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ブラザーフッドとアウトキャスト 3

「くらえッ!」

 僕はそう叫ぶと、全長一メートルほどの巨大コウモリ目がけ刃を振り下ろした。

 

【名前:アイアンバット

 レベル:1~2

 評価:丁度良い相手だ

 考察:防御力が高そうだ、攻撃力が低そうだ】


 ギチッっと確かな手応えを感じる。

「オラッ!」

 コウモリの羽が引き千切れ、辺りに紫色の血が飛び散った。

 キュッキュッっと甲高い金切声を上げながらアイアンバットは地に堕ちて、その傷口からどくどくと血を流す。

 僕はさっきの戦闘の反省点を念頭に置き、剣を構えたまま慎重にコウモリに近づく。

 手負いのモンスター、一番攻撃的な状態だ。

 ゆっくりと間合いを詰め、刃の届く距離まで接敵した後、出来る限り素早く最小限の動きでスパタを振るう。

 ビッと肉が裂ける音がして、コウモリの頭が胴から離れた。

 血が切断面から零れるようにドッと流れ出て、辺りに生臭い匂いが漂った。

「うん、上出来。百点をあげよう」

「ありがとうございます」

 言いながらも、僕の内心は大分困惑していた。

 巨大コウモリの死体。

 僕が斬り落とした首、神経がビロビロと伸び、目玉ぐっと飛出し、胴体からは臓器の一部が溢れて……

 気持ち悪い。

 甲殻類や骨や昆虫としか戦ってこなかった僕には、いささか刺激の強い光景だった。

「やっぱ見慣れてない? 動物の死体は」

 そんな僕の心を読み取った彼女が、気を使って声をかけてくる。

「はい、正直ちょっと応えてます」

 吐き気を押し殺しながら、なんとか返事を溢す。

 なんだろうこの気持ち悪さ、血や臓物が怖いんじゃない。

 暴力によってバラバラにされた脊椎動物の死体、それが原始的な嫌悪感を僕に植え付ける。

「やっぱりね。よかった弱い敵で試して、いざナマモノの類と戦ったとき、躊躇しちゃう新米っているんだよね」

 貴族の探究者とかが偶にそうなる、ルカも実は貴族だったのかな? 彼女はそう言って悪戯っぽく微笑むと、テキパキとコウモリの死体から薄い翼膜を剥し始めた。

 翼の片方は僕が雑に叩き斬った為、一枚しか採集できないようだ。

「あ、次からは翼は無傷にしますね」

「ううん、それだと倒すのが大変だから気にしなくていいよ」

 果物ナイフのような小さな刃物をくるくると使い、どんどん翼膜を削いでいく。

「うん。剥がれた、じゃあルカ、クリスタルを抜いてみて」

「は、はい」

 僕は返事をすると、恐る恐るコウモリの胴体に近づく。

 体の臓器が見える、まだ僅かに脈動していて、それが数舜前まで生きていたことを力強く誇示していた。

 死だ。

 これが、死だ。

 暴力によってもたらされた、強制的な生の終わり。

 ――気分が悪い。

 僕は吐き気をこらえながら、右腕を斬り口からコウモリの体内へと突っ込む。

「体の中心にあるよ、正中線のさらに中央」

 ネタネタとした血の泥濘、やや冷めた湯水のような生々しい体温。

 そして、指先が硬い鉱物の様な物に触れた。

「あ、ありました」

 僕はそれを引き抜く。

 腸の様な臓器と一緒に、体外に引きずり出されれる。

「うんうん、それだね。それがクリスタル」

 野球ボールほどの、重たい水晶。

 暗い血にべっとりと覆われながらも、それは緑色の不思議な深い光を放っている。

 【風のクリスタル 重量:1】

 僕はそっと臓器を除き、血をぬぐうと、ロナに差し出す。

「はい、ここにいれて」

 彼女が自分の道具袋を差出し、口を広げて見せた。

 中にはいろんな物がピシっと整備され、詰め込まれている。

 あ、アクアムルスムだ。

「よしよし、クリスタルは結構良いお金になるから必ず回収してね」

 まるで、友人と木苺を摘む少女の様に、ロナは無邪気に笑っていた。

 無邪気に、コウモリのハラワタを……

 あまり考えないようにしよう。

 ここはファンタジーの世界なんだ、そして彼女は探究者なんだ。

 なにも変な事はない、これがこの世界での常識なんだ。

 そうやって自分自身の心を説き伏せながら、僕は刃の血を払い、ゆっくりと立ち上がる。

「じゃ、次の敵を探そっか」

「はい」

 








