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はじまりは奴隷  作者: 卯月 みつび
第一章 黒髪の少年と少女
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 聞こえるのは荒い息づかいと、土を掘り返す無機質な音。延々と繰り返される単調な作業の合間に、時折、怒号と悲鳴が響く。照りつける太陽に抗う術などなく、頭皮から背中の皮膚は剥がれ落ち、満足な食事を与えられていない彼らは、飢えから逃れることなどできない。最早、自分から立ち上るすえた臭いなど、気にもならない。

 男達は鉱山へ赴き、ひたすらに鉄を掘る。女達は畑に出て、農作業に明け暮れた。命じられた仕事をやらなければ痛めつけられ、それ以外のことは許されない。最早、人という認識ですらない彼らのことを、人々は奴隷と呼んだ。

 そしてここ、エルメサット王国の片隅にある小さな島。大陸とは一本の橋で繋がっている奴隷島と呼ばれる島では奴隷達が集められ、過酷で単調な作業が、日夜繰り返されていた。


 ◆


「はっ、はっ、はぁっ」

 掘り出された鉱石はひどく重い。それを必死で引きずりながら、黒髪の少年は歩いていた。ぼろ布をそのまま体に巻いただけの服。その服に隠された体は発達途上なのだろう。背丈などは大人とそう変わらないが、その密度がとても薄かった。少年らしさを感じさせるような細見な体型とでもいえば良いのだろうか。当然、靴など履いておらず、素足に突き刺さる砂利は容赦なく足の裏を痛めつける。そんな痛みにも慣れ、滴る汗が気にならなくなるのもすぐだった。少年は、無心で鉱石を運びながら、ぼんやりと歪む視界の中で一つの思考に明け暮れる。

 なんで俺、こんなことしてんだ。

 この場所がどこかなんてわからない。なぜ、自分がここにいるのかわからない。どうして、自分が過酷な労働を強いられているのかがわからない。わからないこと尽くしの中で彼が一つだけ理解したことは、逆らえば殺させるということだろう。それは、先日、監視官に逆らった一人の奴隷が見せしめに殺されたことからも明白だった。

 そんな少年の耳に、唐突に飛び込んできたのは野太い男の声だった。

「よぅ、慣れたか、新入り」

 横に並んだ体格のいい男が、少年に軽く肩をぶつけながら話しかけた。少年はそれだけでぐらりとふらつく。

「おいおい! 大丈夫かよ。そんな力入れてねぇだろうが」

 ぶつかってきた男を少年が睨む。だが、少年はすぐに視線をそらすと、再び重い荷物を引きずり始めた。その様子をみた男は苦笑いを浮かべると、再び横に並び話しかける。

「お前みてぇな線の細いガキはすぐ死んじまうと思ったが、半月もったんだ。すげぇじゃねぇか」

 男の軽口に少年は応えない。男は、剃りあげた頭を撫でながら小さく息を吐いた。

「おい、待てよ。おりゃ心配してんだぜ? ここじゃ、奴隷同士助け合わなきゃ生きていけねぇ。わかるだろ? 人間が一人で生きていける環境じゃねぇんだぞ?」

 その言葉にようやく少年は足を止める。当然監視官がこの光景を見ていたら罰をつけるのだろうが、幸運にも、見張りは周りにいなかった。

「俺、これ以外、何も持ってないですけど」

 そういって少年は首についている輪っかを指さした。黒光りするそれは、少年の首にぴったりと着けられている。体格のいい男をみると、その男の首にも同じものがついていた。

「ようやく喋ったな。まあ、警戒すんな。味方は増えるのは、好都合なんだ。俺はサリベックス。よろしくな」

 そう言いながら、サリベックスは少年の肩を叩いた。覗き込むように少年の顔を見るサリベックスの視線に応えるかのように、少年は顔をしかめながらようやく口を開く。

「……シュウ」

「おう。ほら、シュウ。あと少しで休憩だ。がんばれ。あとで少し話でもするか」

 そう言って、もう一度サリベックスはシュウの肩を叩くと、ずんずんと凄まじい勢いで先に行ってしまった。

「なんだよあのおっさん。反則だろ」

 シュウのその呟きは、すぐさま自身の息切れにかき消された。


 ◆


 その日の労働が終わり、あたりは段々と暗くなってきている。これから訪れるのは奴隷達にとって、束の間の休息だ。皆が戻っていくのは奴隷達に与えられた宿舎。中は狭く汚いが、人が体を休めるには十分だ。一応、男女で区域分けされており、数人毎に部屋が決められていた。粗末な飯を食らうだけの食堂のような場所もあった。

