理解者と裏切者 3
「まぁ、分かってた事だけどね」
僕は二人に聞こえないように小声で、そんな愚痴を溢すとさらに一歩後退する。
目の前では、二人の戦士がモンスターと激闘を繰り広げている。
モンスターの名は「ティトラカワンの落とし子」で、真っ黒でドロドロな液体状の体を持った人型の怪物。
それと戦うは屈強な戦士「ダズ・イギトラ」
もう一人は高位魔法を途切れることなく詠唱し続ける「ロナ・ヴァルフリアノ」
そして、それを見てることしかできない僕「ルカ・デズモンド」
……情けねぇ。
ダズが大剣を振りおろし、黒い液体人間を頭から真っ二つにする。
二つになった体は、左右に分かれたかと思うと、直ぐに切断面から新たに「体を生やし」て、二体の敵になってしまう。
「ロナ、右を頼んだ」
言うが否や、ダズは左の落とし子を剣の柄で殴ってスタンさせる。
そして再び剣を振り上げると――
「散華しろ、『飛燕』」
流れるような剣さばきで、×の字に相手を切り裂く。
切断された落とし子は次々と再生を試みるが、それを上回る圧倒的な剣さばきで次々と細切れにしていった。
一方ロナは――
「『偽り』『沸き立ち』――<複製されし火滾>」
ロナが敵を蒸発させるのと、ダズが再生困難なサイズにまで斬り刻んだのは、ほぼ同時だった。
「ルカ、だいじょうぶ?」
敵の絶命を確認すると、ロナは振り返って僕を見る。
「大丈夫です」
大丈夫に決まってる。
僕はずっと後ろで見てただけだ。
いや、でももし分裂した一体でも僕の方に来てたら……
なっさけねぇ。
「二人とも急ぐぞ。まだ六層だ」
「わかってるよ。ほら行こうルカ」
ロナはそういうと、僕に自分の肩を掴ませ歩き出す。
この歩き方は初心者を高階層に連れて行くときのセオリーらしい。
不意打ちがあったときに、直ぐに僕を守れるようにと。
情けない。
彼女に何から何まで頼って。
頼るしかなくて。
分かってたよ、分かってたけどさ。
「ルカ? ひょっとして拗ねてる?」
「うっ」
背中越しだというのに内心を見透かされて僕は思わず怯む。
「そ、そんな、そんなわけないですよ」
「だよね」
信じたか信じてないか、どっちとも取れる彼女の明るい返事。
僕は必死でため息を押し殺すべく、彼女を掴む右手に力を込めた。
今の「ティトラカワンの落とし子」のレベルは11。
瞳には「強そうな相手」と表示された。
それは初めてザーリカの鎧と相対した時にも見た評価。
つまるところ僕はこの階層、そしてこれ以降の階層ではもうまるっきり戦力にならないんだ。
そんな事をモヤモヤ考えていると、再びロナの歩調が落ちる。
敵だ。
野犬の様なモンスター達が群れで通路を塞ぎ、僕らを迎え撃とうとしていた。
「ロナ、手早く行くぞ」
ダズの合図。
ロナは僕の手に軽くタップする。
それは「手を離して」という意味。
僕はただ黙ってその手を解くしか無い。
彼女を引き留めるなんて権利は、僕は持ってない。
僕はまたさっきと同様に彼らを置いて、戦線から一歩遠くに離れる。
二人が大群のモンスターと激突する。
ロナとダズは息の合った完璧なコンビネーションで、まるで同じ意志を共有してるかの様に鮮やかに敵を捌いていく。
ダズが後ろを取られそうになれば、ロナが咄嗟にレイピアを突き刺す。
ロナの詠唱が始まれば、ダズがその場で剣を大きく振り回して敵を遠ざける。
二人は背中を合わせるようにして死角を潰し、全方位から襲い掛かる敵の群れを打ち倒して行く。
「ロナ! 造血剤は飲んでないんだよな!」
「一応さっき一錠飲んできたけど、今月は入れてなかったわ」
二人が何か話してる。
でもその内容は僕には分からない。
僕に入る余地なんてない。
介入なんて……
「ルカ!」
いきなり呼ばれた。
「あ、は、はい」
「ここは突破するぞ! ついてこい!」
そう言うとダズは、より大振りにその巨大な剣を振り回し敵を散らし始めた。
「ルカ! 早く来い!」
僕は慌てて駆け出す。
雑魚を蹴散らしながら、通路を強行突破する二人の後を必死に追いかけた。
モンスターの一体が、僕の前に飛び出る。
まっず!
ロナもダズも僕の方を見てない、自分の事で手一杯だ。
やるしかないッ!
「『退け』『爆ぜろ』――雷の槍」
右手から雷が迸る。
鋭い電撃を顔面に食らった敵は悲鳴を上げ、一瞬だが態勢を崩す。
僕はその隙を逃さずに、敵の横を素早くすり抜ける。
そして二人の元へ。
「ルカ、速くッ」
ロナが手を伸ばす。
僕はその手を握る。
「『偽り』『包装』『種火』――<複製されし焔衣>」
彼女が素早く詠唱をすると、周囲に薄い炎のカーテンが展開される。
そしてそれは眩い光を放ち、敵の目を晦ませる。
「走って!」
少女に手を握られて、僕はまた走り出す。
……なんて情けない。
自分の無力さを痛感する。
そしてその痛みは何度だって、こうして繰り返されて。
しまいには、僕の目の前で彼女が死ぬっていう。
僕はそれを絶対に助けられないっていう。
まるでそれは拷問だ。
拷問そのものの結末が僕を待ってる。
「どうして」
言葉が勝手に口から零れた。
「どうして僕はこんなにも弱いんだ」
力があれば。
力さえあれば。
どうして僕は「主人公」じゃないんだ。




