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夢と祭事 2

「無理だよ!」

 僕は悲鳴のような声あげ、必死に鎧鬼からの猛攻をしのぐ。

 ギンッ嫌な金属音が、幾度なくダンジョンに鳴り響く。

 斬撃が速いッ、重いッ

「うぉああ!」

 一際重たい一撃。

 受けに失敗した僕はそのまま体を吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「がっ、うっ」

 転生一日目の悪夢が脳裏に掠める。

 嫌だ、僕は強くなったんだ。

 ザーリカの鎧が大上段に剣を振りかぶり、僕目がけて突っ込んでくる。

 クソッ。

「『絞り出せ』――<電撃>(エレキ)

 僕は残った僅かなMPを使って、無理矢理に微弱な電撃を引き起こす。

 その貧弱な魔法は一直線に飛び、敵の目前で光と共に爆ぜた。

「オオッ!」

 爆ぜた閃光は一瞬だが敵から視力を奪い、結果相手は上段切りを僕に当て損ねる。

 ジンと重い音を立て、空ぶった鎧鬼の直剣が深く壁に突き刺さる。

 好機!

 壁から剣が引き抜かれるより先に、僕は全力の突きを撃ち込む。

 一撃目は盾で受けられる。

 だが直ぐにもう一度、二撃目の突き放つ。

 確かな手ごたえ

 右わき腹、鎧のつなぎ目に突き刺さった。

 突き刺さったが……

「抜けない!」

 スパタの刃先が、鎧にガッツリと固定されていた。

 敵が壁の剣から手を離し、そして固く拳を握りしめ。

「あ、ぐぇッ」

 次の瞬間、重い衝撃が僕の顔面に叩き込まれ、僕は再び吹き飛ばされた。

 右ストレート、鋼鉄のハンマーで殴りつけられたかのような威力。

 視界だけでなく意識まで薄れる、馬鹿げた威力。

「うっ、ぐ、うぇえああ」

 僕は顔面を抑えその場にのたうち廻る。

 戦闘を、戦闘を続けないと。

 早く立ち上がらないと。

 敵が来る。

 敵が、腹に突き刺さった僕の剣を引き抜いたザーリカの鎧鬼が、引き抜いた僕の剣を構え、それで僕を斬り殺そうと。

 どうする?

 僕に武器は、ってかまともに立ち上がる事さえ……

 待って、マジで待って。

 どっと胸に強い負荷が掛かる。

 うずくまっていた僕を、鎧鬼がその足で踏みつけたのだ。

 そしてスパタが振り上げられ、僕目がけ止めの一撃が。

「クソがぁああああ、(エレキ)(ピアサー)

 僕は自分の胸を床に押し付ける、相手の足を掴み絶叫した。

 唱えられるなんて思ってなかった。

 最後の悪あがきのつもりだった。

 しかし――


【詠唱失敗

 MPが足りません

 マインドクラックが発生します】


 ――は?

 次の瞬間、右腕に魔力が漲った。

 でもそれは、今までの魔力と質が違う、もっと鮮烈で、野卑で、過激で、馴染むようで。

 まるで、揺らめく大火のような。

 

 純粋な魔法?

 

「オオオォオオッ!」

 右手から雷の槍が迸り、僕の掴んでいたザーリカの鎧鬼の右足を木端微塵に分解した。

 敵はそのままバランスを崩し、その場に倒れる。

 僕は這うようにして転倒した相手にマウントすると、鞄の中からもう一つの武器を取り出す。

 

【クファンジャル D:3 重量:1

 魔力+3 精神+3 破壊+2 変性+3 疾駆Lv8 付呪不可】


 エリノフの短剣。

 それを両手で握りしめ、鎧鬼の頭部目がけめちゃくちゃに振う。

「死ねよオラアアアアッ!」

 だが全然刃が刺さらない、ガキガキと弾かれるばかりで、一向にダメージが入らない。

 なんだこれ、鈍器かよ!

 そこで初めて僕はその武器のステータスを思い出す。

 確かDとかいう値が3しかなかった。

 Dって武器の威力の事か?

 初期武器のブロンズソードでもDは6あったぞ。

 弱ッ!

「オアアアアア!」

 敵がじたばたと四肢を振り回して暴れ始める。

 このままじゃ……クソが。

 僕はクファンジャルを投げ捨てると、相手の額に右手を向ける。

「『貫け』『爆ぜろ』――(エレキ)(ピアサー)


【詠唱失敗

 MPが足りません

 マインドクラックが発生します】


 また意味不明な表示が瞳に現れる。

 そして、再び大渦の魔力が――

 次の瞬間ザーリカの鎧鬼の頭部は、まるで花火の様に爆発四散した。




 敵はもう、動かなかった。

 二体のグレイアーマーも

 ザーリカの鎧鬼も

 その場で死体となって、折り重なっている。

 微動だにしない、屍の山となって。

 やったのか?

「僕は勝ったのか」

 僕はカラカラに乾ききった舌でそう呟くと、その場にうずくまる。

 そして嘔吐した。

 体が勝手に痙攣し、気持ち悪いとか、吐き気とか、そういう物を感じる間もなく嘔吐した。

 同時に涙があふれ出す、全身から滝のような汗が噴き出す。

 鼻水が垂れてきた、とおもったら鼻血だった。

 それも尋常じゃない量。

「なんだ、俺は、なんだ」

 再び嘔吐。

 黄色い異様な液体が、ボドボボドと口から零れ落ちる。

 良く見ると全身の皮膚が、まるで老人の様に水分を失っていて。

 先ほどナメクジからの粘液を喰らった左手に至っては、肉がぼろぼろと。

 全身が、崩壊してる?

