ブラザーフッドとアウトキャスト 1
「おっはようールカ!」
ドンっと鈍い衝撃が僕の夢に割り込み、肺の空気が一瞬にして全て吐き出された。
痛みはなかったが、不意打ちも良い所な衝撃で、僕の意識はパニック気味に覚醒する。
「えふぅ? へぁ? なに?」
起き抜けでろくに呂律の回らない僕は、酷く間抜けな悲鳴を上げる。
「朝ですよ、今日も一日がんばりましょう!」
瞼を開くと、視界一面にロナの笑顔が広がっている。
彼女は僕の胸の上に飛び乗っていて、まるで顔を突き合わせるように僕の瞳を覗きこんでいた。
「え? あ? 今何時?」
「朝の五時」
早っ。
うわ、外はまだ朝焼けだ。
「ほらほら起きなさい、今日は君の武器を見繕わないといけないんだから」
おきろーおきろー、と子供みたいに言いながら、僕の頬をペシペシと叩く。
「あ、はいすいません起きます、起きますからどいて」
僕はそう懇願すると、仕方ないなぁと意味不明な事をいって飛び降りる。
「じゃ、部屋の外で待ってるから。早く着替えてねー」
「判りました、直ぐに支度します」
僕はまだ圧迫感の残る胸をさすりながら、部屋を出ていく彼女を見送る。
一日経ったのか。
異世界転生四日目……か。
昨日は、結局あの後二時間近くダズ達との食事に付き合わされ、しこたまあの泥臭い肉(実は虫だった)を喰わされて、倒れるように寝たんだっけ。
そんな事を考えながら、僕は麻布の部屋着を脱いで、ダンジョン攻略用の装備に着替える。
厚手の布の服、革製の胸当て、作りの頑丈な革靴。
ブロンズソードは、もう無いんだったか。
新しい武器とかロナが言ってたよな。
普通のラノベだと「二番目に手にする武器」っていうと……まぁそういうセオリーはどうせ通用しないんだろうな。
流石に僕も学習しましたよ。
きっと普通の武器が渡されるのだろう。
「お待たせしました」
僕は自室を出て、待っていたロナに声を掛ける。
「うん、じゃあ『武器庫』に行こうか」
彼女はそう言って金属細工の様な髪を書き上げると、廊下を歩きだす。
僕は彼女の背を追うようにして、その歩みについていく。
今日の彼女の格好はいつにも増してラフだ。
不思議な紋章が掛かれた薄いジャーキン、ホットパンツみたいな丈のカーゴパンツ。
ラフっていうか、煽情的というか。
大胆に露出された白い彼女の素肌は、半端じゃなく目の毒だ。
「武器って、どんなのを?」
僕はなんとなく気恥ずかしくなり、彼女から目を逸らしながら尋ねる。
「えぇ? うーん、どんなのがいいかな?」
あ、決まってないんですか。
彼女は首を傾けて僕を視る。
「やっぱ軽めの武器がいいよね、詠唱の邪魔にならない奴。欲を言えば触媒機能があってほしいけど、そういうのはまだ君には……ね」
にっと笑いかけてくる。
「簡単な武器で構いませんよ、今の僕に使いこなせる物なんて、たかがしれてますし」
「えー、そんな卑屈にならないでよ」
彼女はそう言って楽しそうに笑う。
僕も釣られて少し笑ってしまう。
――彼女が「引き籠り」か。
なんとなく、昨日のゼノビアの言葉を思い出した。
一応普通に外出はしてるし、こうして僕と普通に話しているのだから。
きっとゼノビアの言った「引き籠り」と、僕の世界の「引き籠り」は意味が大分違うのだろう。
もしくは彼女の事じゃなくて――
なんとなく、今歩いている「居住区通路」の両端に並んだドアを見る。
随分と多い、三十部屋はある。
あまり自信は無いけど、このギルドには精々二十人弱しかメンバーがいないはずだ。
ひょっとしてこの部屋のどれかに――
「はいはい、着いたよルカ」
「え?」
何時の間にか廊下の突き当たりに来ていた。
大広間につながる階段がある方とは逆の突き当たり。
そこには巨大な鋼鉄の扉があって、その前に一人の色黒の女性剣士が立っていた。
「ロナぁ、てめぇ、こんな早く私を呼びつけるとはいい度胸じゃないか」
たしか、この人の名前は、えっと「ウルミア・リオード」だっけ?
彼女は三角眼の目を吊り上げて、僕らの前に立ちふさがるように仁王立ちをしている。
日焼けしたように浅黒い肌、髪は僕と同様の黒さでボブカット、そしていかにもエルフな尖がった耳。
ダークエルフ的な種族だろうか。
それとも単に日焼けしたエルフ?
