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夢と祭事 4

 それから一時間程歩くと大通りは活気に満ち溢れ、まさにお祭りといった雰囲気になっていった。

 多くの出店がならび、大人たちが大声で客を呼び込み、ガスランプの様な不思議な提灯が通り全体に吊るされている。

「す、すごいな」

 出店の種類はさまざまだ、怪しげな食べ物を売る屋台に、ちょっとした小物が並んだ屋台。

 あ、射的だ。

 使うのは弓で、射抜くのはブリキの的かな?

「さては、ルカはお祭りって初めて?」

 熱気にうかれる僕に、ロナは声を掛ける。

「あ、えっと、うん。初めてです」

「そっか、実は私も初めてなんだ」

 そう言って彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「え? ロナも?」

 それは予想外。

 だって彼女は僕と違って……

「この歳になっても一度も来てないって、ちょっと恥ずかしいんだよね」

 彼女はそう言うと、薄い舌をチロっと突き出しておどけて見せる。

「そうなんですか」

「うん、パ……父が厳しかったから」

「なるほど、そうだったんですか」

 ……また反応の難しい重いことを。

 何て返せばいいのか、僕にはちょっと判断がつかない。

「ギルドの皆も、『あんなお祭り、子供の遊びだ』なーんて冷めたこと言っちゃってさ、誰も付き合ってくれなかったんだよ」

 そういう事か。

 つまり僕のリハビリという名目で、彼女も楽しんでいるのか。

「わかりました、じゃあ僕と一緒に廻りましょう」

 できる限りテンション高めの声で僕は返事をする。

 とりあえず、手近な屋台で買い食いをして、通りを練り歩く事になった。

 出店の食べ物のラインナップは多種多様だ。

 綿あめやリンゴ飴みたいな見慣れた物もあれば、奇抜な色の付いたスープやら、不思議な焦げ模様のついた煎餅みたいな何か。

 興味深い物ばかりだ。

 でも僕よりも彼女の方が圧倒的に興奮していて……

「ねールカ、あれなんだろう?」

 そんな感じの歓声を上げながら、彼女は珍しい屋台を見つけては駆けて行き、楽しそうにいろいろ買い込んでくる。

 一緒にはしゃいであげようと思ったが……これ、マジで僕らのほかには子供しかいない。

 元の世界でいう中学生未満な子ばかりだ。

 だからロナがやってくると、店番のお兄さんはみんな一瞬「えっ」という表情になる。

 半分はロナの年齢のせい、そしてもう半分はロナの美貌が要因な気がする。

 子供達に紛れて、いきなりこんな美女が現れたら、そりゃ面喰うよな。

 そんなわけで、僕は一応ちょっとクールな感じで、ロナの一歩後ろを追う体にする。

 屋台自体も最初の内こそは何もかもが目新しかったが、少し落ち着いて観察すると元の世界とそう変わらない事に気づいた。

 色は派手だけどただの薄味な水だったり、異様に味の濃い練り物だったり。

 僕は勝手に「焼きそば系」とか「綿あめ系」とか「かき氷系」とか名付けて、頭の中でラベリングをして遊んでみる。

「うん、これおいしいよ」

 ロナがそう言って、串に刺さった濃い緑の肉を僕に差し出した。

「あぁ、どうも頂きます」

 僕は一口齧ってみる。

 

 ……辛ッ!!

 

 舌が電気を通されたかのようにビリビリと痺れ、僕はその場で激しくむせ返る。

「あははっ、ごめんごめん」

 彼女は大爆笑しながら僕の背中をバシバシと叩く。

「何をッ、何をするんですか」

 マジか、異世界屋台舐めてた、こんな危ない物まで売ってるのかよ。

「ごめんねってば、はいコレ」

 彼女はそう言って、また屋台で買ったと思われる変な水を差しだされた。

「あ、はいどうも」

 うわぁ、変な甘さだ。

 だが舌がバカみたいに熱を持ち始めてたので、とにかくぐびぐびと飲んだ。

「それ、あんまり美味しくないよねぇ」

「なんかさっきから不味い物ばかり、僕に押し付けてません?」

「うん、ごめんね」

 否定しないのかよ。

 そんな愚痴を溢そうとして、僕はふと気づく。

 あれ?

 これってデート?

 女子と二人でお祭り、屋台めぐりって、デートの定番じゃね?

 デートなのか?

 僕は今、ロナとデートしてるのか?

 だってさっきから僕はロナから食べかけの物を……間接キス?

 そう思った瞬間僕はがっと恥ずかしくなって、思わず彼女から顔を背けてしまう。

「あーごめんルカ、そんなに拗ねないでよ」

 間接キスとか、そんなので恥ずかしくなるとか小学生か俺。

 キモっ、俺キモっ!

