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血戦と血末 8

「で、仕切り直して? また舐めたこと言うと本当に帰るぞ」

 僕は敢えて高圧的な態度にでる。

 一応相手はダズを籠絡した魔物なんだ、警戒するに越したことは無い。

「儂はお前さんを舐めてるつもりはない。というかじゃ、お前さんは儂を誤解しておるのじゃ」

「誤解?」

「いやそのじゃな、儂はあれじゃ、ダズにロナを殺せとは命令しとらんのじゃ」

「はぁ?」

 嘘くせぇ。

「本当じゃ、信じてくれ。封印を解くのに必要な血の量は、ほんの数滴で十分なのじゃ」

「じゃあなんでダズはあんな事を?」

「儂は何もしとらん、儂はただ……」

 コイツ、なんでこんな見え見えな嘘を?

 ひょっとして封印のせいで知能まで低下してるのか?

「『英雄になれる』とかなんとか言って、ダズをそそのかしたんだろ?」

「いや、そそのかしたかと聞かれれば、そそのかしたのじゃが――」

 僕はため息を吐き、露骨な舌打ちをする。

「――待って、待つのじゃ。だからお前さんは勘違いをしてるのじゃ」

「だから、その勘違いは?」

「儂は人を殺そうなんて思っとらん、人を殺すのは好きじゃないのじゃ」

 呆れた。

 もう吐き出すため息もない。

 影はそんな僕を前にして、おろおろと揺れ動く。

「聞けと言うっておろう、頼むから最後まで聞くのじゃ。儂は確かにこの階層に挑む探究者を殺した、上の層に強力なネームドモンスターを投げ込んで殺したりもした。それは認めよう、儂は探究者を途方もない数殺した」

「だったら……」

「でもそれは儂の意志でやっていた事じゃないのじゃ。儂は呪われておったのじゃ、ワイルドキーパーという束縛に意識と思考を奪われて、番人という役割を強制させられておったのじゃ」

 え?

 僕はそこで初めて、顔を上げて真面目にその影を見た。

「儂は最初からダンジョンに居た訳じゃないのじゃ、二千年前に、何者かの手によってダンジョンに囚われたのじゃ。それ以来ただただ探究者を殺戮するだけの存在に固定されておったのじゃ」

 うっそ?

 そういえば、皆「モンスター」と「魔物」ってわざわざ分けて呼んでいた。

 魔物がただのボスキャラならば、ボスモンスターって呼び方で十分なはずだ。

 もっと言えば「魔物」イコール「ワイルドキーパー」ならば、魔物なんて呼称は存在しないはず。

 つまり……ダンジョンに自然発生する雑魚がモンスターで。

 わざわざダンジョン外から連れて来て封じこめた魔物が、ワイルドキーパー?

「儂ら魔物は、本来もっと高尚な存在なのじゃ。この世界のまだ人が到達しえない領域、『魔』を管理する、世界の理そのものなのじゃ」

 し、知らなかった。

 いや、待て待て嘘かもしれない。

 こんなショボイ黒い靄の塊が、世界の理?

「嘘だろ?」

「嘘じゃない! 無礼を言うでない! 儂はこう見えても嘗ては王だったのじゃぞ」

「じゃあ、なんで今はその『ワイルドキーパーの束縛』に囚われてない?」

 ここで一瞬でも答えに詰まったら、直ぐに振り返ってダッシュで逃げよう、そう心に決める。

 しかし、影は即答した。

「ワイルドキーパーの契約が失効したのじゃ。儂には『第十層への侵入者全てを抹殺する』という条件付けがあった、しかしそれがあの血線術師『グィンハム・ヴァルフリアノ』に封じられたことにより崩壊、契約が消滅したのじゃ」

