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はじまりは奴隷  作者: 卯月 みつび
第一章 黒髪の少年と少女
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3

「それで連れてきちまったってわけかい」

 呆れたように呟くミロル。その後ろではサリベックスが頭をかきながら胡坐をかいていた。

「一応ね。仲間に誘うにはこの環境に順応できるかどうか見極めてから声をかけることにしてんだ。その基準が半月さ。だからあんたにもそれくらいで声をかけただろう? それまでに死んじまうようなやつに、何かをやってやれるほど余裕はないんだよ」

 シュウもそれはわかっていた。見るからに虚弱な少女が、なにかをできるなど思ってもない。ただ、同郷を感じさせるその髪の色が、シュウに行動を起させていた。

「悪いと思ってる……だから! その分俺ががんばるから! なんだってやるからさ……この子を助けてやってくれよ」

 声を荒らげつつも、すぐにばつが悪くなったのか静かになるシュウ。俯きながら、両手を強く握り締めている。

「あんたの後に入ってきた初めてのやつだからね。かわいそうになるのも無理はないさ。でも、全員にそんなことしてやれないんだよ? それはわかってるかい?」

「……ああ」

 ミロルとサリベックスの二人がシュウに視線を向けてきた。その視線の圧力に負けじと、シュウも二人を見つめ返す。睨むわけでもない、それでいて強いまなざしを向けていた。

 そんなシュウを見て引かないと思ったのか、ミロルは大きくため息をついた。そして、サリベックスを一瞥すると、シュウに穏やかな声で語りかける。

「あんたが面倒をみておやり。あたし達がしてやれるのはこの場所に寝かせておくくらいだよ。明日から先はあんたが全部の責任をおいな。他の仲間みたいに扱うのは、やっぱり半月後からだよ。そうじゃないと他のやつらに示しがつかないからね。それでいいかい?」

 ミロルの言葉を聞いて、シュウは満面の笑みを浮かべる。そして、跳ね出すように部屋を出ながらミロルへとお礼を言った。

「ああ! ありがとう!」

 そして、あっという間に、シュウは外に寝かせていた少女を中に連れてきた。

 ここはミロルの部屋であるが、なぜここかというと、それはミロルがこの場から離れることがないからだ。ミロルはずっとある恩恵をここで使いながら皆に貢献している。だからこそ、妙齢という奴隷市場では一番高価で売れるだろう条件の女性にも関わらず、娼館や貴族などに売られず、このような島で働かされている。それほどの利益を生み出すであろう恩恵がシュウには検討もつかなかったが、ミロルがずっとそばにいるのなら安全だと思ったのだ。

 そんなシュウの思惑で連れてこられた少女だったが、その少女の有様をみて、ミロルとサリベックスは息を呑む。

 年の頃は十歳そこそこだろうか。文字通り皮と骨だけの体と、真っ白な肌。今にも消えてなくなりそうな儚さに、つい顔をしかめるほどだ。今にも死んでしまいそうな姿に、二人の顔は青ざめる。

 これでは売り物にならないだろう。

 二人は図らずも、そんな思いを同時に抱いていた。

「じゃあ、ここに寝かさせてもらうよ」

 そういうと、シュウは手際よく寝床を作り少女をそこに横たわらせた。そして、唐突に頬を叩きながら呼びかける。

「ねぇ! わかる!? 聞こえるか!?」

 かなり強く叩いているのか、少女は顔を歪ませながら背けた。そして、シュウはそんな少女の口を無理やり開きながら指を突っ込んでいく。当然ながら、少女はむせ込み苦しそうだ。いきなりのその行動に、ミロルもサリベックスも驚きを隠せない。

「おい! 何してんだ、お前は!」

「そうだよ! そんなひどいことしていいと思ってんのかい?」

 そう言いながら、サリベックスがシュウの腕を掴む。シュウは、むしろその行動に驚いたようだ。

「何するんだよ」

「こっちの台詞だってんだ。いきなり女の顔殴るなんて何やってんだ」

「違うって。こんなぐったりしてて、起きてるか寝てるかわかんないこんな状況じゃ、水も何も飲ませられないだろ? 指を突っ込んだら嚥下反射はあったから、たぶん大丈夫だと思うんだけど」

「嚥下反射?」

「人が物を飲み込もうとする反射のことだって」

 聞きなれない言葉に、サリベックスとミロルは首を傾げた。そんな二人を尻目に、シュウは少女の横に座る。そして、少女の上半身を起しながら、口に水を少しずつ流し込んだ。水は、外にある雨水をためて置く桶や近くに流れる川からいくらでも持ってこれるから、特になにか文句を言うやつはいない。

