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ブラザーフッドとアウトキャスト 2

「――<付呪(エンチャント)電撃(エレキ)>」

 ダンジョンに響く僕の詠唱。

 そしてスパタの刀身に微かな雷が踊り、薄闇の中で仄かに光輝く。

「来たよルカ!」

 ロナの警告が耳に入った、次の瞬間真っ黒な弾丸が僕目がけて突っ込んでくる。

 僕はスパタを横にして盾のように構え、なんとかその弾丸を受ける。

 鉄と鉄が激突する。

「ぐっ、がぁ」

 強い衝撃と、甲高い金属音――それから「ブブブブブ」と深いな翅音が。

 真っ黒な「それ」は弾丸ではなく、握り拳ほどの巨大甲虫だった。

 

 【名前:ブラックビートル

 レベル:2~3

 評価:自分と同じぐらいの相手だ

 考察:素早さが高そうだ、攻撃力が低そうだ】

 

「剣の腹で受けない! その武器は脆いんだよ!」

 ロナの檄が飛ぶ。

 だけど僕には返事をする余裕なんてない。

「うっ」

 ギャッっと嫌な音を響かせ、甲虫が再び僕から距離を取って――まった突っ込んでくるのか。

 僕は付呪に意識を集中する。

 刃全体に強い電気を帯びさせようとする、が。

「そういう付呪の使い方はしない! MPが勿体ないでしょ、もっとピンポイントで狭い面積に一瞬だけ付呪をするの!」

 うるせぇロナ!

 ブラックビートルが突っ込んで来た。

 僕は直ぐに撃ち合わせるように刃を振るう。

 一応はロナの指示通りに、付呪を刃全体ではなく、丁度ビートルと激突するだろう部分に魔力を集中させたが……

 ギンッと鈍い音が響き、剣が弾かれた。

 ブラックビートルが直前でわずかに軌道を逸らし、付呪のされてない剣の根本に体当たりされたようで――

「熱ッ!」

 甲虫はそのまま、がら空きになった僕の胴を薄く切り裂いた。

「この、このクソがッ」

 直ぐに剣を振り回すが、再びブラックビートルは僕から距離を取る。

 むかつく!

 そして黒い甲虫は三度目の突撃の構えを取る。

 僕もスパタを構え、全神経を魔力操作に集中させた。

 さっきは「撃ち合う前」に付呪をしていたから、そこを避けた撃ち合いをされた。

 だったら「撃ち合う瞬間」に付呪をすれば。

 ブラックビートルの翅音が一際強く響き渡る、そして三回目の突撃が――

 速ッ!

 今までより断然速い!

 魔力操作にばかり集中していた僕は、当然上手く斬撃を撃ち合わせることができなかった。

「ぐぇッ」

 右頬が斬られ、鮮血が飛び散った。

「かはッ、てめっぇこのクソ虫が」

 あと少し避けるのが遅かったら、首の動脈を抉られていたかもしれない。

 僕は貫通するほど深く斬られた頬の痛みに苦しみながら、必死で敵の姿を追う。

 ブラックビートルは、遥か遠くで第四の突撃の構えを取っていた。

 クソが。

 どうする。

 武器全体に付呪をする?

 いや、それはMP効率が悪い。敵が見に廻って攻めて来なくなれば、あっという間にガス欠だ。

 だったら、だったらどうする?

 翅音が強くなる、三度目よりもさらに強い翅音。

「クソ虫が! 来るなら来いよオラァ!」

 怒声を上げることで、尋常じゃない傷の痛みが僕を襲う。

 でも、そうやって痛覚という鈍器で脳を無理矢理ぶっ叩くことで、僕の闘争本能はより刺激されていく。

「来い!」

 剣の刃先一点に魔力を集中させる。

 チリチリと黄色い閃光が爆ぜたかと思うと、緑色の怪しげなスパークが走った。

 そして、四度目の突撃が――

 もはや僕の動体視力では追えない、音速の突撃。

 だが「軌道」だけはわかっていた。

 相手は概ね「直線的」な軌道でしか襲ってこれない、僕はそれに気づいていた。

 ならばおのずと対処方だって――

「『貫け』――<電撃>(エレキ)

 魔力を溜めていた剣先から、電撃が迸る。

 それは「手」から直接唱えた時に比べて、随分と威力の落ちた、ほとんどダメージを持たないような魔法だったが。

 いまはそれで十分。

 ブラックビートルは全力で僕の<電撃>(エレキ)に突っ込んでしまう。

 ジッと何かの焦げるような音が聞こえると、ブラックビートルの突撃の軌道が大きく左に逸れ、そのままダンジョンの壁に激突した。

 おそらく、触角か何かが焼けてしまい、方向感覚が狂ったのだろう。

 ブラックビートルはそのまま地面に墜落し、ひっくり返って翅をブンブンと打ち鳴らす。

 勝った!

