夢と祭事 1
「クソがッ!」
上段蹴りを叩き込む。
そのまま崩壊しかけのガイコツを地面に引き倒すと、剣をその頭蓋骨に突き立て、真っ二つに引き裂く。
ガラガラガラと全身の関節を打ちならす。
まるで死にかけた動物の様な、全身を持ちた痙攣。
「大人しく、なれ!」
肋骨を全力で踏みつける。
パキリッ、と乾いた音ともに、あっけなく僕の足は踏み抜け、そして動かなくなった。
「クソが、クソがクソがクソが」
僕は剣を引き抜くと、休むことなく通路へと駆ける。
――それが如何に危険な行為か。
それぐらいは分かってる。
一人でダンジョンに潜る事、ダンジョン内を駆ける事、手当り次第的に斬りかかる事。
でも、今の僕はそうせずには居られなかった。
そうやって、ヤケクソにでもならないと、僕は。
僕は。
僕はやっていけない。
やっていく事ができない。
死にたくなってしまう。
『君が「知りたい」と望むならね』
僕はバカだ。
何故あれほど。
ギルドの話を聞いて、あれほど自分の無力さを知ったというのに。
何故僕は。
『知りたい、教えてくれ』
『若さだねぇいいよ、別に大した理由さないさ、彼女はただ……』
僕は知った。
自分の身の程を。
そして死にたくなった――
通路の暗がりから、何かが現れる。
それは天井に張り付いた、瑞々しい光を放つ、巨大な何か。
【名前:モイストスラッグ
レベル:5
評価:丁度良い相手だ
考察:打撃耐性の高そうな相手だ】
ナメクジか。
その巨大な軟体動物は、僕の接近に合わせぐっと首を下げ口を広げ、大量の粘液を水鉄砲の様に飛ばしてきた。
僕はそれを左手で受け、右手のスパタの持ち方を逆手に変え、大きく振り被る。
「<付呪:電撃>!」
刃の先を帯電させ、そのまま敵目がけ投げつけた。
ゲチャ、っと嫌な音が響く。
刃がナメクジの顔面に深く突き刺さった。
そしてナメクジの全身に緑色の放電が走ったかと思うと、天井から体がべりべりと剥がれていき、そのまま床に脱落する。
――『彼女はただ、顔に痣ができちゃっただけよ』
ゼノビアはただ端的にそう言った。
当然僕はその言葉の意味なんてまったく分からなくて。
何も言葉を返せず、真意を推し量るだけで。
そんな僕の様子を見て、彼女は満足そうに言葉を続けた。
『かなりひどい痣だよ、頬骨が砕けただろうからね』
『痣って、なんでそんな。それは一体』
『察しが悪いねぇ、そんなの決まってるじゃん』
ゼノビアは嬉しそうに、満足そうに、楽しそうに、湿った舌を覗かせながら言葉を放つ。
リンチだよリンチ。
ダズが、ダズと私達で彼女をリンチしたんだ――
「クソが痛ぇ」
そう言って僕は左腕を抑える。
ナメクジの粘液を浴びた僕の腕は、まるで剣山で肉を抉るかのような刺激に包まれていた。
「クソが、クソが」
僕は鞄から水筒を取り出すと、中の水を乱暴にぶちまけて、粘液を洗い落とす。
右腕全体が赤くはれ上がり、粘液が直撃した箇所には、水泡みたいなできものが急速に発生してる。
ちなみにモイストスラッグはもう動かない、電気が極端に弱点だったようだ。
一撃かよ。
「まったく、本当に、一々思う通りにならないな」
僕はそう吐き捨てながら水筒を鞄に戻し、再び走り出す。
もっとだ、もっと強い敵と戦わなくては。
第一層が駄目なら、第二層に進んだっていい。
とにかくもっと強い敵と。
――『リンチって、どういう意味ですか』
『どういうもこうも無いよ、そのままの意味さ』
ドアを蹴破り、四~五人で彼女の部屋に乗り込んで、無理矢理押さえつけて殴りまくった。
下手に喚かないようにベッドに頭を押し付けてだな、暴れないようにシーツで簀巻きにして、その上から棒で袋叩きにした。
私達はロナを殴って殴って殴りまくった。
『何を、何を言ってるんですか?』
僕は言葉が呑み込めなかった。
容赦のない彼女の残酷な言葉の羅列を、脳が処理してくれなかった。
『当然だろ? 彼女は職務を放棄していたんだ。ロナは自分から進んで君の<教育係>になった、にも関わらずその職務を放棄して自室に引き籠り、結果として君を殺しかけて』
