血戦と血末 5
笑っちゃうよな
なんだこの魔法は。
破壊スキルが81も必要?
バカじゃね―の、20以上だって見たことない。
消費MPが418?
なんじゃそりゃ。
ゼノビアさん3人分じゃないか。
明らかに人間が唱える魔法じゃない。
きっと敵専用魔法とか、精々イベントキャラ専用の魔法だろう。
だから僕は、詠唱完了と同時に自分の右手が粉々に分解されてしまっても、大して動揺しなかった。
当然だ。
まったくもって当然だ。
崩壊していく僕の右腕からは、紫電が迸り続ける。
触れるものすべてを微粒子レベルに解体する、この世の理を超えた力。
それは黒き英雄を貫き、ダンジョンの壁を打ち砕き、そこから差し込む日の光さえも無へと帰していた。
なんて魔法だ。
バカげてる。
バカげていすぎる。
これだけの魔法を唱えたんだ。
僕は死ぬ。
それに異論はない、文句もない。
むしろ幸運に思う、こうして苦しみなく死を迎えられる事に。
これだけの事をしたのに、安らかに死ねるんだ。
右腕は削り切れ、胸にまで崩壊が浸食してきた。
思考は徐々にほぐれ、古びた糸くずの如く解けていく。
ロナは、救えただろうか。
あの娘は無事に帰れるだろうか。
「それで、お前さんは本当にこんな運命を受け入れるのかい?」
安寧の眠りに堕ちようとしていた僕の元に、どこからともなく声が届けられた。
老人の様な、幼子の様な。
男の様な、女の様な。
いままで聞いた事も無い奇妙な声だ。
「お前さんは、本当にこの結末で良いのか? これが最期で後悔しないのかい?」
僕は思わず鼻で嗤う。
「無いよ。あるんだったら、選ばない」
胸がぼろぼろと崩壊し、脊椎や心臓が剥き出しになっていく。
生命機能の大半が停止し、僕は、僕という存在は、もう脳に残った僅かな電気信号の名残りだけだ。
「なるほど面白いのう――」
死の領域へと沈下して行く僕に、その声は呼び掛け続ける。
「――あの奇士がお前さんを選んだわけだ、さて、どこから来た者なのかのう――」
何かが僕の手を、いまだ崩壊してなかった左手を掴んだ。
「――今度はお前さんが、儂の器になるのじゃ」
体が引き上げられる。
死の領域から、魂が強引に剥されていく。
「あなた、は、何、僕は?」
崩壊したはずの肉塊が、まるで蝶の如くひらひらと舞って、僕の体へ……
――ようこそ。
「うっ、あああぁ!?」
意識が爆発するように溢れかえった。
長い長い夢が中断され、僕は跳ね起きる。
「ルカ!」
誰かが僕の名を呼ぶ。
そして僕の体に、何かやわらかい物がぶつかった。
「ルカ、本当によかった。死んじゃうかと思った、約束したのに! 逃げてくれるって誓ったのにバカ!」
それはロナだった。
小柄な少女が僕の上半身に抱き着き、そしてわんわんと泣き始める。
え、あ、?
なんだ?
これは?
「ロナさん、一体、え? 何が?」
「私も知らないわよ! 起きたらルカが倒れてて、私が聞きたいぐらいよ!」
倒れてたって。
ここは、まだワールンの舞台か?
だったら。
僕は赤子のようにしがみついて泣きじゃくる彼女を、そっと胸から引きはがす。
「ロナ、ダズはどうした、アイツはどうなった」
「ダズはそこで寝てるわよ、貴方が倒したんでしょ?」
寝てる?
死んでるじゃなくて?
慌てて僕は立ち上がり、辺りを見渡す。
そして直ぐにそれを、ロナの背後に横たわる彼を見つけた。
全身がチリチリに焦げあがったリザードマン。
鱗はもう一枚も残ってない、痛々しく赤くはれた皮膚を露出してる。
ときおり痙攣的に体を震わせている。
……なんだ、死んでないのか。
あれだけの魔法をぶち込まれたのに死んでないって。
驚くことに、生きてる彼を見て安心してる自分がいた。
こんな畜生染みた人間だというのに、殺す事に罪悪感を感じていた自分に驚く。
やはり殺人っていうのは、例え相手が……
……いや、違う。
結局僕は、彼の理解者だったのだろう。
「あの、ロナ、このままだとダズが起きたりとか?」
「あぁ、それは大丈夫、血をたっぷり抜いておいたから」
彼女はそう言うと、何故か右手で自分の口元を拭った。
良く見ると、少女の顔色はかなり良くなっている。
<複製されし煉獄の門を唱えて倒れた時は、あんなに真っ白で幽霊のようになっていたのに。
「そんな事よりもルカ、ダズは貴方が倒したの?」
「あぁ、うっ、たぶん、そうだと」
そっか、僕が倒したのか。
僕が、<神威の崩天>で。
次の瞬間、完全に油断していた僕の頬にを、暴力の衝撃が貫く。
バチンっと鈍い音が響き、僕の脳みそがぐらぐらと揺れた。
「うげっ、あ、痛ぁッ!」
二秒ほど遅れて、ロナにビンタされたと知覚する。
「ルカのバカ! なんで逃げなかったの! 私逃げてって言ったでしょ、約束したじゃない!」
「だって、ロナを置いて逃げるなんて。それにこうして……」
「それとこれとは別! 今は結果論の話はしてない、ルカは私の命令に従いなさい!」
彼女はそういうと、再び僕に抱き着いた。
そして再び赤子のように、大声で泣き始める。
僕は一体なんて言葉をかければいいのか、何をどうすればいいのかまったく判らず。
しばらくロナのされるがままになった。




