14
レイが王都に旅立つ日を明日に控えた今日、シュウは、例のごとく監視官からの暴行に耐えていた。しかしながら、暗い牢屋の中の様子は普段とは異なっていた。何やら、様子が違っていた。
「はぁ、はあっ、はっ……くそっ! なんでこいつはこんなにしぶといんだよ!」
「こんなんじゃ……デズワルト様のお怒りを買っちまうじゃねぇか」
「っていうか、なんでこんなに疲れるんだ? なんかおかしくねぇか?」
シュウへの暴行もそこそこに、監視官達は床に座りこんでしまっていた。肩で息をしながら、苦々しい表情でシュウをみる。
「最近、すぐこんなんだ。わけがわかんねぇよ」
「肌の色も変わっちまったしな……」
「俺らのほうがこいつよりも弱ってんじゃねぇの? はは」
「笑えねぇよ」
そんなことを言い合いながら、監視官達は苦笑いを浮かべる。
拷問を始めた最初の頃は違ったが、確かにだんだんと監視官達がシュウへ加える暴行の質は落ちてきたように思える。その原因は、監視官達の疲れやすさや体調不良が原因なのだが、監視官達はその原因に思い当たる節はない。
「まあ、今日で最後だ。拷問だとか慣れないことやってたから疲れちまったんだろ。それもやっと終わりだ。こいつが口を割ればそれまで。割らなかったら殺して終わりだ」
「そこんとこ、こいつはわかってのかね。さっさと白状すれば、苦しみも短く済むっていうのに」
「頭がおかしくなっちまってんだから、そんなことわかんねえだろうが」
「違ぇねぇ」
体はつらくとも、三人は軽口を言い合いながら笑い声をあげている。
「まだ余裕があるんだな」
予期せぬ発言に、ぎょっとした顔をうかべる監視官。その視線の先にはシュウがいた。さきほどまで床に座り込んでうなだれていたシュウとは打って変わって、背筋を伸ばし力強い視線は監視官達をとらえている。
「もう少し早くまいってくれると思ってたんだが」
シュウは今まで暴行を受けていたとは思えないほど滑らかな動きで立ち上がると、体の筋を伸ばし始める。
「てめぇ! 俺らに殴られてぼろぼろのはずじゃ――」
「ぼろぼろなのはお前らだろ?」
どこか不適な笑みを浮かべるシュウの言葉に、監視官達は反論ができない。だが、拷問にかけている相手が目の前で悠々と立っていることは受け入れられなかったのだろう。三人は重い体を必至で持ち上げながらシュウに殴りかかる。が、そのうち二人はよろよろと床に倒れ込み、もう一人はなんとか殴りかかるもシュウに容易く避けられてしまう。
「な、なんで」
「もう限界だよ、お前らは。本当は厳重な管理下で治療を受けなければならない状態だっていうのに」
「治療だぁ? わけわかんねぇこといってんじゃ――」
「さいきんひどく疲れやすくないか?」
シュウの的を射る指摘に三人は思わず口を噤んだ。
「何かをするにもすぐ息切れがする。肌や眼球の色が黄色く変色している。他にわかりやすいのでいうと、血が止まりずらいとか、な」
「そういや……この前、手切ったとき全然とまらなかったような……」
「馬鹿! こいつの言うこと鵜呑みにしてんじゃねぇよ!」
声が荒らげるも、すぐに息切れしてしまう。起き上がろうにも、監視官達はその体を自由に動かすことはできなかった。
そんな監視官達を後目に、シュウは牢屋の奥の小さな水たまりのそばに行き、手のひらに水滴を垂らして戻ってきた。
「な、何するつもりだ、てめぇ」
「まあ、見てなって。『固まれ』」
「っ――!?」
シュウが一言固まれ、とつぶやくと、シュウの手のひらに乗っていた水滴が球体となった。その球体をシュウはコロコロと手のひらで転がしながら、指で潰した。妙なことに、つぶした後に残ったのは、水ではなく粉のようなものだったが。