「な……なるほど」

「極論を言えば儂はヴァルフリアノの人間には感謝しておるのじゃ。この封印から解放してくれたあの者たちには――」

「だったらなんでロナを殺そうとした!」

 僕は声を張り上げ、魔物の発言の矛盾点を突く。

 影が言葉に詰まる。

 よっし、嘘決定。

 僕は立ち上がる。

「待って、待つのじゃ、違うのじゃ。なんで儂の言う事を信じてくれないのじゃぁああ」

「信じてほしければ、ちゃんと説明しろ」

「ちょっと考えればお前さんにもわかろう。よいかお前さん、儂は二千年も自我を奪われ使役されておったのじゃぞ。そして遂にそれを返還されたと思えば、今度はほっそい糸で緊縛されて、三年間も中吊りじゃ、この苦しみを理解してほしいのじゃ。三年も同じところに括りつけられておるのじゃぞ、酷いのじゃ! 悪夢なのじゃ! 残酷なのじゃ! あんまりなのじゃ!」

「だからロナを殺そうと――」

「仕方なかったのじゃ、儂にはあのダズしか頼る相手が居なかったのじゃ。それしか手立てが無かったのじゃ、ダズがそれを望んだのじゃ、儂はそれに従うほか無いじゃろう!」

 なんだか、だんだんムカついてきた。

 こいつ結局自分の事しか考えてねぇ。

 なにがダズがダズがダズが……だ。

「それの何が悪いのじゃ、二千年もじゃぞ!」

 影の唐突な反論に、僕は怯む。

 僕は口に出してない、頭の中でそう考えただけだ。

 それなのにコイツは……

「儂は二千年も全てを奪われておったのじゃぞ! 儂はまた地上の世界を見たい、朝日に照らされる美しい草原を見たい、静かな夜の闇の中で咲き誇る草花を愛でたい。あの高き青空を、今一度、もう一度だけでも、この瞳に。その為ならなんだってする、なんだってしてしまう。それは当然じゃろ、当然の選択じゃろ? どうしてお前さんは儂を悪だと断じれるのじゃ?」

 こいつ、僕の心を読んでやがる?

 僕は思わず一歩後ずさる。

「――あ、違っ、待って。待つのじゃお前さん」

 その瞬間、始めて僕はコイツに対して危険性を感じた。

 今まで油断していた。

 が、やはりコイツはダズを籠絡しただけある。

 今だって危なかった、危うくコイツに同情してしまう所だった。

 コイツの話術は危険だ、まるで毒だ。

「ひ、酷いのじゃあ、なんでそんな事を言うのじゃ、儂はただ自由になりたいだけなのじゃ。人はもう襲わないのじゃあ!」

「交渉決裂だな」

 僕は言葉短くそう言うと、慌ててティトラカワンに背を向け、逃げるようにして舞台から遠ざかる。

 危険だ。

 危険過ぎる。

「待つのじゃお前さん!」

 待たねぇよ。

 僕にはロナがいる、大切な彼女がいる。

 だから僕はこの世界に満足してる、今の全てに満足してる。

 これ以上こんな魔物と会話をして、この充足した世界を壊されては……

「お前さんは本当に気づいてないのか! ロナは危険じゃぞ!」

 これ以上は耳を貸してはいけない、そう心に決めていたはずなのに。

 その言葉は心に深く突き刺さり、僕は思わず歩みを緩めた。

「本当に気づいとらんのか? ロナが、あの小娘が今回の全ての元凶なのじゃぞ?」

「な、なに出鱈目を言ってるんだ!」

 僕はどもりながらも必死に反論する。

「いいか魔物、僕の命を助けたことには感謝してる。でも彼女を侮辱するんじゃない、これ以上侮辱するなら――」

 だがその反論は、影の声で遮られる。

「お前さん、なんでダズが『ロナを殺す事』に執着したのか、本気で気づいとらんのか――」

 なにを、こいつは、さっきから何を。

 止せ、聞くな、聞くんじゃない。

 危険だ、逃げろ、このまま。

「――ダズはロナにフラれたんじゃぞ?」


  はぁ?

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