占領と獣 2
ガキンっと鈍い音。窓をから身を乗り出して下を見る。ゴミだらけの裏路地に着地したティトの姿があった。
「早くするのじゃ」口の動きだけでティトがそう急かす。
早くって言われても……高いぞ、ここは3階じゃないか。大丈夫かこんな高さから、下手すると骨を折ってしまうのでは。
「早くするのじゃ!」
ティトが顔を真赤にしながら叫ぶ。ええいままよ、僕は意を決して窓から飛び降りる。
ガンっと強い衝撃が全身を突き抜ける、だが思ったよりは痛くない。レベルが上がったことで体が頑丈になったのか?
「急ぐのじゃ急ぐのじゃ」
ティトは僕の手を掴み引っ張りながら路地裏を走り出す。
「まって、まってティト」
僕は必死に抗議の声を上げるが、彼女の歩調をまったく揺るまない。
「ティト、いったい何をそんなに怯えてるんだ?」
彼女がぐるっと首を廻して振り返った。
「『一体なにを』……じゃと? この大バカもの!」
僕の頭が叩かれる。
「あの男、仮面の男はお前さんの情報をあんなにいとも簡単に探ったのじゃぞ」
「探ったっていっても、血の事だけじゃないですか」
「それ以外も探れたらどうするのじゃ?」
え?
僕は返しに困る。
確かに先の戦闘の際は血の事しか見られなかった。でもそれはああいう騒がしい場面だったからで、もし、やろうと思えばもっといろんな情報を探れる能力だとしたら?
「儂らが魔物とその契約者であることがバレたら大変なことになるのじゃ。イベルガンの血を読みとれる能力があるなら、儂の血で何かに気づいても不思議は無いのじゃ」
ティトは再び前方に意識を戻し、歩みを速める。
なにやら前方から人々の騒ぎ声がする、街の中心部が近いのだろうか?
「良いかお前さん、兎に角あの手の人間に近づいては駄目じゃ。じゃからあの民族解放戦線の連中とはもう関わらないようにするべきなのじゃ。明後日まで儂らは潜伏するべきなのじゃ」
「いや……でも、それじゃあジェロームを助けられない」
何とかして彼らと交渉して彼を解放してもらわないと、このままだと処刑されてしまう。
「『ジェロームを助けられない』……じゃと? 寝言も休み休み言うのじゃ」
僕はまた頭をひっぱ叩かれる。
「よく見るのじゃルカ!」
その時、僕らは細い路地を抜けた。そこは街の中央広場だった。
広場には大勢の人々が集い騒いでいる。まるで野外ロックのライブだ、200人近くの人々がひしめき合い、中央のステージを見て騒いでいる。
だがステージの上にあるのは演奏集団じゃない、跪かされた全裸の中年の男と、それを囲む数人の武装兵だ。
「私の声を聞きうる全ての民達よ!――」
ステージの上の一人の武装兵が声を上げる。広場の市民達が歓声を上げる。
「――諸君! ついに千年にも及ぶ忍耐と窮乏の歴史が終わるときが来た――」
市民達が声を上げる。あまりに声量の重厚さで僕は何を言っているか聞き取れない。
「ティト……これは?」
彼女は何も答えず、ただ僕にこの広場の成り行きを見守るよう促す。
「――今日この日をもって、我々は自らの自由と尊厳を取り戻し、そして彼らに裁きを与えるのだ!」
武装兵の一人が斧を振り上げた、全裸の男が悲鳴を上げる。
鮮血が飛び散った。
男の右腕が、肩から切断された。
僕はそこでやっと市民達がなんと叫んでいるのかを聞き取る。
「殺せ」だ。
男の腕がステージの上から、市民の海へと投げられる。
熱狂的な声の渦、人々が腕を奪いあい、引きちぎりあう。ステージの上では中年が嗚咽を漏らしている。失禁をしてしまったようだ、それを嘲り囃し立てる声が響く。
「理解したじゃろお前さん。この街を今支配しているのは獣のじゃ。占領とはそういうことじゃ」
ティトはそういって僕の方を向く。
「ジェロームを助ける。それはつまりこんな野蛮なやつら数百人を敵に廻すということなのじゃぞ、お前はそれをわかっておるのか?」
僕は絶句する。
奴隷達が……元奴隷達が街の権力者の処刑を現在進行形で行っている。
異常な熱気だ。貯め過ぎた憎悪が、怨嗟が、悪意が、まるで炎のように燃え広がりこの広場を覆っている。
いや、ひょっとしたら、街全体がこのザマなのかも知れない。
「諦めるのじゃルカ。彼らを倒す事はもちろん説得だって難しい話なのじゃ」
「でも……ジェロームさんを見殺しにはできない」
こんな状況だからこそ、彼を見捨てるわけにはいかない。
彼はあの時、あの平原で僕を助けようとしてくれた。彼は馬を奪えていた、ワイヤーに引きずられる僕を助けようとなどしなければ逃げられたかもしれないのに。
ティトが特大のため息を吐き出す。
「止すのじゃバカ者。分不相応な考えが身を滅ぼすという事を、先月お前さんは学んだばかりじゃろ」
分不相応……本当にそうなのか?
なにか、なんとか手立てはないのか?
僕は必死に思考を回す。
その時再び人々の歓声、男の傷口に焼きゴテが当てられ止血されている。どうやまだまだ彼は殺されず、たっぷりと痛めつけられるようだ。
「なぁお前さん、諦めてほしいのじゃ。見よ、今の私の見すぼらしい姿を、力も知力もこんなに弱ってしまって哀れなのじゃ。頼むからこれ以上酷い目に……」
「脱出ならどうです?」
僕の言葉にティトはげんなりとした表情を浮かべる。
「止すのじゃ。儂はあんなふうに処刑されとうない。頼むから穏便に……」
「ティトの言うとおりジェロームさんを助け出すのは困難かもしれない。でも僕達二人でこの街からの脱出する事はできるかもしれない、明後日の処刑までに脱出して、外から助けを呼んでくる。それで彼を助ける」
「無茶を言うな!」
ティトは必死の形相で僕の体に飛びつき、ボコボコと胸板を叩いて抗議をした。でも僕の思考は、もう彼女の事なんてまったく眼中になかった。
考えていたのは、あの平原でのジェロームの言葉。
――俺の事は気にするな、俺にも君を気にする余裕は無い。
嘘だった。彼は僕を助けようとした、その身を投げ打ってでも。
「手伝ってくれティト、ジェロームさんを死なせちゃいけない」




