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占領と獣 3.5

 最初に出てきたのは豆のスープだった。まさかのコース料理だ。

「どうぞごゆるりと」

 ウェイターはそう言うと音もなくテーブルから離れていく。こんな情勢下でもプロ根性を失っていないとは、恐るべき男だ。

「良いお店だと思いませんか? 今やこの街唯一のまともな飲食店と言っても過言じゃないんです」

 テーブルの向かいに座るリスベットはそう言うと、クスクスと小さく笑う。

 店はとても品のある静かな物だった、店内の明かりは蝋燭だけでロマンチックだし、装飾品は全て木目のような模様や色でくどく無い統一感がある。テーブルの配列も巧みだ寂しくなく、それでいて余所の様子が伺えない程度に上手く離されている。

 上流階級専門の高級店だろうか、一体なぜこの店は略奪にあっていない?

「ここのオーナーは以前から反奴隷の思想を掲げていました。だからボスが手厚く保護しているんですよ」

 キョロキョロと周囲を観察している僕の思考を読み取ったのか、彼女は疑問への的確な解答を教えてくれた。

「なるほど……ところで、リスベットさんの分は?」

 小さなスープは僕とティトの前にしか無く、ウェイターが戻ってくる気配無かった。

「誘っておいて言うのもアレなんですけど、実は私、もう晩御飯済ませちゃってるんですよね」

 は?

「なんじゃお前さん、失礼な奴じゃ」

 ティトは意地汚くベチャベチャとスープを啜りなが言う。

「すみません。まさか本当にこうやってデートに誘えるなんて思ってなかったんです」

 彼女はことも無気にそんな事を嘯く。それを受けてティトはケケケとバカにしたような笑い声を発する。

「デートじゃとデート、お前さん良かったのぅ。こういう彼女が欲しかったんじゃろ?」

 元奴隷獣人猫耳妹系ヒロイン。

 ……クソくらえ!

「うるさいですよティト」

 本気でイラッときたので僕は語気を荒めて注意する、だが少女は余計やかましくキャッキャと騒ぐ。

 ……ティト、お前さっきまでの弱気は何だったんだ? ただ腹が減っていただけか?

「あら、それはとても嬉しい話。恋愛って一度やってみたかったんですよ。どうですルカさん? 私達歳も近いようですし」

 彼女はスラスラととんでもない事を言って見せる。

 口調は相変わらず優しいまま、彼女のまったく考えていることが読めない。

 クソっ、なに心臓をバクバクさせてるんだ僕は。

 確かに外見はめちゃめちゃ好みだが、こんな意味不明な女と……てかそもそも何真に受けて悩んでるんだ。冗談に決まってるだろ、からかわれてんだ僕は。

「冗談はやめてください」

 顔が真っ赤になってる気がする。そんな自分がひたすらに恥ずかしい。

「女の告白を疑うのは外道です。今の私には貴方は本当に素敵な人に見えてるんですよ? 私はずっとナドラ公爵の元で性奴隷をやっていましたから、同年代の異性と食事なんてこれが始めてなんです」

 僕は飲んでいたスープを吐き出しそうになる。

 性奴隷? 何いきなりぶちまけんだこの女は。

 えづきそうになるのを必死に堪える、が結局ゲホゲホご咳を吐き散らすことになる。

「これは食事じゃないじゃろ、お前さんは何も食べてないじゃろ」

 ティトがどうでもいいツッコミを入れている。

「えぇ……確かにそうですね」

「なにか食うのじゃお前さんも」

 意味不明な事を言うティトに、むせ続ける僕。

 彼女はそんな僕らを少し困った様子で眺めていた。

「お二人共、少し失礼じゃなくて? これは私にとっての人生初デートなんですよ?」

 言いながら耳の毛をピリピリと逆立てる。なかなかかわいい仕草だ。

「失礼なのはお前のほうじゃろう、リスベット――」

 スープの入っていたお椀を犬みたいに舐めながらティトは言う。

「――真意を隠して友好を育もうなど臭い真似を。儂をあまり馬鹿にするでないぞ小娘」

 ティトの言葉にリスベットの表情が一瞬固まる。

 少女の外見に似つかわしく無い言葉遣いと、その的確な牽制に驚いたのだろう。

「わ、私は別に――」

「失礼します」

 数人のウェイターたちが影のように現れた。そしてテーブルの上から不要な皿を片付けていく。

 腰を折られたリスベットは言葉を飲み込み、軽く深呼吸をして意識を落ち着けていた。

 ……良くやったぞティト、心のなかで彼女に称賛を送る。

 配膳台がやってきた。今度は……鶏肉の料理か?

 黄色いソースに緑の葉物野菜、そして赤の実野菜に白いキノコ、なかなかカラフルだ。

 ティトは配膳されるや否やがっつき始める。普段だったら注意するが、今日ばかりは許そう。

「それで、お前さんの目的は何なのじゃリスベット」

 大きな葉を口に頬張りながらティトは問う。

「ですから――」

「これ以上ふざけた事を言うと帰るぞ、儂は本気じゃからな」

 リスベットは黙る。

 微笑みこそは顔に貼り付けたままだが、その視線はじっとりと重い。

 僕はフォークで肉をつついて食べてみる。まずい。水気も油もないパサパサした肉だ。肉の風味のついた紙を食ってるようで、他の野菜など一緒に口に入れないと、まともに飲み込めない。

 リスベットはまだ黙っている。

 ティトの汚い咀嚼音と、僕のフォークと皿が当たる音だけが場にある。

 さっきのスープもだけど、味が足りないなここの料理。もとからこうなのか? それともこんな情勢下で調味料が不足してるのか? 

「……ウェイター」

 リスベットが耐えかねたかのように沈黙を破る。

 一人のウェイターが音を出さずによってくる。

「マルナックを、キツめで」

「承知しました」

 ウェイターが去っていく。

「それじゃあ、私も少し腹を割って話をさせてもらいましょうか」

 彼女はそういうとぬいぐるみのような毛むくじゃらの手を前で組んで、そこに顔を置いた。

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