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奴隷と労働 1

異世界転生68日目

「新入り、てめぇはなんだってそう無駄に勤労意欲が高いんだ」

 ジェロームに指示された荷造りに苦闘しながら、ダークエルフのウルミアが横で同じ作業をしている僕にそう言い放った。

「少しでもッ、このギルドの役にッ、立ちたいだけですよッ」

 僕は言いながら懸命に荷袋に大量の鉱石を詰めていく。酷く力のいる作業で必然的に語気が強くなってしまう。

「だったら掃除やってれば十分なんだよ。お前が掃除当番から外れると、私みたいな有能な人員がその分掃除に当てられちまう。オフの日が減って通常業務のパフォーマンスが落ちる」

 ……なるほど、そういう事もあるのか。

 納得した表情の僕にウルミアは得意げに、フフンと鼻を鳴らす。

「ウェっへへへ。なーにが『有能』だ、お前だってまだ育成メンバーだろうが」

 いつの間にかウルミアの背後に立っていたジェロームが、相変わらずの変な笑い声と共にキツい言葉を浴びせる。

「ジ、ジェロームさん、違うんすよ。コイツ、この新入りが言い出した事で……」

「いいからいいから、早く作業を進めろ、俺は車を出してくる」

 ジェロームはそう言うと僕らの横を通って去っていく。

「アイツ、嫌なやつじゃのー。お菓子も全然くれない悪い奴なのじゃ。儂は好かんのじゃ」

 ティトのそんな呑気な言葉には誰も反応をしなかった。



 さて――

 ここらで一旦現状、特に今回の依頼についての説明を挟みたいと思う。

 依頼主はこの街「ファルクリース」の反物屋「フォンティン」の女将。事業拡張の為に新人が欲しいらしく、手先の器用な子供の奴隷が数名欲しいとのこと。

 この依頼先日引き受けたジェロームは、僕を引き連れて「ウェイストウッド」の奴隷市場へと向かう事にした。そして今日がその当日、現在準備作業中。

 ちなみに、今僕らが荷袋に詰めている鉱石は依頼とは無関係なただの交易品らしい。



「おっもぉい!」

 詰め終わった荷袋の一つをニ人係で持ち上げるも、その重量に僕は悲鳴を上げる。

「さっさと運ぶぞ!」

 ウルミアが激を飛ばし、僕らは外に止めてある馬車の下へと歩きだす。

 ティトは荷袋を下からパンチしてる、それで手伝ってるつもりなのか?

「おい、ティト――」

 道中でウルミアがティトに声をかける、ティトは彼女に目もくれずに夢中でパンチをしている。

「――お前、昨日地下2階に入っただろ」

 地下2階? なんだそれは。

 僕は普段地下1階の小部屋で寝泊まりしている。が、その下があったなんて初耳だ。

 ティトにとっても予想外の言葉だったのか、パンチを中断してウルミアの方を見た。

「行ってないのじゃ」

「嘘つくな。あそこは立入禁止だとゼノビアさんから言われてただろ、もう二度と入るなよ」

「え? このギルドハウスに地下二階なんてあったんですか?」

 僕の問かけにウルミアは心底面倒くさそうに舌打ちした。

「知らないなら知らないままでいい、立入禁止だからな」

「なんか危険な物でのあるんですか?」

「いーや、何も無かったのじゃ。狭い部屋と変な椅子が一脚あっただけじゃったぞ」

「とにかく!――」

 ウルミアが大声で僕らの言葉を遮る。

「――立入禁止だ! ゼノビアがそう厳命してたんだ」

 なんだよ変な椅子って……まさか拷問部屋?

 気にはなったがこれ以上質問すると本気で怒られそうなので、僕は一旦保留にすることにした。後でジェロームさんにでも聞こう。

 それからは三人で黙々と鉱石がギッチリと詰まった袋をギルドハウスの戸口に積み重ねて行く。

「よーっしお疲れお疲れ、大変だったな」

 丁度荷袋が全て運びお終わったタイミングで、ジェロームが牛車のような物に乗ってやってきた。

 粗末な荷台と簡素な御者席だけの安っちい作り。それを引くのは牛ではなく、やたら毛深く短足な丸っこい馬のような生き物だ。

 謎の生物に夢中になってる僕とティトを尻目に、ウルミアは地べたに座り込んでわざとらしく肩で息をしてる。

「それで……私の仕事は終わりですかね……」

「うぇへへへ、もうお疲れか、良いぞ休んでて。積み込みは俺がやっとくよ」

「あ、僕も手伝います」

「いやいや、いらんよ」

 彼はそう言いながら荷袋の一つを掴むと、軽々と持ち上げ荷台の上へといとも簡単に投げ入れてしまう。

 なんだよその力は――

「ジェロームお前さん、そんなに力にあるなら最初っから全部自分でやればよかったのじゃ」

 ティトがキーキーと文句を言い、ウルミアに頭をひっぱたかれる。

「さてさてさてルカ君、これから奴隷売買に行くにあたって予め君に言っておかなくちゃならんことがいくつかある」

 ジェロームは荷袋を投げながら僕にそう話しかけてくる。

「はい? なんでしょうか」

「まず一つ、奴隷に入れ込むなよ、君は変に甘ちゃんだからな。奴らはちゃんと理由が有って奴隷なんだから」

「理由ってなんですか……?」

 人を差別するのに十分正当な理由なんてこの世にあるのだろうか?