「ねぇルカ、なんでダンジョンに潜ってるの?」

 アクアスムルスを舐めていたロナは突然、倒したレッドラビットの解体作業に苦戦している僕にそう話しかけてきた。

「なんでって――」

 僕は思わず解体の手を止めてしまう。

 またその質問か。

 先日ダズにも聞かれた。

 ロナの表情は珍しく真剣そのもので、前々から聞こうと思ってタイミング見計らっていたようだ。

「――ダンジョンに潜るのが、楽しいからですよ」

「え? 嘘だぁ」

「本当ですよ」

 嘘なんかじゃない。

 ずっと憧れてたダンジョン生活だ、楽しくないわけなんてない。

 でも……本当にそうか?

 そんな嫌な疑惑が胸をかすめた。

 ひょっとしたら、嘘になりつつあるかもしれない。

 事実「楽しい」と言い切るにはあまりにも過酷な作業が増えつつあった。

 強敵との連戦。

 普通に痛みがある傷。

 びっくりするぐらい疲れる魔法。

 生き物を殺すという慣れない作業。

 今日のダンジョン探索は本当に辛かった。

 根っからの軟弱者な自分は、肉体面も精神面もボロボロで、楽しんでる余裕なんてこれっぽっちも無い。

 ……ヤバい、気が滅入ってきた。

「ロナさんこそ、どうしてダンジョンに?」

 僕は逆に質問を返すことで、気を紛らわそうと試みる。

「えぇー私? うーん?」

 私は特に無いんだよなぁ。そんな愚痴のような一人言を溢すと、薬酒の瓶を指で叩いて持て遊ぶ。

「理由も無く、ダンジョンに潜ってるんですか?」

「あーいや、そこまででは。うーん」

 少女は歯切れの悪い様子で、ごにょごにょと言葉を濁している。

 あまり聞かない方が良い事だったかな?

 そんな後悔が沸き始め、話題を変えようかと思案していると。

「私はさ、今までずっと『ダンジョンに潜る』っていうのが当たり前の事で、当たり前の環境で育ってきたのよさ――」

 ロナはそう一息に捲し立て、何かを決心するように、残りのアクアスムルスを一気飲みにした。

「親がそういう親でさ、毎日毎日ダンジョンに潜って、五歳の頃からだよ? 信じられる?」

 マジでイカレてるよね。そう言って強く同意を求めてくる。

「え、五歳から?」

 五歳の頃から、こんな敵と戦ってきたのか?

「私の親は本当にどうしようもない親でさ、私の事だって……まぁいいや。とにかくダンジョンに潜る以外の選択肢なんてなかったから」

 楽しいと思った事もなければ。

 苦痛と感じた事も無い。

 ただただダンジョンに潜って。

 ただただ魔物を倒して。

 ただただそんな日々をほぼ十年間。

「三年前、パ……父が死んで初めて自由になった時、自分が無くなっちゃってさ」

 うっ。

 重すぎる。

 思ってたよりヤバい話が転がってきて僕は困ってしまう。

 ロナの父親がむちゃくちゃ過ぎる。

 そりゃ不仲になるよ、あんまり話したくない事になるよ。

 同情してあげるべき?

 いや、僕みたいな人間が安易に同情していいの?

 っていうか、下手なこと言うと彼女の父親を否定するわけで、それってやっていいのか?

 何を言えばいいんだ僕は。

 どう返せば好感度が上がる?

 ラノベだとえっと、こういう時は……まごついてれば、勝手にヒロインの方からデレてたか。

 クソが、役にたたねぇな僕の知識。

「それでも、またこうやってダンジョンに潜る事を選んだんですか?」

 僕は頭をフル回転させて、できる限り無難に、それでいて無関心さを感じさせない言葉を返す。

「いやぁ、君にあったらさ、なんとなくね」

 なんか放っておけないじゃん、ルカって弱いし。

 そう言って赤い舌をベっと見せる。

「僕の……為に?」

「為にっていうか、きっかけ? 気に負わなくていいからね、私は好きでやってるんだから」

 彼女はニコニコと微笑みながら、そんな優しい言葉を並べてくれる。

 なんとなく、繋がった。

 たぶんロナは、父親のグィンハムが死んだ事で自分を見失って、ずっと引き籠っていた。

 そんな時に僕と出会ってそれで、なんとなく僕と行動を共にすることにした。

 ――本当にそうだろうか。

 本当にそうなのか?