 僕は剣先に付呪をして、無様に腹を晒している敵の元へ駆け寄って――

「ルカ! 油断しちゃ駄目!」

 敵の翅が大きく開かれる。

 そして形容しがたい、強烈な不快音が辺りに響き渡った。

「うっ!」

 無警戒に剣を振り上げていた僕は、まともにその音波攻撃を喰らってしまう。

 瞬間、強烈な吐き気と頭痛と視覚の異常に襲われる。

「チクショウがッ!」

 叫びながら必死で刃を敵に叩き込む。

 だが付呪が上手くできない。

 精神をかき乱されてしまった僕は、魔力の制御ができなくなっていた。

 付呪はもちろん、狙いの正確さえ欠いた僕の斬撃は、ブラックビートルの脚を二本斬り飛ばしただけで、致命傷にはならない。

 もう一度斬撃を叩き込もうと剣を振り上げるが、平衡感覚を失っていた僕は、剣の重みに耐えられずそのまま後ろに倒れてしまった。

 マズい!

 これは、マズい!

 必死に立ち上がろうとするも、足の筋肉は滅茶苦茶に痙攣するだけだ。

 マズいって!

 これは、マズいってば!

 嫌な翅音が響く。

 見ると、ボロボロになったブラックビートルが再び飛び上がっていた。

 角はへし折れ、脚は千切れ、触角の一本は焼け焦げ、鞘翅は大きくひび割れ――

 それでも、僕目がけて最後の突撃の構えを――

 

「これ無理! 助けてロナ!」

 

 瞬間、真っ白な閃光が甲虫の体を貫いた。

 

 

 

 


「今のは四十点、反省点は結構あるよね」

 笑顔のロナ、満面の笑み。

 ほっそりとした指先に治癒の魔法を灯し、ダンジョンの回廊に座り込んだ僕の頬を撫でている。

 まぁ君は良くがんばったよ、と何故か少し誇らしげな口調で僕を慰めた。

「すみません、いつもいつもお世話になります」

 瞳に疲労に膿んだ色を浮かべながら、僕は

 感謝の言葉を絞り出す。

「まぁまぁそんなに気落ちしないで。でも、これでなんとなく魔剣士の弱点が判ったんじゃない?」

 ロナは優しく、そして楽しそうに語る。

 ごく近距離から浴びせられる彼女の言葉は、ささくれ立った僕の心に深く染み込んだ。

「弱点……ですか」

「魔剣士は高い柔軟性と、それに裏打ちされた確かな削り能力をもつ優秀なジョブとされてる。でもねルカ、柔軟性が高いってことは『気にしなくちゃいけない事』が多いとも言えるの――」

 前衛にしては耐久力が低いので、敵の攻撃を確実に避ける判断力。

 MPが無くなればただの劣化戦士なので、徹底したMP管理

 筋力が低い為、敵の弱点に適格な攻撃を当てる集中力。

 そして何よりも、高威力な魔法剣を発動するための魔力操作。

「――ただエモノを振り回してればいいだけの物理前衛と違って沢山の事を、本当に沢山の事を意識して戦う必要があるのよ」

 今はソロだからあまり気にしなくていいけど、パーティを組んだら「連携」の〆役を頼まれる事も多いから、さらに大変になる。

「……」

 思わず絶句する。

 これより大変になるのかよ。

 無理だよ、さっきの戦闘でもう僕はいっぱいいっぱいなのだが。

「もう、そんなに気を落とさないでルカ、魔剣士は優遇ジョブだよ? 強くなればどんなパーティにも席が約束されてる……あぁでも攻略パーティには……」

「え?」

 ロナは申し訳なさそうに、弱弱しい笑みを浮かべた。

「えっと、攻略パーティにはちょっと誘われないかな」

「攻略パーティってなんですか?」

 嫌な予感がする。

 それはとても嫌な予感がする言葉だ。

「えっとね、魔剣士はつまり『不足の事態』って奴に弱いのよ、ただでさえ頭をフル回転させて、余裕のないギリギリの状態で戦闘するから」

「つまり、攻略パーティって――」

「未踏査の層に行ったり、ワイルドキーパーと戦うようなパーティの事かな。そういう最前線は常に情報不足で、不足の事態ばっかりだから」

 目の前が暗くなるのを感じる。

 唇が震える、胸がざわめく、自分の中でドロドロとした不愉快な感情が湧き上がるのを感じる。

 冗談だろ?

 最前線に席の無いジョブだって?

 僕が?

 攻略に向いてないジョブ?

「マジ、ですか?」

「うん、マジマジ。気持ちはわかるけど、本当に行かない方が良いよ」

 彼女は至極真面目な表情で、少し言葉に重みをもたせて僕を諭す。

「僕がどんなに強くなっても、ですか?」

「……良く聞いてルカ、何事も向き不向きっていうのがあるの。攻略組に行けるのは経戦能力か瞬発力に優れたジョブだけ、魔剣士にはどっちも無いの」

「例外とかいないんですか? えっとほら、あのグィンハムさんとか」

 僕は思いつきで咄嗟にその名を口にした。

 それは異世界転生二日目に、街の大広場で見た銅像の――

「ルカッ!」

 ロナはいきなり僕の顔をガッと掴むと、そのまま直ぐ近くまで引き寄せた。

 え!