『だから何言ってんだよテメェ!』
僕は激昂すると、まだ痛む右手を力任せにベッドを殴る。
メシッっと音を立て、ベッドの一部が壊れる。
『何を興奮してるんだルカ、私達は間違った事をしてるか?』
『本気で、本気で言ってるのか』
そんな行為が正しい事だと。
一人の少女をリンチする事が、正しい事だと。
『正しい事さ、私達にとっても、そしてロナにとっても』
『は?』
『もう一度尋ねるよルカ君、何故ロナは君の見舞いに来ないと思う?』
何を言ってる。
彼女は僕に何を。
『ロナもそのリンチを正当な罰だと認識してるのさ、だから君に痣だらけの顔を見せないようにしてる』
ロナは君に気を使ったんだ。
君みたいに非常識な人間が、ダズや私達に悪感情を抱かないように。
この世界のルールに則って生きる私達に、君みたいな異世界人がキレない様に――
第二層への入り口を見つけるのには、そう時間が掛からなかった。
敵の強い方へ、強い方へ、瞳に映る情報を頼りに進んで行くだけで、その階段は見つけられた。
道中の敵にはそれなりに苦戦した、でもゼノビアさんに貰った武器のお陰か、ソロでもどうにか切り抜ける事が出来た。
「第二層か」
その階段を上りながら、僕はそんなしみじみと思う。
この世界に降り立った場所、中央の呪い城の第二層。
そして、あのトラウマ。
ザーリカの鎧鬼の居る場所。
「そういえば、ちょっと名前の法則から外れているような。あれは特殊な敵だったのか?」
ネームドモンスターとかいう、ちょっと強い雑魚敵が居ると聞いた事がある。
ロナには「絶対に交戦するな」と念を押されていた。
強い敵か。
「倒さなくちゃ、第二層の強敵ぐらい、倒せるようにならなくちゃ」
そうじゃないと僕は、いつまでもこのまま……
――『ぜ、ゼノビアさん。今何て』
『異世界人、そう言ったんだ』
当たりか、ほぼほぼ勘だったが言ってみるもんだね。
彼女はそう言うと、満足そうに目を細める。
『い、いや僕は』
『よっぽど平和な世界から来たんだねぇ君は、そっちの世界ではリンチは野蛮な行為なのかい?』
羨ましいよ、私はそっちの世界に行きたい。
『いや違う、違う。僕はただの記憶喪失で』
どうしてそんな嘘を必死についたのだろうか。
僕は何故か、素性を隠した異世界人というステータスに拘った。
この期に及んでもまだ、そんな子供っぽい事をしていた。
僕は愚かだ。
『便利な記憶喪失があったもんだ。いいかいルカ、君は<異なる価値観>で動きすぎだ、そんな嘘は簡単に見破れたよ』
意味不明な倫理観、自分勝手な正義感、そして謎の男尊女卑の思考。
『僕は男尊女卑なんて……』
僕の精一杯の反論。
それに対して、彼女は酷くつまらない物を見るかの様な、冷たい刃物のような視線で答えた。
『まぁどうでもいいよ、君が異世界人だろうが異邦人だろうが、宇宙人だろうが獣人の生き残りだろうが』
私が君に言いたい事はただ一つだ。
身の程を弁えろ、子供は子供らしく遊んでなさい――
「うぉあああああッ!」
強力な付呪を施したスパタを振るう。
新しいその武器は、僕の付呪の力をより増幅し、今までとは比較にならない程の威力を発揮する。
が、しかし。
ギャキっと鈍い金属音が響き、その斬撃は金属製の盾で受け止められた。
「クソっ」
【名前:グレイアーマー
レベル:5
評価:自分と同じぐらいの強さの相手だ
考察:防御力の高そうな相手だ】
ザーリカの鎧鬼と良く似た、その重装備の敵はやすやすと僕の攻撃を受けてみせる。
そして左手に持った金鎚を振り上げ、僕の頭部目がけカウンターを叩き込もうとする。
「あぶねッ」
慌てて一歩下がってその攻撃を躱す。
が、鎧はそのまま勢いに任せ、金槌を振り回しながら近づいてくる。
「調子に乗るな!」
僕は叫びながら、より強く魔術を剣に流し込む。
【詠唱成功
新魔法を習得
<<付呪:雷の槍>
詠唱可能条件
破壊(9)
変性(3)】
また新しい魔法?