 確かにその仮説はとても理論だっているようだけど。

 それはあまりにも、都合が良すぎる。

 僕に都合が良すぎる。

 それは、嘘じゃないか?

 それが本当にロナが……


「それが本当にテメェが出張ってる理由なのか、クソガキ」


 突如、聞き覚えの無い男の声が空間に響いた。

 僕は一瞬、自分の心が漏れ出てしまったのかと焦ったが、直ぐに我に返り声の方を視る。

 通路の奥、ダンジョンの闇、その中から何かがこちらへと歩み寄ってくる。

「誰だッ!」

 ロナが吠える。

 目を見開き、弓をつがえ、臨戦態勢に入っている。

「誰? 俺みたいな雑魚は憶えてもいないってか、ロナ・ヴァルフリアノ」

 闇の中から二人組の探究者が現れる。

 真っ赤な皮膚を持った「鬼」の様な見た目をした戦士と。

 巨大な鈴の付いた錦杖を持った、魔導師。

 うっ。

 敵? プレイヤー?

 僕は咄嗟に剣を引き抜こうとするが、ロナに静止される。

「止めて、それよりも逃げてルカ」

「逃げる?」

「早く逃げなさいッ!」

 ロナは怒号と共に僕を突き飛ばす。

「させねぇよ。やれ、パジェ」

 鬼が魔術師に命じる。

「はいよ、『起これ』『形成せよ』――<大地の変質(ジオデフォーム)>」

 詠唱と共に、杖の先の鈴がカランと一つ鳴る。

 次の瞬間僕のすぐ背後で、ダンジョンの床がいきなり隆起し、退路が塞がれてしまった。

「まぁまぁお二人さん、少しぐらいは話に付き合ってくれよ」

 魔導師はそう言うとシニカルな笑みを口元に浮かべる。

「弓を下せロナ、そっちのガキの命が惜しけりゃ、滅多な真似はよしな」

 鬼はドスの効いた、真実躊躇なく僕を殺しそうな口調で、ロナに命じる。

 こいつら……。

 

―――――

 【名前:エリノフ・マクシミリアン

 レベル:12

 ジョブ:闘士】


 【名前:パジェ・アーヴェル

 レベル:13

 ジョブ:風水士】

 

―――――


 うっ。

 強い。

 まずい、僕がお荷物だ。

「ろ、ロナさん」

「大丈夫だから、ルカは武器を抜かないで」

 彼女はそう念を押すと、構えていた武器を静かに下げた。

「落ち着いてルカ、彼らはアウトキャストの人間、本気で危害を加えてくるつもりなんて無いから」

 ロナは小声でそんな事を囁くが、とてもそうとは思えない。

 その場は異様に殺気立った空気に満ちていた。

 

 

 ――そんなにウチとあっちは仲悪くないからね。

 つい数時間前、ロナは僕にブラザーフッドとアウトキャストの関係をそう説明した。

 やっぱり、あれは嘘だったのか?

 今の状況を鑑みれば、答えは明らかだ。

「ここで何をしてるんだ、ロナ・ヴァルフリアノ」

 エリノフという名の闘鬼は、自分の背中のエモノに手を掛けながら問う。

「何処で何をしていようが、私の勝手でしょ」

 脆い鋭さを伴った声で、少女は相手に拒絶の意志を示す。

「勝手? 舐めた事言ってんじゃねぇよクソガキ、今の状況ぐらい解ってんだろ、稟議書が連盟で承認されたんだぞ!」

 エリノフは目を引き絞り、剣の柄を握る手を震わせ、怒りを露わにする。

「落ち着けってエリノフ、女の子相手にカッカしなさんなって」

 パジェは飄々とした言葉、それでいて緊張感を含んだ口調で鬼をなだめる。

 なんなんだこの二人。

 目的は……ロナ?

「ロナ・ヴァルフリアノ、てめぇは結局ブラザーフッドの肩を持つのか、散々っぱら引き籠った挙句の結論がこれか」

 なんとか言えガキッ!

