血戦と血末 3
「薨去せよ、楼月!」
「『舞え』『走れ』――<雷襲>」
僕は全神経をその一瞬へと集約させる。
時間が急速に引き伸ばされていく、一秒が十秒へ、十秒が百秒へと。
脳に流れ込む大量の電気信号によって、体感時間が何倍にも引き伸ばされていった。
――だが。
「うっ」
ガキッという重たい音。
器用に受け流せていた先ほどまでとは違う、刃と刃がぶつかり合う甲高い音。
「あははは、どうした、どうしたルカ君」
こいつ、もう僕の戦術を見抜いて……
ダズの斬撃には速さはなかった、いや、寧ろ先ほどより遅い。
しかし、どれも圧倒的に受け流しづらかった。
重心が剣の根本の方にある一撃、作用点が安定しない乱れた一撃、圧倒的な怪力の込められた強力無比な一撃。
僕にとって嫌な方向へと、剣術の練度が上がっていた。
しかも今なお上がり続けてる。
一撃一撃と積み重なっていくにつれて、僕は攻撃の勢いを逸らせなくなっていく。
「クソがぁあああ!」
攻撃を受けるごとに二歩、三歩と後退してしまう。
どんどん戦線が下がっていく、このままでは詠唱するロナの元まで……
「無理だよなぁ、技量と素早さだけじゃあ前衛は務まらんよなぁルカ君」
このままじゃ、駄目だ。
だったら。
だったら力を。
「オラァ!」
ゴグン、と一際巨大な音が鳴り響く。
弱い一撃を狙って受けたのだが、信じられないような衝撃が全身を貫く。
決して軽くないはずの僕の体が、一瞬浮き上がったような錯覚に襲われる。
「このまま吹き飛べ」
追い打ちをかけるように更に強力な一撃が僕目がけて……
「されるかよぉオオオオッ!」
僕は最後のMPを使い潰し、全身の筋肉という筋肉に膨大な量の電流を流す。
腕と足の筋肉の細胞が一斉に活性化する。
いや、活性じゃない、これは悲鳴だ。
自然には在り得ないような量の電気信号、そして在り得ない程過激な筋肉の収縮。
人の体の限界を超えたエネルギーが発生する。
空間を破壊するような、壮絶な金属音が響く。
「バカな!」
ダズの斬撃を、僕は受け止めた。
僕の全身の皮膚は真っ赤に湯立ち、骨がミシミシと壊れ始め、食いしばった奥歯は粉々に砕け散っていた。
でも、受け止めた。
一歩も引くこと無く、受け止める事ができた。
「バカな! そこをどくんだ!」
更に強力な一撃。
「ァアアアアアッ!」
もう一度僕はそれを受ける。
全身の内側にまで衝撃が染み込み、そして爆発する。
蒸気のような汗が拭き出し、急激に上昇した体温に脳髄が悲鳴をあげる。
右の眼球が破裂して、視野の半分が消える。
でも、それでも。
引くわけには。
「どけぇええええ!」
「ウォアアアアアア!!」
三撃目。
僕の左腕の骨が砕け、肉を突き破った。
呼吸器官がイカれたようで、まともな呼吸ができなくなる。
体中の節々から、穴の開いたホースの様に血が噴き出す。
全身の筋繊維がズタズタに引き裂かれ、もう魔法無しでは立つのもやっとだ。
それでも。
引けない。
引くわけには……
四撃目
ついに僕の体はボロクズの様に弾き飛ばされ、無様に地面に転がった。
「うっ、くぅ、あぁ」
でも、それで良かった。
吹き飛ばされたのはわざとだ。
その直前に、「それ」が目に入ったから。
「バカな、俺が、この俺が……」
ダズも「それ」に気づき、絶望の悲鳴を上げる。
――血線術の魔法陣。
それがダズの足元を中心に、大きく浮かびあがり、輝きを放ち始めていた。
「……其冥乃晦、其視乃明、不哭不滅不息、其燭九陰……」
ロナの言葉が響き渡る。
彼女は右手に書物を、自らの血で精製された魔導書を持っていた。
「……是謂赫龍……力を貸しなさい。『偽り』『最果て』『清め』『聖火』――<複製されし煉獄の門>」
眼も眩むような光が、魔法陣の中心から吹き上がる。
ダズの体はその輝きの洪水に飲みこまれ、一瞬にして見えなくなった。
薄暗い舞台が、光に満ちあふれていく。
その光は全て焔なのだと、僕は直ぐには気づけなかった。
――熱を感じない、煉獄の炎。
それがダズを、狂気の英雄を焼き焦がしていく。
閃光の様な焔はますます力を増して行き、僕の視界が何も映せなくなっていく。
勝ったのか?
これで、これで終わるのか?
そう思った瞬間。
そんな希望が胸に湧き上がった次の瞬間。
消え入るようなロナの声がした。
「ごめんルカ、お願い、逃げて」
閃光は唐突に消えた。
焔は刹那に掻き消え、彼女の魔導書は元の血の塊に戻って、バシャっとその場にぶちまけられた。
――ロナがその場に崩れた。
血を消耗し過ぎた彼女は、意識を失ってしまった。
「あハははハハ、まぁ、コウなるとはワカってたサ」
まだ光の残滓が残る舞台。
その中心に、彼は立っていた。
煉獄の炎に焼かれたはずの黒き英雄は、まだその足で舞台に立っていた。
「ザン念だったナ、ロナ・ヴァルフリアノ。俺モ君と同じ仮ケイヤクシャだ、もっトも契約しテる魔物のランクがチがうが」
微かに湧き上がった希望が、一瞬にして絶望へと変わる。
「だがキミの竜とはチガって、俺の『囁く者』ハ、曲がりナリにも現界シテる、そのサだよ」
ダズはボロボロだった。
全身の黒鱗は焼けただれ。
体の節々が炭化し、崩れ落ち。
顎の一部が損傷して、喋るのも困難そうだ。
でも彼は立っていた。
彼はまだ、動ける。
【名前:英雄無き時代の英雄
HP:89/2543 MP:35/37
ジョブ:ワイルドキーパー
レベル:エラー、未登録のIDです】
僕は悲鳴を上げる体を、無理矢理立ち上がらせる。
「ヨせルカ君、もうケッカは見えてる」
【名前:ルカ・デズモンド
HP:4/82 MP:0/65】
ドロドロに溶けたレインメーカーを投げ捨てながら、彼はロナの元へと歩み寄って行く。
「や、やめろ。彼女には、指一本、触れさせない」
僕はダズの前に立ちはだかると、乾ききった舌を必死に動かして、強引に言葉を絞り出した。