 水を口に含んだ少女はなんとかそれを飲み込み、再びシュウが水を流し込むということを何度か繰り返した。

「よし。しっかり飲み込めるようだね」

 そう呟くと、シュウはどこからか取り出したパンを水に浸しはじめる。そして、そのパンをやわらかく念入りにつぶして、再び口に流し込んだ。

「まず必要なのは水分と栄養だと思う。それと休養。体力の回復を待たなきゃ、この子はきっと死んでしまう」

 手馴れた様子でパンを流し込んでいくシュウをみて、ミロルは思わず聞いていた。

「あんた、もしかして治癒術師かなんかなのかい?」

「治癒術師? その治癒術師って何かわからないけど、俺は医師だったんだ。前生きていたところじゃ、怪我人や病人を助ける仕事をしていた」

 そう告げると、再びシュウは少女の世話に取り掛かる。そのまなざしは、どこか活き活きとしていた。


 ◆


 数日後、少女は普通に起きて生活ができるまでに回復していた。極度の脱水症状と低栄養。少女の一番の問題点はそこだったのだ。それさえ改善できれば、あとは早かった。自分で水を飲み食事をとる。もちろん、ここで配給される食事など、成長期の子どもに十分なものではなかったが、それはシュウが自分の分を削ることで補っていたのだ。

 段々と乾いていた皮膚は潤っていく。顔色もよくなっていく。体が回復している様子がみてとれるのだが、シュウが気になることが一つあった。それは、なぜだか言葉を発さないことだ。


「ミロルさん。あの子の様子はどう?」

「別に変わらないよ。一生懸命働いてるさ」

 そういってミロルの見る方向に少女がいた。少女は仲間内の洗濯物を洗っており、一心不乱に布をこすり合わせている。

「まだ、話さない?」

「ああ。少なくとも私の前ではね」

 心配そうに少女を見つめていると、シュウの肩がばしばしと叩かれる。

「まあ、心配すんな! あんまりあいつに肩入れしてると、おまえがまいっちまうぞ?」

「いってぇ! なにすんだよ、おっさん! いい加減、会うなり肩叩くのやめてくれよな?」

「まあ、いいじゃねぇか。それよりもよ。なんで、ミロルはさんづけでおれはおっさんなんだよ。おかしくねぇか?」

「いや、まあ、なんというか。呼び捨ても違う気がしてさ。いいじゃん。呼びやすくて」

「あたしと同じ位の年のくせしてそんな老けてるから悪いんだよ、あんたは」

 ミロルのその言葉に、シュウは絶句した。

「なんだぁ? その顔は。正真正銘、俺は二十二歳だよ」

「四十くらいだと思ってた……」

「なにぉぅ!?」

 怒り狂うサリベックスから逃げ惑うシュウ。その様子をみて笑うミロル。シュウが助けた少女は、ただひたすらに、洗濯物と向かい合っていた。


 ◆


 その日の夜、シュウは用を足しに外にいた。そして、その帰りに、少しだけ夜空を眺めるのが、ここ最近のシュウの日課だ。ここの月はやけに大きく、夜が訪れるたびにシュウは目を奪われていた。満天の星空の下、シュウはぼんやりとここに来る前のことを思い出していた。思い出すのは自分の記憶が途切れる直前のこと。悲惨な光景が広がる被災地で、シュウは必至に命と向き合っていたのだ。

 シュウはそんなことを考えながら手を洗っていたのだが、ふと視線を森のほうに向けると、その視線の先にはシュウが助けた少女が歩いているのを見つけた。

「何してんだろ」

 向かう先は用を足す場所ではなく、あるのは鬱蒼とした森だけだ。シュウはそれをすこし妙に感じ後を追うことにした。淡々と歩く少女だったが、木の根や落ち葉に足を取られて度々よろめく。そのたびに、シュウは駆け寄りたくなるが、それを抑えながら後を追う。

 はたから見たらストーカーだな、と一人、頭の中でごちりながら様子を窺っていると、少女は少しだけ開けた場所に座り込み顔を伏せた。どうかしたのか、とシュウは目を細めると、少しずつ聞こえてきたのはすすり泣く声だった。


