる。

 リスベットの酒を舐めるピッチは大分上がっている、顔も桃色に変わってきてる。

「大体貴女、さっきから雑に食べ過ぎだ。もっと食を楽しもうっていう意識はないのか!」

「飯も食わず酒しか呑まん小娘に、食事マナーのダメ出しをされる筋合いはないのじゃ!」

 ウェイターが再び現れる。

 リスベットもティトも言葉を飲み込んで言い合いを中断する。

 リスベットは心底頭に来てるようで、トゲトゲしい視線を飛ばしていた。食事を始めたころの無感情で余裕たっぷりな様子はどこへやら、今やこのテーブルには見た目通りの精神年齢の子供三人が座ってるだけだ。

 ウェイターが運んで来たのはデザートだった。マカロンのような何かが2つ載った皿が僕ら3人の前に並ぶ。

 リスベットは困惑した視線をウェイターに送るが、ウェイターは涼しい顔で気づかないフリをしている。

「うわぁお菓子じゃあ!」

 ティトが耳障りな嬌声を上げ、マカロンに齧り付く。

 リスベットも驚いたようで、狂喜しながらお菓子にむしゃぶりつくティトに目を白黒させている。

 困ったな。ティトは砂糖に弱い、精神年齢が一瞬で5歳レベルに低下してしまう。

 まぁいい、今日はこの辺で十分だろう。

「お誘いの件、とりあえず今日の所は持ち帰らせてください。明日には返事をしますので」

 僕はそう言うと椅子から立ち上がり、ティトの肩を叩いて撤収を促す。

 リスベットの視線がさらに強くなる。勧誘に失敗したのが大分想定外だったのだろう。そんなにこの店の料理は高いのか?

 まぁいい、知ったことじゃない。

 ティトは一向に席から立たないので、むりやり抱きかかえるようにする。彼女は抵抗せずにされるがまま、マカロンを咥えて夢見心地だ。

「最後に一つだけ良いかしら、ルカさん」

「はい?」

 僕を見ながら、彼女はグラスに残った液体を一息に煽る。

「貴方は何に隷属するつもり?」

 僕はため息を吐いて背を向ける。

「知りませんよ、やりたい事をやるだけです」

 彼女の反応は見ずに歩きだす。

「……また会いましょうルカさん。私、貴方に興味があるの」

 当然、僕はなんの言葉も返さなかった。

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