「何が『理由ってなんですか』だ。もう入れ込んでるじゃねーか、バーカ」

 ウルミアが横から野次を飛ばしてくる。

 ジェロームは彼女を無視して僕の問いに応える。

「俺らが買いに行く奴隷は『ワンダラー』って呼ばれてる人種、そいつらは今から千年ぐらい前の碧晶大戦の折に、人間全体を裏切って『角の女王』に下ったクッソ野郎共の子孫なのさ」

 碧晶大戦……僕は細い記憶の糸を手繰る。

 たしか、獣人血盟軍と人間族の間での戦争だったはず。表向きには「ジグードの血盟軍離脱」が人間族勝利の要因とされている戦争、真実はイベルガンとの契約による血線術師の誕生、そして彼らによる角の女王暗殺成功が終戦の要因。だったような?

 考える僕にウルミアが説明を加える。

「大戦からずっと人間社会より排斥されている人種だ、だから奴らの血にはイベルガンの血は一滴も入ってないんで、魔法もろくに使えないのさ。だからワンダラーってのは例外なく全員犯罪者で役立たずってわけよ、理解したかい新入り」

 なんとなく、理解はした。

 もちろん納得はしていない。そんな千年も昔の先祖の罪のせいで差別されてるなんて可愛そうだし、魔法が使えないからとバカにされてるのは不憫だ。

 でもこの二人の言い分も理解できる。

 だから――

「わかりました。同情はしません」

 ――一応口ではそう言っておく。言っておかないと連れてってくれなそうな雰囲気だ。

「よっしよし、良いねぇルカ、物分りの良い後輩は好きだよ俺は」

 ジェロームはニコニコ笑いながら牛車に寄りかかる。荷袋はいつの間にかもう全て積み終わっていた。

「ウルミア、ロープで縛っといてくれ。それやったらもう休んでていいぞ」

「えぇー! もう私へとへとなんですけど」

「ほらほら、あとちょっとだ頑張れ」

 ウルミアはしぶしぶといった様子でロープを受け取ると、牛舎の荷台にごそごそと上り始める。

「あの……僕も――」

「いいよ、輸送結びできないでだろう?」

 はい、できません。

「それよりもルカ君、言っておかなくちゃいけない事その2だ。いいかい、出先で絶対にティトラカワンの力を使うなよ、絶対にだ」

 彼らしからぬ、真面目な雰囲気の口調で僕にそう諭す。

「ティトも隠しておいて方がいいですかね?」

「うーん、そうしてくれるとありがたい。とにかく君が『魔物の力』を持ってることを知られるのは絶対に避けないといけない、最悪ギルド連盟の研究所とか軍に拉致られて二度と太陽を拝めなくなるかもしれない」

 僕は思わず身震いする。

 似たような警告をライトノベルの主人公がされる場面を、今までに僕は10は読んできた。当然どの主人公も実験材料になんてならなかったが、この世界は悪趣味だ、マジで研究所に監禁されて被検体のまま一生を終える展開になっても何も不思議は無い。

「は、はい。わかりました、絶対に使いません」

「いいねぇ、その意気だ。でも完全禁止だとそれもそれで大変だろう、だから緊急時に限り不死系の能力は使ってもいい。道中で簡単な回復魔法を教えてやるから、いざとなったらそれを詠唱する振りをしながら使うんだ」

「やめなよジェロームさん、この馬鹿にそんな巧妙な真似ができないって絶対に。ルカ、全面禁止だお前全面」

 ウルミアのちゃちゃが上から降ってくる。

「黙ってろウルミア。あーそれとティト」

「なんじゃ?」

 ジェロームは腕を組んで少し考える。言葉を選んでいるようだ。

「……まぁ、そういう訳だから君も出来る限り表に出ず、ルカの影に隠れていてくれると嬉しい」

「いやじゃ」

 ティトの即答。

「……まぁ、ルカ君、頑張って彼女を制御してくれ」

「いや無理ですよ」

 僕も即答。

 ジェロームはしばらく困った様子で頭を掻いていたが、結局なにも言葉を出せなかった。

 ウルミアの「やめろやめろ」という野次だけが響いていた。

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