「こいつは固体化って恩恵だ。液状のものを固めることができる。それだけの恩恵だ。しかも、俺の力が弱かったから、固体化できるのは小さな粒みたいなものだったんだよな。今じゃ、もう少し大きいのもできるけど」
そういいながらシュウは掌を監視官達に向けながら、鋭い視線で三人を射抜く。何かを言おうとした監視官も、その視線にぐっと言葉を飲み込んだ。
「そして、人間の体っていうのは全身に血液が循環してるんだ。指の先も、いろんな臓器にも、血液が循環しないことにはその機能を果たせない。なら、もし血液を固体化させたら……どうなると思う?」
シュウの醸し出す雰囲気に、監視官の三人はごくりと息を呑む。だが、シュウの質問の答えはわからない。初めて聞く単語が多く、理解が追いつかなかった。
「わけわかんねぇこと言いやがって! いい加減だまらねぇとぶっ殺すぞ!」
「死ぬのはお前らだよ」
間髪入れず、シュウは言葉をはさむ。
「診断名は多臓器不全。俺が、毎日毎日、これでもかって臓器への主要血管内に血栓作ってやったからな。大きさは本当に小さいもんだと思うし、流れる血液の中で固体化が本当に発動するかわからなかったけど……今のお前らの様子をみるに成功したみたいだな」
「多臓器不全……だと?」
「さっき、お前らに言った症状は肝不全によるものだ。もう、肝臓の血管は血栓が詰まって血流が乏しくなってるんだろう。症状は出ていないかもしれないが、腎臓や肺だってきっとやられている。末梢に血流がいかなくなってラクテート、まあ乳酸のことだがそれが体にたまってどんどん体は酸性に傾いていく。だから、息が苦しいだろ? 今は体が必至で代償しようと頑張ってるんだよ」
監視官達はシュウの言っていることをあまり理解できていなかった。しかし、シュウに、自分たちの体の不調を言い当てられひどく困惑していた。そして、シュウの言うことがわからないからこそ不安に駆られる。こいつの言うとおり本当に死ぬのかもしれない、と。
「お、おい! てめぇ、ふざけんなよ! さっさと治せ! ほら、さっさとしろ!」
シュウの傍にいた監視官の一人が、シュウの髪の毛をつかんで引き寄せた。そして、精一杯凄むが、シュウは表情をぴくりとも変えず監視官をただ睨みつけている。
「だから言ってるだろ? 死ぬのはお前らだって」
そういいながら、シュウは監視官の頭をつかんで一言つぶやく。すると、監視官はいきなり力を失ったかのように倒れると、その場でびくびくと痙攣を始める。
「なっな――!?」
突然の出来事に、他の二人の監視官も目を見開いて驚いていた。対してシュウは、なぜだか息切れをしながら立ち上がっていた。
「うまくいったみたいだな……」
「お前、何を――」
「言ったろ? 今じゃもう少し大きいのもできるって。はぁ、はぁ……。できるかぎり最大のものを作ってやったんだよ。頭の中に。血栓を」
それはいわゆる脳梗塞だった。シュウは、自らの恩恵の力で監視官を強制的に脳梗塞にした。一つ一つの血管を識別して血栓をつくりあげることなどできなかったため、最早、賭けに等しいものだったが、狙い通り脳梗塞を発症した。まあ、もし脳で血栓が詰まらなくても、大きな血栓だ。どこかしらかで詰まって身体に影響はでただろうが。
シュウは口角を上げると、残った二人の監視官に手のひらを向けた。その仕草に、監視官達は悲鳴を上げながら後ずさる。
「もし鍵と情報を寄こすなら、お前らの多臓器不全は俺が治してやる。職務を全うするというのなら、今すぐ死ね。さあ、どっちがいい? 選ばせてやるよ」
そういってシュウは、二人の監視官に詰め寄った。