 慌てて自分のステータスを表示する。

 

 

【名前:ルカ・未入力

 HP:19/91 MP:-35/72

 ジョブ:魔剣士

 レベル4

 筋力:6 技量:8 知覚:7 持久:3 敏捷:6 魔力:12 精神:8 運命:3


武器スキル

 片手剣(3)

 両手剣(11)


魔法スキル

 破壊(12)

 神聖(5)

 変性(13)


アビリティ

 近接適正

 ファストキャスト

 蒼き玉座の担い手

 

異常

 マインドクラック(深度2)


 装備

 鋼鉄のスパタ

 革の鎧】


 ――なんだよ、マインドクラックって。

 というか、MPがマイナスになってる?

 これは、さっきの魔法の、対価?

 対価って、つまり。

 再び嘔吐。

 そして、自分の思考が急速に鈍っている事に気づく。

 まずい、これは、不味い。

 僕は立ち上がろうとするが、体は一ミリだって僕の指示通りに動いてくれない。

 勝手に全身の体液を吐き出すだけだ。

 ――やばい、僕は、死ぬ?

 死ぬって、いやだ。

 死にたくない。

 

 

 

 

 

 意識が混濁している。

 まるで夢をみてるかのような。

 まるで、幻覚の檻の中でうずくまってるような。

「ごめんなさい、ルカ、本当にごめんなさい」

 ロナの声だ。

 僕は今どこに?

 やわらかいベッドの上に居る気もするし、ダンジョンの硬い床の上な気もする。

「マインドクラックか、愚か者め」

 ダズの声もする。

 でもその二つには、何か隔たりがあるような。

 なんというか、全然別の事象の様に脳が認識していて……

「それもそうだ、ルカ君はいま精神混濁状態にある。現在と過去の認識があやふやにな、出来事を正しく切り分けられてないのだ」

 なに、それ。

 ごめんなさいルカ、私のせいだ、私が何もできないから、何もしなかったから。

 貴方を二度もこんな危険な目に。

 ごめん、ごめんルカ。

 ――ロナの泣き声が混ざる。

 泣かないでくれ、どうして泣いてるんだ。

 どうして僕は。

「安心するといい、その混濁も一時的な物だ、二三日も寝てればなおる」

 二三日も、こんなダンジョンで寝てろと?

「大丈夫、今助け出してあげるから」

 ロナの声、そして引きずられていく僕の体。

 ロナ?

 僕を、助けに?

 僕を見つけ出してくれたのか?

「私は最低だ、私は貴方に酷い事をした、貴方を守るどころか負担になってた」

 彼女はぽろぽろと涙をこぼしている。

「二度とマインドクラックなんてするな、寿命がどれ程縮んだと思ってる」

 ダズの声。

 ベッドの上で熱にうなされる僕に、彼が語りかけている。

 他のギルドメンバーも代わる代わるやってきて、僕を看病してくれた。

(エレキ)(ピアサー)の使用も当面は厳禁だ、あれは君には早すぎる」

「記憶障害を患ってるのか? 記憶のただしい配列ができてない?」

「マインドクラックした奴が偶になるんだって、深度2でここまで酷くなってるのも珍しいが」

「まったく、今日はオフの日だってのに世話かけさせやがって」

 そうか、僕は精神を焼き切ったのか。

 精神を対価に、あの強力な魔法を詠唱していたのか。

「無茶ばかりして、昔の俺を思い出す」

 僕はベッドから体を起こし、彼と向き合う。

「昔のダズさんですか?」

「若かったころさ、俺もよくそんな無茶をしていた」

 ――ダズは夢を追って、夢に破れて、その対価を支払う事になった。

  自分を慕う人達の命を持って、その対価を支払った――

「僕は、強くなりたい。僕も英雄になれたらと」

「分かるよ、俺も特別な人間になりたかった。そしてそれは、力と仲間さえあれば、達成できると思ってた」

「違うんですか?」

「違うよ、それだけじゃ世の中どうにもならない。もっといろんな物が必要なんだ」

 そして、そのいろんな物は、大抵が手に入らない。

 だから人は妥協していく。

 自分の夢に背を向けて、妥協を積み重ねていく。

「妥協……」

「でもなルカ君、その妥協っていうのが、真の強さなんだ」

「え?」

「全てが思い通りになり、全ての夢を容易に叶えた英雄なんて物は、弱さの塊だ」

 人は妥協を積み重ねて強くなる。

 そういう物だ。

「人は諦めて強くなる、切り捨てて強くなる、君ならわかるんじゃないかな?」

 わからない。

 力があれば十五層を攻略できる。

 仲間がいればアウトキャストを払いのけられる。

 それが強さでなくてなんなのだ。

 妥協して、アウトキャストに下って、それの何が強さなんだ?

「若いね、そのうちわかるさ」

 そして彼はそっと手を伸ばし、僕を再びベッドに寝かせた。

「ゼノビアの言う通りさ、夢なんて物は、人には過ぎた物だ」

 人の身じゃ、夢は追えないんだ。

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