奴隷と労働 4
ギャチッという鉄の鳴る音ともに、荷台の上に仁王立ちをしていたジェロームが腰の二振りの剣を引き抜いた。
それと同時に鮮血が飛び散り、二人のワンダラーが落馬する。
ジェロームはそのまま荷車から降りると、遅れて突撃を試みた三騎目に一直線に駆け寄る。
騎手は長い鋼鉄のヤリを体の正中線と重ねるように構え、全速力で突っ込んでくる。ヤリがジェロームの体を貫く直前、彼は猫のように体を丸めてヤリの下を潜り、転がるようにして馬脚の内側へと入っていく。
馬の嘶き、飛び散る血と肉、足を切断された馬はそのまま倒れ騎手を下敷きにする。
強い。流石はブラザーフッドの古参メンバーの一人だ、伊達に長くダンジョンに潜ってるわけじゃない。
「ロッツはジャタルたちの救護を、リスベットは荷馬車の後ろに隠れてる奴をやれ。あの男は俺がやる」
仮面の命令通りに隊は三つに分かれる。僕の方には2騎が駆け寄ってくる。
「……やってやる」
僕はそう呟くと、手に魔力を貯める。
「『被え』『唸れ』『響け』――<付呪:雷撃>!」
【詠唱失敗
MPが足りません】
……え?
僕は慌てて自分のステータスを見返す。
【名前:ルカ・デズモンド
HP:123/123 MP:0/92】
MPが……0だ。
昨日、回復魔法の練習をジェロームさんとやって……それからまだMPが回復してない?
「前を見るのじゃルカ!」
ティトの声がした、顔を上げると目の前に騎馬が――
ゴッと鈍い音が頭に響いた。
芯まで貫くような衝撃と、体が中に浮いたのを感じる。
全身が柔らかい朝露に濡れた草の上に落ちる、遅れて強い痛みが頭を襲う。
「がっ……はぁっ!」
痛みに耐えながらも体を起こす。
3mぐらい吹っ飛ばされた。ジェロームは3騎を相手に戦っている、ティトは荷馬車の下に潜り込んで1騎を手こずらせている。2騎は負傷者の救護を、そして僕の方にかけよる1騎……
【名前:リスベット・アレスティア
HP:210/210 MP:0/0
ジョブ:放浪者
レベル:8
】
騎手は女だった、それも獣人、猫耳が生えてる、背丈も小さくて表情もあどけない、子供か?
元奴隷猫耳妹系ヒロイン……嘘だろカンベンしてくれ。
クソみたいな思考を中断して、僕は現実に集中する。
騎手がヤリを振り上げなら軸をずらし気味に突っ込んでくる。すれ違い様に僕の体を貫く気だろう。
僕はスパタを構え、相手に気づかれない程度に微かに姿勢を落す。ジェロームの真似をして相手の懐に飛び込んでやろう。
そう考えていたのだが――
カチッと金属質な聞きなれない高音が鳴った。そして肩に衝撃、僕は再び転倒する。
え? なに?
顔だけ上げて肩を見る、何かが刺さってる、ヤリの……刃先?
引き抜こうとするが抜けない、強い返しが付いてる。しかもそれだけじゃない、なにやらワイヤーの物が伸びていて……先は……?
次の瞬間ワイヤーが強い力で引かれ、肩を中心に体に強い負荷がかかった。全身が引き摺られる、体が草原の上を滑る。ワイヤーはヤリの棒部分と繋がっていた。そして騎手のリスベットはそれを持ったまま馬を飛ばし、僕の体を引きずり回してる。
「ぐっ、あ、ぎッ!」
強力な力でむちゃくちゃに体が振り回される。体制が安定しないで抵抗することさえままならない。草原の石や切り株が凶器となって僕の体に襲い掛かる。
「ぎゃああああ!」
太い腐った木の枝が僕の右肩に突き刺さり、大きな石が僕の右手の骨を砕く。
「ルカ君!」
名前が呼ばれた、見るとジェロームが馬に乗って……
「死ねや奴隷風情が!」
ジェロームはヤリを構え、リスベットの馬に叩き込む。
派手な転倒、女騎手は吹き飛ばされ、切り株に体をぶつける。
同時に僕の体も自由になる、彼女がヤリを手放してしまったようだ。
「ルカ! 早くこっちへ」
僕は起き上がり、顔を廻すと荷馬車のほうを見る。
「でもティトが」
「うるさい早くしろ!」
馬の上から手を差し伸べるジェローム、僕はその手を取ろうとした。
したのだが……
緑色の閃光が荷馬車の方向から飛び、ジェロームの胸を貫いた。
彼の体が馬から落ちる。
「ジェロームさん!」
彼に駆け寄る。
「馬鹿……逃げるんだ」
一見外傷はほとんどない、命に別状はなさそうだ、でも胸に手を当て苦しそうにもがいている。
僕は彼の体を起こそうとする。その時、後頭部に重い衝撃が走った。僕の体はジェロームの上に重なるようにして倒れる。そして襟首をつかまれ、彼の体から引き剥がされるようにして起こされ、また投捨てられる。
柔らかい草原を背中に感じる、太陽光がまぶしい、バカみたいに綺麗な青空が呑気に広がっていた。
リスベットが棒部分だけになった槍を手に、僕とジェロームを見下ろしている。鼻血がボタボタと流れでて、彼女の顔と服とを真赤に濡らしていた。
血と草と水、それからすこし獣の油の匂いを感じる。
こんな短時間で二回も殴られたせいで僕の脳はいろいろ限界なのだろう、意識がジワジワと遠ざかっていく。体を起こそうとしたら、リスベットが棒でつついて僕の体を地面に固定した。
「ボス、この子を見てもらっても良いでしょうか」
鼻血をたらしながら、彼女が明後日の方に向かって声を出す。
見ると騎兵たちがいつのまにか僕らの周囲に集まっていた。
「やーめーるのーじゃーはーなーすのーじゃー」
ティトはがたいの良い騎兵の一人に担がれ暴れている。
一人の男が馬から降りて僕に近づいてきた。仮面の男だ。
彼は仮面をはずすと、僕の顔を覗き込んだ。
……?
男はすぐに僕の顔から目を逸らす、そして再び仮面を装着した。
「間違いない、よく気づいたなリスベット――」
低く良く通る仮面の男の声が場に響く。
「――この小僧にはイベルガンの血は流れていない。ワンダラーだ」
え?
「どうします?」
「当然保護だ。おそらく、このガキ二人はその怪力探求者の奴隷なのだろう」
そこで僕は意識を失ってしまった。