「あっと、ロナさん、あれはなんでしょうね?」

 僕はそう言って傍にあった適当な屋台を指差す。

「ほんとだ、行ってくるね!」

 言うが否や彼女は走り去っていく。

 一人になった僕は深呼吸をして心を落ち着かせる。

 クソ、何なんだこの状況は。

 死にかけたり、絶望したり、デートしたり、記憶が飛んだり。

 次から次へと目まぐるしく状況が変わる。

 しんどい。

 正直疲れた。

 でも、そんな弱音を吐いてる暇はない。

 そもそも、こんな風に祭りなんか来てる場合なのか?

 十五層への挑戦は多分もう間もなくだ。

 状況はひっ迫してるんだ、怠けて環境に流されていては、何もできずに終わってしまう。

 僕は不味いジュースの残りを一気に飲み干す。

 出来る事をできるだけやって、それで……。

『別の生き方を模索しなさい』

 ゼノビアの言葉が脳裏によぎり、僕は激しくかぶりを振るう。

 別の生き方ってなんだよ。

 折角やってきた憧れの世界なのに、農家にでもなれってか。

 お断りだ。

『自分を慕う人達の命を持って、その対価を支払った』

『君の命か、もしかしたらロナの命か』

 うるさい。

 うるさいッ!

 その時、強い頭痛が頭に走った。

 歯の治療をした時の様な、記憶の削られた場所から露出した心を触られたような。

 沁みるような、キツい痛み。

 僕は思わずこめかみを両手で抑える。


 ――僕だって気づいてる。

 無意味だ。

 全部無意味だ。

 バカな夢追い旅だ。

 分かっているさ。

 ダンジョンに潜って何が得られる。

 命の恩人であり、僕の大切な人、ロナを殺すのか?

 無理な戦いを繰り広げて、この頭痛よりもさらに酷い後遺症をいくつも背負うのか?

 その先に何があるって言うんだ。

 何がある。

 僕と似てる、僕と同じ夢を追った「ダズ・イギトラ」は何を得た?

 ギルマスターになった、でもその先には何も無かった。

 全部を失った。

 全部を――

 

「ルカっ!」

 パンっと強く肩を叩かれる。

「え、あ? なんですかロナ?」

 いつの間にかロナが戻ってきていた。

 両手には綺麗な細工が施された飴を持っている。

「ひょっとしてまた記憶飛んだ? もー今日五回目だよ?」

 なんだか嬉しそうに言って、僕に飴を差し出した。

「あ、いえ大丈夫です。覚えてます」

 そう答えて僕は敢えて彼女が差し出した方じゃない飴を取った。

 絶対また不味い方を寄越した、そんな確信があったからだ。

「あ、こらッ!」

 ロナが取り返そうとするが僕はさっさと口に突っ込んでしまう。

「またろくでもない味を選んだんでしょ、そっちはロナが食べてくださいね」

 僕はそう言うと、これ見よがしにバリバリと齧る。

「んもー、今回はちゃんと買ってきたのに」

 彼女はそうむくれると短い舌で、ぺろぺろと小動物みたいに舐め始めた。

 再び僕たちは歩き出す。

 驚くことにロナは見た目によらず大食いだった。

 目につく屋台にかたっぱしから入っていき、気に入った物は両手いっぱいに買ってくる。

 どれもこれも味が濃いか、変な味かで僕は直ぐに僕は辟易した。

 が、楽しそうに頬張り続ける彼女の手前、残す分けにもいかず必死に食べ続ける。

 吐き気をこらえて食べて食べて食べ続けた。

 どんだけ喰うんだこの娘は。

 もう元の世界でいうと五千円分ぐらいは喰ってるぞ。

 ……そういえばロナって、引き籠ってる時も食料の買い出しだけは行ってたんだっけ?

 なるほどそういう事か。

 もう三本目になる「フランクフルトっぽい物」を必死に嚥下しながら、そんな事を考えていると、街の中央の広場にやってきた。

 そこには今までの様な物を売る店だけじゃない、派手なくじ引きやら、妙な仮装をした人々による大道芸や、理解できない類の屋台まである。

「あ、凄い」

 僕は思わず歓声を上げる。

 街の中心部だからだろう、今までの屋台とは明らかにグレードが違う。

 しかも魔法を使ってる物と思われる種類の屋台が、何故かここに集中してる。

 あれはお化け屋敷? 見世物小屋?

 なんだあれ、魔法を込めた何かを売ってる?

 もと居た世界では見たことも無い物がいくつもある。

「なぁ、あれなんだか凄くないか?」

 僕はすっかり高揚して彼女にそう問いかけたが……

「うん、そうかもね」

 何故かそれまでと一変して、ロナは気乗りしない様子で言葉短くそう言った。

「え?」

 いきなりテンションの下がった彼女に困惑して、僕は思わず口ごもる。

 なに?

 なんで?

 なんかマズイことした僕?

「あ、ごめんごめん。面白そうだね、一緒にやろう」

 ロナは直ぐに取り繕うような笑顔を見せると、僕の手を持ってその屋台へ引っ張る。

 どういう事だ?

 ロナ、本当は楽しんでない?