「ごめんごめんウルミア、昨日はいろいろ忙しくてさ」
「私は今日オフの日だったんだからな、これは貸しだ覚えとけよ」
ウルミアは乱暴にそう言うと、僕の方をビシっと指差す。
「新入り、てめぇもだ。これは貸しだからな」
「あ、はい判りました」
「んもーうるさいな、早く開けてよ鍵当番さん」
「私に命令するな。いいかロナ、てめぇは私より年齢もレベルも――」
「わかったからわかったからウルミアさん、早く開けてよ」
ロナは心底面倒臭そうに言って、手を乱暴にひらひらと振る。
挑発的とも言えるロナの言葉を受け、彼女はさらに肩を怒らせたのだが。
ブツブツと文句を言いながらも、大人しくドアに掛けられた鉄の錠前を外し始める。
ガコンっ、と鈍い音とともに錠が外れた。
「外で待ってるから、さっさとしろ雑魚二人」
ウルミアは憎まれ口を叩くと鉄のドアを開け、僕らに中へ入るよう促す。
――なんだかんだで、二人とも仲好さそうだな。
そんな事を考えながら僕はロナに続き、トビラの奥へと入る。
そして――
「うわぁ、本当に武器庫だ!」
僕は思わずそんな歓声を上げる。
「あはは、だから言ったじゃん」
小学校の教室程の広さ。
そこには所狭しと幾つもの武器のラックが並び、様々な武器がこれもまた大量に収められている。
ロングソード、ウィングドスピア、ハルバード、グレートアクス、クレイモア、それから杖も壁に膨大な数が掛けられていて――
「さぁ、好きな物を選ぶと良いよ」
ロナはそう言って両手を大きく広げて見せた。
僕はさっそく手近のラックに駆け寄り物色を始める。
【鋼鉄のグレートアクス D18 重量21】
【鋼鉄のグレートアクス D18 重量21】
【鋼鉄のグレートアクス D18 重量21】
【鋼鉄のグレートアクス D18 重量21】
【鋼鉄のグレートアクス D18 重量21】
うっ。
各ラックの中は全部同じ武器か。
まぁそれはそうか。
えっと、隣のは【鋼鉄のロングソード】のラックで、その隣は【鋼鉄のレイピア】のラックで――
鋼鉄武器ばっかりだな。
多分、名前通り別段なんの特殊性も持ってないありふれた武器なのだろう。
武器庫の中に足を踏み入れた時、一瞬だけ膨らんだ期待が、これまた一瞬で萎んでいくのを感じる。
「……それでも、銅製よりはマシか」
ロナに聞こえない様にそんな愚痴を呟くと、再び物色に戻る。
とりあえず軽めの武器が良い、重いのは筋力的に無理だ。
レイピアとか短剣とか技量が必要なのもやめておこう、僕の技量はそんなに高くない。
となると、片手剣とか槍とかその辺りか……
「ねぇルカ」
と、僕のすぐ横で弓矢を漁っていたロナが話しかけてきた。
「なんですか?」
「ルカってエルフ好きなの?」
「は?」
思わず視線を上げ、彼女の方を見る。
「オークションハウスの受付の子といい、さっきのウルミアといい、随分じっくり見てるなーって」
ロナは僕の方を見ずに、手元の作業に集中してるような素振りのまま、言葉を投げつけてきた。
「え、いや、別にそういう訳では……」
ただ珍しくて観察してしまっただけだ、元居た世界には存在しなかったから――とは言い切れなかった。
ぶっちゃけて言えば、僕はエルフが結構好きだ。
この世界のエルフはかなり可愛い部類の外見をしてるし。
「まぁ別にいいけどね、そんなのルカの勝手だし」
そう言うとわざとらしく大きな音を立て、矢筒に矢を突っ込む。
え、ロナさん怒ってる?
「あの、なんかすいません。ああいう人々を見慣れてなくてつい」
「なら良いさけどさ……私のことだってもうちょっと見てくれてもいいんじゃない? こんなに一緒に居るんだし」
うっ。
マジか。
そういうフォローもしないといけないのか。
もしも可愛いヒロインに片っ端から手を掛け様ものなら、普通に人間性を疑われてしまう世界観なのか。
ぜんぜんラノベっぽく無い、むしろ「ときメモ」並みに面倒臭い。
――が、面倒臭いとも思うが。
今の素直に拗ねているロナは、なかなかに可愛らしかった。
「いや、ロナさん綺麗すぎて目に毒なので」
「ふふん。そういう事なら、まぁ許してあげなくもないかな」
彼女はちょっと芝居の掛かった口調でそう言うと、ようやく僕の方を向いてくれた。
「ルカ、私はエルフより綺麗か?」
「はい」
「ウルミアよりも?」
「いや、それはちょっと難しいです」
「コラッ!」
ペチンっ、と軽く頬をビンタされた。
「冗談です、すいません」
「ふん、いいよ別に。むしろちょっと変な絡みをしちゃったね」
ごめんねルカ、そう言って薄い舌をぺっと見せた。
そうおどけてみせるが彼女の顔は、どことなく寂寥感のような物が見えた気がした。
なんだろう、何か不安なのだろうか?