 何?

「ご、ごめんなさい」

「ルカッ! その名をどこで聞いた、言え!」

 彼女の顔は歪んでいた。

 激情に瞳を燃やし、怪物の様に口角を吊り上げ。

 いつもの可愛らしい少女の姿はそこには無く。

 それはまるで、憎悪に身を焦がす鬼のようで。

「ご、ごめなさい、広場です、広場の銅像を見たんです、ワイルドキーパーを封じた人って、先代のギルドマスターだって」

 そう言った瞬間、僕の記憶に一瞬の閃光が走った。

 

 <偉大なる探究者『グィンハム・ヴァルフリアノ』ここに眠る>


 グィンハム・ヴァルフリアノ

 ヴァルフリアノ。

 そして今僕の目の前にいる少女は「ロナ・ヴァルフリアノ」

 ヴァルフリアノ家?

 つまり、先代のギルドマスターの娘?

 そういえば、彼女は僕に一度だって「下の名前」を名乗ったことは無かった。

 初めて会った時も、ただ自分をロナって。

「――ごめん、ルカ」

 彼女はそう言って、僕の顔から両手を離す。

 怒りの表情は一瞬にして影をひそめ、代わりに罪悪感と動揺と、悲壮感の濃い顔に変っていた。

 一瞬だ。

 それはあまりにも一瞬の変化だった。

 彼女の激昂は「夢だったのでは」と思う程に一瞬だけ現れ、一瞬で消え失せた。

「びっくりさせちゃったね、本当にごめん」

「いや、別にその、なんかこっちこそ。ごめんなさい」

 言いながらも僕の脳はあわただしく廻っている。

 ロナの父親が先代のギルドマスター?

 だからこの歳で、このレベルでギルドの幹部を務めているのか?

 英雄の娘。

 偉大なる探究者の子孫。

 でも、武器庫での会話を思い出す限り、ロナは先代のギルドマスターをあまり快く思ってなかった。

『あの先代のギルドマスターが囁く者を封印してくれちゃってね』

 そんな事を、少々恨みの籠ったような口調で言っていた。

 不仲?

 いや、なんというか、もっと強い確執のような。

 

 ――何故その事を隠していた

 僕にヴァルフリアノ家である事知られたくない?

 

「あのねルカ、グィンハムは魔剣士じゃないから」

 彼女は謝罪するように、うしろめたさの残った声色で僕に話かける。

「じゃあ、彼のジョブは一体?」

「それは……」

 少女はそこで一つ息を飲んだ。

「……血線術師」

 僕の心臓が早鐘を打つ。

 血線術師、ロナと同じか!

 つまり、つまり……どういう事だ。

「それってどんなジョブなのですか?」

「ごめんなさい、私も良く知らないの」

 もうこの世界に四人しか残ってないジョブだから、彼女はそう言って目を逸らした。

 四人?

 残ってない?

 どういう事だ?

「えっと、それは一体――」

「ごめんルカ!」

 質問を続けようとした僕を、ロナはそう遮った。

「え?」

「ごめん、私は好きじゃないの。グィンハムの事も血線術の事も。だからお願い、それ以上聞かないで」

 そして、これ以上なにも詮索しないで。

 僅かに涙を滲ませた眼が、すがりつくように僕を視ていた。

 


 どういう事だ

 これは一体どういう事なんだ?

 「血線術」

 「グィンハム」

 「僕を欺く理由」

 「ワイルドキーパー」

 「ブラザーフッドとアウトキャスト」

 僕の胸には沢山の疑念がひしめいている。

 どれもこれも不愉快で、興味深くて、重要な事で。

 そしてその全ての答えを、ロナは知っているのだという確信もあった。

 

 でも僕はゆっくりと目を閉じると、それら全てを飲み込む。

 とても容易に嚥下できるような量でも質でもなかったが、必死で飲み込む。

 ロナが嫌がってるのだから、ロナの為に……

「ごめん、もう何も聞かないよ」

 レベル上げに戻ろう。

 僕はできる限り能天気な声で、明るく言ってみせた。


<付呪(エンチャント)>】

 魔法―変性魔法―レアリティ:コモン

 必要スキル:変性魔法(4~)

 概要:装備品に魔法を付与する。



 備考

 最も基礎的な変性魔法の一つ。

 踊り子、吟遊詩人、魔剣士、暗号師、祓魔闘士などにとっての最重要魔法。

 装備のステータスを底上げしたり、属性を付与したり、連携の起点や〆としたり。

 変性魔法らしい「応用力」と「汎用性」を兼ね備えた魔法。

 その特性故に、雷属性の魔法と相性が良い。

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