とにかくそのまま、魔力を帯びた鋭い突きを放つ。
するとその刃は、敵の盾と鎧とを容易に貫き、敵の肉体を串刺しにした。
「オォオオオオ!」
鎧の中から響くような咆哮。
心臓の位置を貫いたというのに敵は停止せず、再び金槌を振り上げる。
「大人しく死ねよ!」
叫びながら剣を引き回す。
すると、相手の体に突き刺さった僕のスパタは、まるでバターでも切断するかの様に、やすやすと相手の体を横一文字に切り裂いた。
映画の様に大量の血を噴出しながら、グラレイアーマーが崩れる。
……強い。
なんだ、今の魔法は。
付呪?
いや、武器のお蔭か?
このエレマイトスパタについてる「触媒」とかいうステータスの力か?
いろいろの感情が脳内に渦巻くが、それに浸ってる時間はあまりない。
グレイアーマーの悲鳴を聞きつけたのか、新たなモンスターが、群れで通路の先から僕の元へ迫ってきていた。
目を凝らし、その瞳に敵のデータを映す。
また重装備の敵、三体。
二体がグレイアーマー、そして残る一体は。
ザーリカの鎧鬼だ。
――『ダズも、君と同じだ』
彼女の口調が、唐突に切り替わった。
冷笑や享楽の匂いが消え、物悲しい憂いが言葉の端に僅かに覗く。
『同じって?』
『ジェロームの言っていた、<夢追い旅>さ。不相応な夢を追ってしまった』
いや、不相応な夢なんてないのか、夢を追う事そのものが、人には不相応なのかもね。
『夢を追って、何が悪いんですか』
『そりゃこの結果、このザマを見れば一目瞭然だろ……』
彼女はそういうと、力なく両手を広げた。
『……見ろよこの居住区を、空き部屋ばかりだ。つまりそれだけ人が死んで、それだけ人が補充できなかった』
ダズは夢を追って、夢に破れて、その対価を支払う事になった。
自分を慕う人達の命を持って、その対価を支払った。
『それは、それはでも……』
『ルカ、君も無茶を続ければ対価を支払う事になるよ。君の命か、もしかしたらロナの命か』
それでも、君は夢を追うのかい?
君はダンジョンに挑み続けるのかい?
君はね、悪く言えばマヌケ、良く言えば優しすぎる。
別の生き方を模索しなさい――
「雷の槍!」
放たれた閃光が、グレイアーマーの頭部を貫き、木端微塵にした。
もう一体のグレイアーマーが、それに怯むような素振りを見せる。
間違いない、これはかなり強い魔法だ。
だったら、これで片づけてやる。
「もう一発、雷の槍!」
二体目のグレイアーマー目がけ、さっきよりもさらに魔力の込めた雷の槍を唱えた。
唱えたつもりだったのだが……
先ほどの鮮烈な閃光とは打って変わり、まるでちょっとした花火のような弱弱しい光で。
速さこそはあったので、見事敵の頭部に命中したのだが、先ほどの様に脳みそが爆ぜたりはせず。
ただグレイアーマーが「ぐぎゃあああああ」という悲鳴と共にその場にうずくまるだけだった。
え?
威力めっちゃ下がった。
なんで?
僕は慌てて自分のステータスを見る。
【名前:ルカ・未入力
HP:56/82 MP:2/65】
MP切れ?
え?
ヤバくない?
打ち倒した二体のグレイアーマーの死体を蹴り除け、一際大きな鎧が。
ザーリカの鎧鬼が、僕の方へと近づいてくる。
待って、ちょっと待って。
待ってよ無理だよ!