「ロナさん、一つ聞いてもいいですか?」
「なぁに?」
「アウトキャストってどんなギルドなのですか」
瞬間、彼女の表情が濁ったように感じた。
僕には理解できない類の思いが、表情に影を忍ばせた様な……
「えー、それ聞くの」
そう言って彼女は指先でカーゴパンツの裾をいじると、武器のラックの上に腰かけた。
「教えてくれたら、いろいろありがたいです」
僕は真剣な眼差しを彼女に向ける。
「うーん、ゼノビアは『あんな事』を言ったけど、そんなにウチとあっちは仲悪くないからね」
少女はそう前置きをする。
その声は水の様に透明で、柔らかに僕の耳朶をくすぐった。
――この人は、嘘を吐くとき美しくなる。
そんな予感にも似た事実を、僕は漠然と認識する。
「先代のギルドマスターが十層を攻略するまではさ、ウチって微妙な探究者ギルドだったのよ。だって他のダンジョンはどこも三十層とか四十層まで攻略されているのに、ここだけ十層どまりでさ」
まぁ、それだけアレが強かったって事なんだけどね。
彼女は少し落ち着きの無い様子で、衣服の端を手で弄っている。
「アレって?」
「ワイルドキーパー『囁く者、ティトラカワン』の事、彼女は不死の特性をもっていてね、攻略困難って言われてたのよ」
彼女、という表現が少し引っかかったが、僕は黙ってロナの言葉の続きを待つ。
「でも別にそれで全然問題なかったんだけどね。ダンジョン攻略を放棄して、ここファルクリースの人々からのクエストをこなす『ブラザーフッド』。たしかに探究者ギルドとしてはカッコ悪いかもだけど、街のみんなからの評判は良かったんだよ?」
どことなく言い訳っぽい口調でそう言うと、ジッと僕の瞳を覗き返してきた。
「でも状況が変わってしまった、と」
「そう。あの先代のギルドマスターが囁く者を封印してくれちゃってね、それでいろいろ変わる必要が産まれちゃったんだよ」
あの先代のギルドマスター。そう言ったロナの口調は明らかに恨みがましく、露骨な批判の色を浮かべていた。
「先代のギルドマスターって今は何を?」
「死んだよ、囁く者の封印と引き換えにその身を犠牲にしたんだ」
彼女は優しい表情を浮かべたまま、しかし僅かに陰鬱な影をもった口調で語り続ける。
きっと「あまり語りたくない話」なのだろう。
そんな話を……彼女はどうして僕にそこまで?
「彼が死んで、それで一体?」
「だから別に大したことじゃないんだよね。ただ十層を突破したことで、改めてダンジョン攻略ができるようになったわけだから、『攻略中心』のギルドと『クエスト受注専門』のギルド、その二つが必要になった」
それだけの話よ、そう言ってラックからヒョイと飛び降りた。
攻略中心のブラザーフッド。
クエスト受注専門のアウトキャスト。
「別に私達はいがみ合ってなんかいないし、潰しあってもいない。ただお互い役割を分担しているだけ」
美しい声だ。
美しく優雅な仕草でそっと髪をかき上げながら……
嘘だ。
「だったら、だったらどうしてゼノビアはあんな――」
「こォラッ! 雑魚共てめぇら何をチンタラやってんだよ!」
怒鳴り声と共にウルミアはドアを蹴り飛ばし、室内に入ってきた。
「言っただろうが私は今日オフなんだ、武器の一つや二つちゃっちゃと選べないのか!」
凄い剣幕だ。
思わず僕は体を竦ませてしまう。
「あぁ、ごめんごめんウルミア。すぐ選ぶから」
さぁ武器探しに戻ろう、ロナはそう言って今までの会話を打ち切った。
「まったく何してんだお前らは。雑魚魔剣士なんざアレで十分だろうが!」
ダークエルフは再び怒声を上げると、部屋の奥のラックへ向かっていき、そこから武器を一つ取って――
「おらッ、キャッチしろ新入り」
かなり大きめの剣が僕目がけて放られる。
「え、うぁ、ぐぁ!」
僕は全身でなんとかその武器を受け止める。
クソ重い、なんだこれは、長剣?
