奴隷と労働 0.5
異世界転生67日目
「血線術師というのは悪だ。強すぎる力ってのは、邪な出来事しか生み出せない――」
青黒いリザードマン、ダズ・イギトラは、神経質そうに指でテーブルを叩きながら言葉を続ける。
「そんな血線術師が、一組織の長となってしまった。これ以上の悪夢があるか? いや無い。だから誰かが止めないと、そう俺らが止めないと」
「それって、ロナの事をいっておるのか?」
ダズと向かい合うように座っていたティトは、お菓子を食べながらそう尋ねる。
「おい、滅多な事を口にしないでくれ。俺はあくまでも――」
「じゃあ誰の話なのじゃ?」
両手で砂糖菓子を掴みながらボリボリと頬張る少女の姿は酷く意地汚く、それに真面目に話かけているダズの様子の滑稽さがより際立つ。
「……わかりました、わかりましたよ認めます。この話はロナの話だ、ロナの事を言ってる、あいつをギルドマスターから降ろさないといけない」
「どうしてなのじゃ? 可哀想なのじゃ」
「だから、その理由は『彼女が血線術師だから』なんだってば。絶対にろくでもない事を始める、あぁ絶対に」
ティトは彼の断言に不思議そうに首を傾げる。
「そんな事ないと思うのじゃ、ロナは良い奴なのじゃ」
「何を言ってるんだティトラカワン。彼女は君を封印していた一族の末裔だぞ?」
「……そうじゃったっけ?」
ティトはテーブルのお菓子を全て平らげてしまい、名残惜しそうに指についた砂糖をぺろぺろと舐め始めている。
「でもロナは、儂にお菓子を沢山くれるのじゃ。このお菓子だってロナがくれた物なのじゃ。ここに居る人達のなかで一番お菓子をくれるのがロナじゃ、彼女はきっと良い人なのじゃ」
ティトは椅子の上で足をパタパタとさせながら実に楽しそうにそんな事を言っている。
ダズはテーブルの上で頭を抱え、困ったようなうめき声を上げている。
「ティトラカワンよ、どうしてそんな……それほどに献上物が必要なのか?」
「ケンジョウ……なんなのじゃそれは?」
ティトはもう集中力が切れたらしく、腰をムズムズと動かし今にも席から立ち上がろうとしている。
「待ってくれティトラカワン、それならこうしよう、もし俺がギルドマスターに復帰できた暁には、お菓子を山のように買ってやろう。ロナの10倍は買ってやる」
途端にティトの目が大きく見開かれた。
「本当か? 10倍!? 本当にそんなに!?」
「あぁ、約束しよう10倍だ」
「凄いのじゃ、それは本当に凄いのじゃ。分かったロナは悪い奴なのじゃ、ダズこそがこのギルドの長になるべき人間なのじゃ、完全に理解したのじゃ」
ティトは興奮した様子でテーブルの上に身を乗り出し、黄色い歓声を上げている。
「そうだ、だから有事の際は是非に俺にその偉大な力を貸してくれ」
ダズの言葉を聞き終わるか聞き終わらないかの内に、ティトは辛抱溜まらずといった様子で椅子を飛び降り、部屋の隅でモップかけをしていた僕の方へと走ってきた。
「ルカ! 聞いていたか! 十倍じゃぞ十倍! 今すぐロナを倒しに行こう」
「いいから、さっさと掃除を手伝ってください!――」
僕は強い口調でそういうと、彼女にモップを押し付ける。
「――ダズさんも、あまり変な事を言わないでください」
いくらロナが「里帰り中」でギルドハウスに不在だからといって、こんな場所で大声でやっていいやり取りではない。
「変な事? 俺は本気だぞ?」
ダズの言葉には返事をせず、僕は食堂の清掃作業に意識を戻す。ティトもしぶしぶといった様子でつまらなそうにモップがけに戻った。
僕がこの世界にやってきてから二ヶ月とちょっとが経った。状況は相変わらずだ、全てが相変わらず、何も好転していない。
僕のレベルは6というモブキャラみたいな低さのままだし、所属ギルドはまだ資金源の確保に四苦八苦してるし、ダズは精神的に不安定なままだ。
事態は何も好転していない。
ただ一点。ある一点だけ、凄く「ラノベの主人公」っぽい物を今の僕は持っている。
それは「不死」という特性。ティトと契約したことで手に入れた謎の特性。その特性への期待感が、今のこのしんどい日々を乗り越える唯一の支えになっていると言っても過言ではない。
前回の騒動による謹慎期間中の今、その特性の強さはまだ試せていない。だからこそ、その能力への期待は日々膨らんでいた。
果たして「不死」とはどれくらいの強さの「不死」なのだろうか? 首を切られても再生できる? 再生にMPは必要なのか? 真っ二つにされたら増殖したりできるのか? 液体のように体を溶かして再生もできる?
「よぉ、ルカ、今日も頑張ってるなぁ」
声がかけられ、僕はその方向を見る。
ジェロームさんが部屋の入り口に立っていた。いつの間にかダズさんの姿は消えている。
「どうも、ジェロームさん。今ダンジョンから戻ったんですか?」
「いやいや違う違う、ちょっと市民の方から依頼を受けてきただけさ」
彼はそう言うと酷く疲れた様子で手近な席に座り、ため息をついた。
「大変な依頼なんですか?」
「まぁ、ちょっとめんどくさいね。奴隷購入のパシリだ、ウェイストウッドの奴隷市場に行かないと」
奴隷市場。
その言葉に僕の内心は色めきだつ。
奴隷、しかも購入。
それは……ゲスい話だが凄い楽しそう。いかにもラノベな展開……だが、今までこういった話に釣られた結果ろくでもない事ばかり起きてる。
しかし、それでもなお、その言葉には惹かれる。
何を隠そう、僕は「元奴隷猫耳妹系ヒロイン」が大好きなのだ。
そらもう、かつて僕が居た世界ではそれ中心にラノベを買い集めていた程に。「神様」にこんな世界を頼んだのだって、そういうヒロインと出会えることへの期待があったからだ。
「どうしたルカ、興味あるのか?」
ジェロームは僕のそういった心の機微を読み取ったのか、そんな問いを投げかけてくる。
言葉に詰まる。難しい瞬間だ。
興味があると言えばただのゲス野郎だし、興味が無いといえば連れて行ってもらえない。どうする……
「いぇ……あの……それくらいなら僕にも手伝えるかな、と思いまして」
我ながら良い返しだ。
ジェロームも納得したようにウンウンとうなづいている。
「確かにそうだな。謹慎期間も今日までだっけか?」
「お外? 儂も行きたいのじゃ、もうここ飽きたのじゃ、儂も連れて行ってほしいのじゃ」
ティトが横から口を出す。
よし良い流れだ。これは本当に行けるのでは?
「ふぅん、まぁ好都合か。いや実はな、ゼノビアからもお前達を連れて行くよう言われてたんだよねぇ、丁度いいやこれは」
え?
「ゼノビアが? そう言ってたんですか?」
ジェロームはシニカルに微笑む。
「あぁ。君ってちょっと甘い所あるじゃん。それを叩き直す良い機会だって言ってたよ」
叩き直す良い機会――
酷く、嫌な予感がした。
まるで冷たい水をかけられ、これまでの浮かれた感情を洗い流されたかの様に。僕の体中を冷たい何かが駆け巡る。
「良い……機会ですか……」
「む? どうしたのじゃルカ、顔色が悪いぞ?」
またろくでもない出来事が始まり、惨めな思いをする、そんな確信にも似た予感が脳の中に湧き上がっていた。