 エリノフ叫びながら拳でヒステリックにダンジョンの壁を撃つ。

「だから落ち着きなってエリノフ。でもロナ、君も悪いんだよ、こんな思わせぶりな行動してくれちゃって。リンツの爺さんも随分と気をもんでるからね」

 ゆくゆく僕たちは仲間になるんだ、勝手な行動は慎んでくれないと――感情の読み取れない嘘くさい笑みを張り付けてパジェは言葉を紡ぐ。

「私は、あんた達の仲間になんてならない!」

 一方のロナは毛を逆立て、獣の唸るように吠える。

 いつもの彼女からは想像もつかない姿。

 憎しみ一色で糊塗された、鮮烈な形相。

「はっ、じゃあどうするんだクソガキ、ブラザーフッドと心中するつもりか? 自分で殺すギルドと一緒に自分も殺すってか」

 傑作だぜ、てめぇも傑作な父親と同じ――

「うるさいッ、黙れ! 黙れ! 黙れぇええ!」

 針金のような銀髪を狂ったように掻き毟り、エリノフの言葉を叫び声で押しつぶす。

 

 ――なんだ。

 なんなんだこの状況は。

 何の話をしてるんだ。

 おかしい、全てが意味不明で、全てがただただ異様だ。

 アウトキャストの二人が言う事の意味も掴めないし。

 ロナの様子も……なんで、こんなに狂ったように。

 ――いや、それよりもエリノフの言葉だ。

 ロナが、ブラザーフッドを、殺す?

 父親と同じ様に?

 ロナは、なんなんだ。

 彼女って。

 

 興奮で過呼吸になったロナの喉音が、嫌にはっきりと僕の鼓膜に刻まれる。

 

「私が君に言える事はただ一つ、『身の振り方を良く考えろ』だ。君はただのか弱い女の子じゃないんだから」

 パジェは、ロナの異様な興奮に動じる様子も無く務めて冷静に、諭すように言う。

「そっちの可愛い新米君もまとめて面倒みてあげるよ。その辺を良く良く考えて……」

 そこで、突如ロナの体が揺れ。

 

 赤。

 血の飛沫。

 飛び散った鮮血。

 

 矢筒から引き抜いた一本の弓矢。

 少女はその矢尻で、自身の手の甲を貫いていた。

 僕は度肝を抜かれる。

「ロ、ロナ!」

 大量の血が、まるで蛇口を捻ったかのように流れだし、矢を伝い地に流れ落ちる。

「ロナ! やめろ!」

 上ずった声が響く。

 パジェの声?

 それまで冷静沈着だった彼が、初めて動揺を見せた。

「うるさいッ!」

 押し殺した様な発声を漏らすと、血濡れたその利き手を退路を塞ぐ砂壁に叩きつけた。

「『偽り』『融解』『反発』――<複製されし(フェイクド)反魔(ディスペル)>」

 血が滲む。

 砂壁に紅血が広がり、花のような紋章が刻まれる。

 ――血戦術だ。

 僕がそう直感した次の瞬間、パジェの作り出した砂壁が崩れ堕ちる。

「ルカッ!」

 ロナは左腕で僕の腕を握る。

 そしてぐっと引っ張り逃げるようにして、その切り開かれた退路へ駆け出した。

「待てクソガキ」

「よせ追うな、死にたいのかエリノフ!」

 背後で二人の声が遠ざかる。

 彼らの姿は、真っ暗なダンジョンの闇に置き去りにされ、直ぐに見えなくなった。

 

 

 

 僕の手を引く少女は泣いていた。

 頬を赤く染め、まるで悔しさがその瞳から溢たかのように泣いていた。

 それは、あまりにも苦しそうな涙だったから……僕は何もできなかった。

【<複製されし(フェイクド)反魔(ディスペル)>】

 魔法―血線術―レアリティ:エピック

 必要スキル:血線術(20~)

 概要:対象の魔法を消散する。



 備考

 ディスペル。

 それは他者の唱えた魔法の式の矛盾を突き、綻ばせ、そこから解消してしまう魔法。

 それ故ディスペル魔法は、その式の堅牢さを基準とした純粋なカースト制となっており、全魔術の中でもっとも堅牢な式を誇る「血線術」との親和性は非常に高い。

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