非難と推論 4
騒がしい足音が近づいてくる。
シュムはペンを脇に置くと、帳簿から目を上げて音の主の登場に備えた。
「シュム! 一体何がどうなってる!」
ドアが開かれ、エルフの大男が声を荒らげながら部屋に入ってきた。
「落ち着けゼゼ、ドアが壊れる。」
「落ち着いてる暇なんてない、ザカムの1件を客が不審がってる。それにあの末娘はなんだ、他の家も怖がってるぞ、コリエルは何をしてるんだ一体」
ゼゼは口角を飛ばしながら一気に捲し立てる。
シュムは軽くため息を漏らすと、敢えて余裕たっぷりな仕草を見せてゼゼを落ち着かせようとした。
「コリエルは今ウェイストウッズだよ、アコライトを大勢引き連れてね。掲示板読んでないのかよ」
ゼゼが平常心を取り戻す様子は無い。目を血走らせ、口元を覆う布マスクを噛みちぎるような勢いで喋り続ける。
「現地からの連絡は? 何か報告は上がってないのか、ウェイストウッズの事件の詳細は?」
「まだ調査中だよ。『生存者を一人確保したからこれから尋問』そんな連絡が明け方あっただけだ」
ゼゼはそこでシュムの元へとぐっと近寄る。彼は先程まで死体処理をやっていたのか、人の焦げる臭いがグッと濃くなった。
「妙な噂があるぞ――」
声を潜めて彼は続ける。
「――ウェイストウッズの事件の裏にザカム一家が居る、って噂が広がってる」
「はぁ? なんだって?」
シュムは思わず聞き返す。
「ザカム一家は民族開放戦線と繋がりがあった、それを理由に俺たち暗殺ギルドが黒幕だっていう巫山戯た噂が広まってる」
「バカ言うな、ザカム一家は民族開放戦線にアゴで使われてた側だろ? なんだってそんな……誰だそんなバカを言ってるのは」
「連合本部が噂の出処っぽい、どこかの誰かがそんな質の悪い作り話をばら撒いてる。今回のアウトキャスト来訪もそれ関係なんじゃないか?」
ふざけやがって――シュムはそう悪態づくと頭を抱える。
「冗談じゃない、あの末娘をどうにかしないと。あんなのを見つけられたら余計話がややこしくなる」
「燃やしちゃおうぜ」
ゼゼの言葉にシュムは顔を上げる。
「……バカを言うな」
「バカじゃねぇよシュム。自殺した事にしちまおうぜ、燃炉に飛び込んだって言えばバレやしない」
シュムはそこでゼゼを睨む、ゼゼは血走った目でそれに応じる。
「シュム、お前は何も考えず炉の火入れを始めろ。ただ灰溜の確認を怠るだけでいい。それで――」
「コリエルに逆らう事になるんだぞ」
ゼゼはそこでさらに身を乗り出し、シュムに鼻息がかかるほど顔を近づける。
「俺たちにとっては願ってもない機会だ、そうだろ?」
「本能だよ……」
漸く檻の奥からデズモンドが姿を見せた。
奇怪な獣だ、サンゴのような多孔質の石たちが赤い神経糸で結び付けられ、それがまるで1つの生物のようにうごめいている。
牡鹿のような顔は、皮膚の内と外が入れ替わったような気味の悪い外見だ。眼球部分から視神経が伸びてそれが脳へと繋がっている。脳は大量の小さな白い石の集合体であり、コリコリと小さく音を鳴らしている。
「……記憶は大切にしろ、君の唯一の武器だ」
デズモンドは静かに檻の中へと戻っていった。
「起きろ! お嬢さんがた」
しゃがれた老人の声で僕は眠りから覚める。横で壁に持たれるようにして眠っていたロナも静かに顔をあげる。
「もう着いたの?」
彼女は眠そうに目をこすりながら、ゆっくりと体の筋を伸ばし始める。
「もうそろそろだ、外に出てみるといい街が見えるだろう」
老人はそう言うと。留め金を外して横の小窓を開ける。
薄暗かった社内に細い日光が差し込む、それと一緒に土埃に汚れた風が入ってくる。
僕も立ち上がると、すぐそばにあった小窓を開けて外をみる。
植生のまばらな痩せた乾燥大地、そこを僕ら隊商の馬車が駆け抜けている。隊商の数はかなり多い、豪奢な馬車7台が隊列を組んで走るさまは爽快だ。
ロナが僕の横から身を乗り出して窓の外を見る。彼女との距離がぐっと近づき、汗の匂いが鼻をくすぐった。僕は恥ずかしくなって思わず顔を背ける。
「ここってレゼル? 早いですね」
「途中休憩を一回抜いたからな、時間勝負なんだろお嬢さん達は」
老人はそう言うと、静かに僕等と向かい合うように腰を下ろす。
彼の名はリンツ。ファルクリースの第二探求者ギルド「アウトキャスト」のギルドマスター。
レベルは19でジョブは幻影師。
「お気遣いありがとうございます、すみません何から何まで」
「気にするな。君には随分と助けられているからね」
老人はそう言うとクシャクシャと破顔した。
「ほら、注文の仮面だ。給水口は背面についてる。食事は我慢してくれ」
そう言うと、リンツは奇妙な円形の物体をロナに差し出す。
仮面……言われてみればそう見えなくもない。ほぼ布で作られたマスクのような物で、眼球付近を覆う部分だけが固い素材で作られ、大量のガラス玉がはめ込まれている。
昆虫の複眼を連想させる、奇妙な物だ。
「ありがとう、本当に助かります」
彼女は言いながらそれを受け取ると、さっそく装着を始める。
まず眼球部分を当ててベルトを締めたのち、その上下についた布の部分を巻くようにする。すると彼女の銀髪と白い皮膚が綺麗に覆い隠された。
「どう? ルカ」
どうって……
不審者その者だ。スチールスキンの複眼人間、カッコよさもあるがそれよりも変態っぽさの方が強い。
「似合っては……いないです」
ロナは声を上げて笑う。
「えー、そんな事聞いてないよ。ちゃんと変装できてるかって聞いてるの」