 いや、でもさっきまでは明らかに……

 なんで、急に。

 ここに来た途端。

 街の中心部に……

「あっ」

 僕はそこで気づく。

 ここって。

 周りが暗くて見えなかった。

 でも少し目を凝らせばほんの数十メートル向こうにそれは見えた。

 銅像。

 英雄「グィンハム・ヴァルフリアノ」の像と、慰霊碑。

 ロナに過酷な運命を押し付けた、いや、ひょっとしたら虐待さえしてたかもしれない……

「ご、ごめんロナ」

 僕はそう言って慌てて手を引く。

 ロナは振り返る。

「何? どうしたの急に、また記憶飛んだ?」

 彼女は微笑んではいるが今までの笑顔とは明らかに違う。

 無理をしてる、引きつってる。

「ごめんロナ。いいから、あっちへ行こう」

「なに? どうしたの? いいよアレ楽しそうじゃん」

 僕は彼女の言葉なんて無視して、強く握った手を引っぱった。

「なぁに? ルカどうしたの? 私もアレやりたいんだけど」

 彼女はちょっと不満気味に言葉を落としながらも、大人しく僕に牽かれてくれる。

 その足取りはどことなく軽く、その声も微かな歓喜を含んでいる。

 ロナの手を引きながら、僕はとても大切な事に気づいた。

 ……そっか、これが彼女の望みなのか。

 何時もは気丈に振る舞ってはいるが、本当は逃げたがってる。

 こうやって、誰かが手を引いてくれるのを待ってるんだ。

 銅像でこんだけ辛いんだ、きっとダンジョンや、ギルドだって見たくもないはずだ。

 探究者なんて多分もう二度と……

 でも、彼女は抜ける事ができない。

 だってそれしか知らないのだから。

 探究者としてモンスターと戦い続ける道しか知らなかった。

 そして何より、それしか望まれていないんだ。

 誰もが彼女にそれしか求めなかった。

「だからか、だから僕なのか」

「え? ルカ、いまなんて?」

 だから僕なのだ。

 僕はそれまで彼女が見てきた「探究者」と違ったから。

 僕は「外から来た」人間だったから。

 彼女は僕に付きまとった。

 心のどこかで、現状が崩れる事を期待していた。

 今みたいに手を引いてもらう事を。

「ねぇロナ、ギルドに帰ろう」

「え、まだ早いよ」

「じゃあ何時までいる?」

「いや、それは……」

 彼女はそこで返事に困る。

 それを見て僕は確信した。

「今日は、第十五層攻略の日なんだね?」

 そう口にした途端、僕の手を握る力がギュッと強くなった。

「ロナ、隠さなくていい。今日はみんな十五層の攻略に行っていて、ギルドハウスには誰も居ないんだよね」

 それを隠すために僕をギルドハウスから遠ざけるために、祭りに来ていた。

「……知ってたの? 十五層の事」

「うん、ゼノビアさんから聞いた」

 それだけじゃない、アウトキャストとの件も、これから何が起きるのかも、そしてロナの血線術の事も全部聞いたんだ。

 僕はロナを見つめる。

 彼女はその場でうつむいて僕から視線を逸らしてしまう。

「ゼノビア、あのクズ女……どうして私を……」

 そして聞き取り辛いボソボソとして低い声で、呪詛のような言葉を呻き初めた。

「ち、違うよロナ。全然違う、そんなんじゃない」

 ロナの考えてる事が今ならわかる。

 彼女は僕に知られたくなかったんだ。

 自分の事、自分の力の事、自分が力を持ってるにも関わらず何も選択できない事を。

 知られたら嫌われると思ってた。

 他のギルドメンバーと同様、僕からも憎まれると思ってたんだ。

 ――誰もが彼女を求めているが、誰もが彼女を憎んでる。

「僕は、君を憎んだりなんてしない」

 僕は君に力の行使を強要したりなんてしない。

 なにもせずに引き籠る君を非難したりもしない。

「え……」

 ロナが顔を上げる。

 やっと目があった。

「ロナ。君は、君の生きたいように生きればいいと思う」

 僕の言葉にロナは目を見開いた。

 そして何かを返そうと口を動かす。

 でもそこから声は出てこず、代わりに瞳から大粒の涙が零れだして……

 幼い子供が泣きじゃくる姿を幻視する。

 弱弱しく脆い、寄る辺を持たず、ずっと彷徨ってきた幼子。

 力を持つが故に完全であることを要求されて続けた少女。

 僕が見ていた「強いロナ」は偽物だ、求められたから演じていた役に過ぎない。

 僕はそっと彼女の事を抱きしめた。

「ご――ごめん――ごめんルカ」

 彼女は僕の胸に濡れた顔を押し付け、しゃくりあげながら必死に謝る。

「ごめん――ルカ――全部、話すから――貴方には、全部話すから――」

 全身でしゃくりあげながらも、必死で言葉を絞り出している。

 僕は黙って、強く抱きしめてあげた。

 それぐらいしか今の僕にはできない。

 

 ――私は貴方に全てを話します、だから、ギルドハウスに帰りましょう。

 

 ロナは僕の胸の中で、必死にそう言い続けた。

 

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