ブラザーフッドとアウトキャスト 4
《遠い遠い昔、まだダンジョンも連合国もギルド連盟も存在しなかった時代――》
《――『角の女王』を名乗る獣人に率いられた、八種四十氏族の『獣人連合』と、人類は長い戦争を――》
《――ですが人々は諦めませんでした、獣人達を倒す手段を探し続けました――》
《――こうして作られたのが二千人の『血線術師』です。彼らはとても強力な魔術を授かった特別な存在、人類の救世主です――》
《――血線術師たち『ハイドラ戦隊』は見事『角の女王』を打ち倒し、世界に平和をもたらしました――》
《――世界を救った血線術師達は、自ら魔術を封印して普通の人間に戻り、幸せに暮らしました――》
「クソが、随分ざっくりした書き方だな」
僕は悪態をつきながらその本、「なぜなに、璧晶大戦」を閉じる。
今僕は、異世界転生一日目にやって来た図書館、その二階の備え付けテーブルの一つに座っている。
目的はもちろん、「血線術」を知る為。
先ほど司書の人に血線術師に関する本を聞いてみたのだが、そのほとんどが閲覧不可だと断られてしまった。
唯一僕でも借りる事ができたのが、この子供向けの歴史書。
「でも結局、肝心の血線術については誤魔化されてる」
強力な魔術を持つ人間、としか書かれていない。
自ら魔術を封印した?
じゃあロナはそれを拒んだ……いやいや待て待て、璧晶大戦って二千年も昔の話じゃないか。
ロナはそんなババァ、というかロリババァキャラなのか?
うーん?
「とにかく血線術っていうのは、禁術っぽいな」
何故禁術扱いなんだろう?
ロナが僕の前で見せた魔法、<複製されし反魔>は一見するとただの「ディスペル系の魔法」だった。
魔法便覧を見る限り、ディスペルは別に特異な魔法では無い。
寧ろ一般的な魔法の一つに思えた。
禁術指定を受けるほどの力とは考えられない。
「魔法効果自体じゃなくて、その行使の方法が問題なのかな?」
複製されし……か。
複製された魔法。
ロナは自傷行為によって血を流し、その血を使って唱えていた。
血で複製した魔法。
「コピー系の能力か」
それなら色々合点がいく。
彼女はギルドで幹部を任されているにも関わらず、レベルがたったの「8」というのは、かなり疑問に思っていた。
「もし、ああやって血を使う事で、簡単に高位の魔法をコピーできるとしたら……」
ステータスに関係無く、上位魔法が行使できるのか?
ひょっとしたらMPという概念さえ持っていないのかもしれない。
つまりは、血液さえあれば無尽蔵に強力な魔術を唱えられるという事。
それは最早、彼女にとってレベルなんて物は意味を成さなず。
既に完成された、最強の……
「最強の魔術師、それがあのロナの生まれ持っての定めだ」
いきなり目の前の虚空から声が響いた。
「うっ?」
空間に歪みが生じたかと思うと、そこから人間がぬっと出てくる。
緑衣の召喚術師。
「ぜ、ゼノビアさん?」
「失礼するよ」
何?
どういう魔法を使ったんだ?
いきなり空間から……
「君には追跡魔法を貼っていたから、悪く思わないでくれ」
驚愕で口をパクパクさせていた僕に、彼女は機械的な説明をする。
「追跡って……」
「私は君に『ある種の危険性』を感じていた、それだけの話だ」
「危険性って、だからってそんな……」
威嚇するような舌打ちが鳴り、僕は思わず怯んで言葉を引っ込めてしまう。
そして僕の心境を払いのけるかのように、彼女は強引に本題を切り出す。
「ロナの様子がおかしい、ダンジョンで何があった」
ロナの様子が変。
その言葉は、僕の胸をキリキリと締め付けた。
「い、いや、それは僕は何も……」
「隠すな、さっさと話せ。それとも私に手間を掛けさせる気か?」
ゼノビアの言葉はどれも高圧的で、筋だっていて、人を追い詰めるように強い。
僕は抵抗せずにさっさと白旗を上げることにした。
「アウトキャストの方に会いました、パジェとエリノフ、それで――」
洗いざらい全てを打ち明ける。
アウトキャストに襲われた事。
ロナの警告を聞かず逃げそびれた事。
ロナが彼らに「ゆくゆくは仲間になる」と言われていた事。
ブラザーフッドを殺すという話。
血線術。
逃げ切った後「お願い、少し一人にして」と彼女から懇願された僕は、素直に少女の元を離れ、ここ図書館にやってきて――
僕のつっかえつっかえで要点を上手く絞り切れていない話を、ゼノビアは瞬き一つせずジッと真剣に聞いていた。
そんな彼女の姿勢が、僕により緊張感を与え、言葉を絞り出すのに苦労する。
「――そ、それで至る現在です」
「ふぅん、そうか」
聞くだけ聞いといて、ゼノビアは気のない返事を落とす。
そして少しの間押し黙った後、ちらりと僕の手元の本を見た。
なぜなに、璧晶大戦
「報告ご苦労。次からはもっと早くギルドに戻れ、ダズが心配している」
「へ?」
「以上だ、ギルドに帰ろう」
彼女は一方的にそう言い切ると、席から立ち上がる。
「ま、待ってください。説明してください、これで終わりなんてあんまりだ!」
ロナの事、アウトキャストの事。
このまま何の説明も無しに終わるなんて、それはあまりにも。
「説明、そんな物を聞いてどうする?」
「どうするって……」
「お前みたいな低レベルの新人が、手出しのできるような次元の事件で、私達が右往左往していると。そういう舐めた事を言ってるのか君は?」
ゼノビアはこちらの方を見向きもせずに、吐き捨てるように言った。
うっ。
「そ、そんなつもりは。でも、こんな事があれば誰だって何が起きてるか――」
「お前はただ黙って報告だけすればいい、厄介事は私達の領分だ」
他に質問は? とだけいい添え、彼女は歩き出してしまう。
「待ってください。報告するだけって、僕はそんな!」
「私は『他に質問は?』と聞いたんだ、聞こえてないのか」
僕は慌てて席を立つと、彼女を追う。
「そんな強引な言い方で、僕が納得すると?」
「できなかったらどうする」
何もできない癖に、彼女はそんな悪意の強く籠った口調で煽ってくる。
「構いませんよ、ダズさんに聞きます」
ばっとケープが翻る。
え?