 少女はここに連れてこられてから一度も泣いたことはなかった。シュウの甲斐甲斐しい看護の末、気がついた少女は、現状を説明されると無言で頭を下げた。自分から言葉を発することはなかったが、サリベックスやミロルの言うことを聞きつつ、この生活に順応しようと努力していた。その強さに関心しきりだったのだが、やはりまだシュウよりも幼い少女だ。つらくないはずなかったのだ。

「なんでよ……どうしてよ」

 そんな言葉が聞こえてきて、シュウは思わず飛び出ていた。物音で振り返る少女の顔は驚愕で染まっている。

 しまった、とシュウは思ったがそれ以上に目の前の少女に対する驚きが勝った。

「君……声が」

 その指摘にあわてて立ち上がる少女。少女は駈け出そうとするが、シュウはすぐさま駆け寄り、腕をつかむ。シュウの手を振りほどこうとする少女だったが、男の力に敵うはずもなく、次第に力を抜いていった。

「何よ……」

「逃げなくてもいいだろ? どうして逃げるんだ」

 黙りこむ少女。シュウは小さくため息をつきながら、少女を近くの岩場へ誘う。

「ほら、座って? 話をしないか? 君が話せるって知って俺は嬉しいんだ」

 笑みを浮べるシュウに敵意がないとわかったのか、少女はおずおずとシュウが座り込んだ岩の隣に腰をかける。ひどく遠慮がちにだが。

「君、名前は?」

「…………レイ」

 シュウが問いかけてしばらくすると返事が返ってきた。その返事に気をよくしたのか、シュウは続けざまに口を開く。

「レイか。俺はシュウっていうんだ。よろしく」

「シュウ?」

 なぜだかシュウの名前を聞いて首をかしげたレイだったが、シュウはそれに気付かず話を続けた。

「体はどう? つらいところはない?」

「別に」

「そっか……。でもよかったよ。君がここに来たばっかりのときは、すぐ死んでしまうかと思ってたから」

 シュウは苦笑いを浮べながら頭をかく。そして、レイの顔を見ながら思い出していたのは、今日までの道のりだ。体を自分で動かせない少女の介護や食事、さすがに下の世話と体拭きは女性に頼み込んでやってもらったが、それ以外はシュウが生活のすべてを介助していたのだ。その少女がこうして健康になって言葉も話せることがわかった。シュウは、ほっとしたのと同時にひどくうれしかったのだ。

「――ねばよかった」

「え?」

 しかし、返ってきたのは耳を疑う言葉だった。シュウは聞き間違いかと思い咄嗟に聞き返してしまっていた。だが、レイは言葉をやめることはない。シュウを強く睨みつけて、言葉を吐き出していた。

「死ねばよかったのよ。なんで助けたの? あなたが私のことを助けてくれたっていってた。でも、私は助けてなんて頼んでない! 別に生きたかったわけじゃない! こんな、わけのわかんないところで、どうして私が生きていかなきゃならないのよ!」

 突然、たがが外れたように叫びだしたレイに、シュウは目を見開いて驚いた。

「なんなのよ! 奴隷とか意味わかんないし! 人権侵害も甚だしいわよ! なによ! なんで私はこんなところにいるの!? 帰りたい! 日本に帰りたい! 私の家に帰りたい!」

「ニホン?」

「日本っていったって誰もわからない! ここはどこなの? ねぇどこなのよ! 誰か教えてよ! 答えてよ!」

 悲痛に叫びながら、レイは頭を抱えてうずくまる。シュウはいつのまにかレイを掴んでいた手を離しており、その表情は驚愕に染まっていたが、それはレイが取り乱したからではなかった。それゆえに、シュウはあわててレイの肩を掴み、自分と無理やり向かい合わせる。

「レイ、レイっ!」

「嫌! 触らないでよ! やめて、いやっ!」

「レイ! よく聞け! いいから、聞けよ!」

 無理やり押さえ込もうにも、レイはからだをよじるのをやめない。しかたなく、シュウは耳元で大きく叫んだ。

「レイ! 君はもしかして日本人なのか!?」

「え?」

 その言葉を聞いてレイは動きを止める。もしや、と思ったシュウは今度は落ち着いて、レイの目を見て話し始めた。

「日本人なんだな」

「嘘……日本って聞いてあなたはわかるの?」

 呆けているレイにできるだけ優しく微笑んだシュウは、諭すように、語りかけるようにそっと言葉を紡いだ。

「俺も日本人なんだ。名前は斎藤さいとうしゅう。日本で医師をやっていた」

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