 その宿舎の外にシュウはいた。朝と夜。一日二回だけ与えられるわずかばかりの食事を、シュウはあっという間に腹に流し込み、小さな岩に腰をかけている。大きな月が、シュウの背中を照らしていた。

「ほれ」

 シュウの目の前に差し出されたのは一つのパン。小さく堅いが、ここでは貴重な食料だ。シュウはパンを見て、すぐさまそれを持ってきた人物に視線を向ける。その人物がだれだかわかると、シュウは静かにうつむき、パンから視線を逸らした。パンを差し出していたのは昼間に話したサリベックスだった。

「なんですか?」

「パンだよ、パン。腹減ってんだろ? 食え」

「だから、なんで?」

「仲間になってくれるんだろ? これくらい当然だ」

 シュウはサリベックスの言葉を聞いて訝しげな表情を浮かべる。そして、思案するようにパンを眺めると、サリベックスの顔を睨み付ける。

「何が目的なんですか?」

「まだ疑ってんのか? 用心深いねぇ。そんな警戒しなくたって、目的は簡単さ。単純に人手が欲しいのと、あるかも知れねぇお前の恩恵おんけいだよ」

「恩恵?」

 シュウは思わず首を傾げる。何の話だ? とでも言うように、サリベックスを見た。

「なんだ、お前。恩恵しらねぇのか?」

 そんな様子を、どこか馬鹿にするよう笑みをうかべて見下ろすサリベックスに対し、シュウは露骨に顔を歪めた。

「恩恵をしらねぇなんて、今までどんな生活してたんだよ、お前。びっくりだな」

「その恩恵ってやつを知らない俺に用なんかないでしょう」

 そうやって顔を背けるシュウの口に、サリベックスはさっきの小さなパンを突っ込んだ。そして、そのままシュウの横に腰をかける。

「拗ねるな。いいから話だけでも聞け。お前にとって悪い話じゃない。俺らも得をするかもしれん。ここに来て半月。今が一番つらい時期だろうが、つらいからって全部拒んでちゃ損するぞ?」

 サリベックスの言葉をかみ砕くかのように、シュウは顔をしかめたままパンをごりごりとかじり出した。それを見たサリベックスは笑みを浮かべる。

「いいか? 恩恵ってのはよ。我らが唯一神ガイレス様が俺らに授けてくださった力だと言われている」

「唯一神ガイレス?」

 ガイレスという言葉に聞き覚えがなかったのか、シュウは再び首を傾げ聞き返す。今度は驚いたのか、サリベックスは目を見開き、大きな声を上げた。

「って、お前そっからかよ! ほんとどっから来たんだよお前……。ガイレス様を知らないほど田舎って――まあいい。ガイレス様ってのはこの世界を作った神様のことだ。そして、その神様がくれた力を俺たちは恩恵って呼んでんだ。恩恵ってのは人それぞれ違くてよ、持ってる奴と持ってない奴がいる。生まれたときから持ってる奴もいれば、大人になってから授かる奴もいる。力の程度も種類も人それぞれだが、恩恵次第で人生が変わるくらいすげぇもんなんだよ」

「はぁ」

「あ? いまいちわかってねぇな? まあ、いい。見ろ」

 そういいながら、サリベックスは近くに転がっていた石を拾う。手のひらに収まるくらいのそれを渡されたシュウは、ぼんやりと眺めていた。

「それはなんだ?」

「何ってただの石じゃないですか」

「そうだ。石だ。お前にそれが割れるか?」

「は? 無理ですよ」

 呆れたようにそれを投げ返すシュウ。そんなシュウをみてサリベックスはにやりと笑った。

「まあ、普通はそうだよな。でもな――むぅんっ!」

 サリベックスが石を握る手に力をいれた瞬間。その腕は一瞬で大きく膨れ上がり、握られた石は即座に砕け散った。

「な……」

 巻き上がる粉塵の粉っぽさなど気にならないくらい、シュウは目の前の現実に釘づけだった。サリベックスはというと、手に残っている砕けた破片を払いながら、にやにやと笑っている。

「こんなことができんだよ、恩恵ってのは。すげぇだろ?」

「すげぇ……」

「もし、お前にこんな力があるかもしれない。そして、俺らがそれを調べることができるっていったら、お前はどうする?」

 ぼんやりと割れた破片を眺めていたシュウの目が、その言葉を聞いて大きく見開かれた。わずかながら持ち上がった口角を見て、サリベックスは満足げに笑う。その笑みは、シュウがここに来てから初めてうかべた笑みだった。


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