手に取って、その随分立派な鞘に収まった剣をじっくりと観察してみる。
【鋼鉄のスパタ D12 重量13】
スパタ? なにそれ?
鞘から引き抜いてみる。
ギジャアとめちゃくちゃカッコイイ音を立て、両刃の刀身が踊り出てきた。
刃先が長い。
1メートル以上はあるその刀身は、窓から差し込む朝日を受け鈍く輝いて見える。
長さは立派だが、反面横幅は狭く、5~6センチほどしかない。
その為見た目ほど重量はないようだけど、重心の位置がかなり不安定で、体感重量は結構凄いことになっている。
「スパタ? うーん、ちょっと初心者の彼には難しいんじゃない?」
ロナは心配そうに僕を見ながら、ウルミアへ戸惑った様子で意見する。
「いいんだよ、さっさとシゴいて熟練度を上げちまえ」
「でも、壊すかもよ」
「壊せ壊せ、どうせ誰も使わねぇよそんな武器」
「うーん……ねぇルカ」
「え? あ、あはい」
ロナから声を掛けられ、僕はその「スパタ」から彼女へ視線を移す。
「どう? その武器」
「えっと、いいんじゃないですか、ね。僕は好きですよ」
正直、僕はこのスパタがかなり気に入った。
確かに重量には少し難があるが、それを補ってあまりある「カッコよさ」がその武器にはあった。
細く鋭く長い刃はとても見栄えが良く、それこそライトノベルの主人公の武器の様にも見えるし。
なにより名前に聞き覚えがない、「鋼鉄のロングソード」とか「鋼鉄のヤリ」に比べれば百倍はファンタジーっぽい。
「ルカがそれがいいっていうなら、別にいいけど……ちょっと貸して」
そう言ってロナは手を伸ばし、そっとスパタを僕から取り上げる。
「ふーむ、まぁたしかに魔剣士の武器っぽくはあるかな」
言いながら、彼女は細い指で刃の縁をなぞる。
その指は骨細工のように細く儚く、見ていて不安な気持ちになった。
なんというか、鉄の無骨な硬度にまけて、彼女の指先がパリッとひび割れてしまいそうな気がして。
僕は思わず目を逸らそうとした――が。
「ルカ、ちょっと見ててね」
そう言って僕の視線を引き戻すと、なにやら魔法を唱え始めた。
「『癒し』、『滞留』――<付呪:治癒>」
詠唱と共に彼女の手のひらが白く輝き始め、その光がゆっくりとスパタに流れ込んで行く。
「うん、定着したかな。はいルカ、ちょっとこれを持ってみて」
スパタが僕に返される。
その剣は奇妙な熱を帯びていて、柄を握る僕の手を優しく温めた。
「この感触……<治療>ですか?」
「その通り、回復魔法をその武器に付与したんだよ」
変性魔法<付呪>
そして付呪によって、一次的に魔法を定着させた武器を「付呪装備」と呼ぶ。
「魔剣士」とは、付呪に高い適正を持ち、変幻自在の魔法剣術を駆使する事で、相手にテクニカルなダメージを与えていく技能派ジョブなのだ。
「とにもかくにも、さっさと付呪を使えるようになれって事だ」
ウルミアはそう言ってロナの解説を総括する。
「付呪って、えっとそのどうやって……」
「難しく考えなくて大丈夫だよ。とりあえず、やってみてごらん」
やってみて、と言われても。
そもそも何をどうすれば良いんだ?
「新入り、てめぇ<電撃>は撃てるんだろ? だったら簡単だ、それを武器に溜め込むイメージだ」
「はい?」
「『発現』する直前の感覚を装備に再現すんだよ、その剣も自分の体の一部と考えろ」
言ってる事の意味が良く判らない。
発現ってなんだ? 自分の体の一部?
「モタモタしてねぇでさっさとやらんか! このノロマ!」
まごついていた僕はウルミアに一喝され、思わず縮み上がる。
「はいッ、すいません」
悲鳴にまみれた返事を絞り出し、僕は慌てて魔力を刃に流し込んだ。
そして――
「え、えん、<付呪:電撃>」
【鋼鉄のスパタ】
武器―片手剣―レアリティ:コモン
概要―D:13 重量:14
(備考)
やや長めな刀身が印象的な剣。
ファルクリース産のスパタはやや幅狭で、刀身が特に長いという特徴を持つ。
片手剣の中でもオーソドックスな作りではあるが、耐久性に難あり。