僕の言葉に反応して、瞬時に振り返ったゼノビアは、何時ぞやのロナの様に僕の胸ぐらを掴む。
そして一気に自分の手元に引き寄せた。
「お前な……それは絶対にやめろ」
「なんで、ですか」
怯むな。
ここで怯んだら負けだ。
「少しは分を弁えたらどうだ、新人の分際が」
鬼気迫るゼノビアの語気に、僕は必死で反論する。
「アウトキャストの奴らに殺されかけたんですよ、そんな物弁えてる場合じゃないんですよ」
「あの程度で『殺されかけた』……か」
ゼノビアは一つため息を漏らすと、僕を解放する。
そして僕に背を向けて。
「――稟議書が提出されたんだ」
背中越しにそう言うと、再び歩き出す。
え、説明してくれるのか?
僕は慌てて彼女を、緑のケープがはためくその背中を追う。
「稟議書って?」
「ファルクリースの探究者ギルド統合に係る稟議書、つまり私達はアウトキャストに吸収されるんだ」
「吸収って」
「そのまんまの意味だよ、経営不振に陥った私達ブラザーフッドは、アウトキャストに吸収統合される。これはほぼ決定事項だ」
経営不振?
吸収統合?
なにそれ。
まるで企業の買収みたいな。
え?
そんな事態になってたの?
「連盟の理事長はほぼ全員が稟議書にサインした、今からこれを逆転するには次の条件を満たす必要がある」
そう言って彼女は手を上げ、二つの指を立てた。
「一つ『ギルド戦果』。これを解決するには踏査階層を引き上げ、力を見せる必要がある」
私達はもう二年も同じ階層で行き詰っているのだから、それ以外に道はない。
そう言って彼女は指を一つ折る。
「二つ『収入の確保』。これは十五層にあると噂されるクロマ鉄鋼の鉱脈さえ手に入れば、解決すると期待されている」
つまりは、今度の十四層攻略組というのは、この二つの条件を一気に満たすかもしれない、私達の最後の希望なのだ。
そう言うゼノビアの声色には一切の熱がなく、まるでその「希望」には、欠片も期待していないいかの様だ。
「ぎ、ギルドが吸収されたら一体どうなるのですか?」
「アウトキャストのギルドマスター『リンツ・グリセル』は私達を憎んでる。まぁ良くても奴隷扱いって所か」
マジで?
なにそれ。
なんでそんな状況になってるの?
経営不振って。
そこで、ふとロナの言葉が脳裏に過った。
――『攻略中心』のギルドと『クエスト受注専門』のギルド、その二つが必要になった
ゼノビアの話によれば、ブラザーフッドはもう二年も十四層で詰まってる。
つまり、ギルドの使命「攻略」が果たせていない?
それ故の、経営難?
嘘だろ?
まずい、こんなのは、確かに僕なんかの手に負える問題じゃない。
事態が既に政治的な局面に移行してるじゃないか。
木端の少年な僕なんかがどうこうできる話ではない。
「じゃあ、ロナは、彼女って一体……」
何か、僕にできる何かは無いのか。
ラノベの主人公みたいに、人助けはできないのか。
そんな一縷の望みを掛けてゼノビアに問い続ける。
「有り体に言えば抑止力だ」
そんな僕の願いもむなしく、ゼノビアは難しい話を続ける。
「それ故、誰もが彼女を求めているが――」
そう言って、少し間を置く。
まるで、そこから先を言うのを躊躇うかのように。
「――誰もが彼女を憎んでいる」
これ以上は、お前が本当に「アウトキャストに殺されかけた」時に話してやる。
その言葉を締めにして、彼女の説明は終わった。




