13
「何いってんだよ! あんたが乗り込んでどうする気だい!」
奴隷宿舎にミロルの声が響き渡る。
「俺がいかねぇで誰が行くんだ、あぁ? 元々俺もいくつもりだったんだ。早いか遅いかの違いだろう」
「二人で行くのと一人で行くのじゃ話が違いすぎるだろ? いっくらあんたが強くても、囲まれたら終わりさ。武器だってありゃしないのに……」
そういって黙り込むミロルの肩にサリベックスはそっと手を添える。そして穏やかな視線でミロルを見つめ、おもむろに口を開いた。
「俺はな、怒ってんだよ、あの馬鹿野郎によ。勝手に一人で決断して一人で行きやがって。だからよ、一発ぶん殴ってやりてぇんだ。まあ、ついでに気にいらねぇ貴族様にも一発お見舞いしてやろうとは思ってるがな。心配しなくたって必ず戻ってくるさ。安心しろ」
そういってにやりと笑うサリベックスの顔は、どこにも迷いは感じられなかった。ミロルは、そんなサリベックスの顔を見て言葉に詰まる。ミロルとて、シュウやレイをこのままにしたいとは思っていないのだから。
「…………何か、手はあんのかい?」
「いや、正面突破しかあるめぇ――」
そう言い切るサリベックスの脳天に、ミロルはすらりと伸びた長い脚を蹴り上げそのまま踵を叩きつける。
「がっ!?」
「あんたはほんっとに馬鹿だね! そんなんじゃ行ってすぐ殺されるにきまってるよ。あぁ、ほんとあんたの馬鹿さはいつだって変わりはしないんだから!」
ミロルの踵落としによって床に伏しているサリベックスは、目を白黒させていた。
「い、痛ってぇな……。っていうか、なら、お、お前にはなんか考えがあるっていうのか?」
サリベックスは起き上がらりながら話すが、片手はひたすらに脳天をさすっていた。ミロルはというと、サリベックスの質問に笑みを浮かべていた。そして、その場に堂々と立ち、倒れているサリベックスに宣言する。
「そんなの、まだあるわけないじゃないか!」
「お前なぁ!」
ミロルのあんまりな言葉にサリベックスは軽い怒りを覚えるが、ミロルがそれをすかさず手で制した。
「最後までお聞き。まだっていっただろ? あんただって忘れてるんじゃないのかい? ここがどこかってことをさ」
「忘れてる……?」
「そうさ。ここは奴隷島だよ。ありとあらゆる境遇、職業、出身のやつらがいるんだ。そいつらの知識や知恵を振り絞れば、何かいい考えの一つや二つ、浮かび上がってくるとは思わないかい?」
ミロルはそういって、ゆっくりと口角を上げた。
◆
シュウはひたすらに耐えていた。
何度味わったかわからない。拳の骨が自らの肉を痛めつける感触を、太いこん棒が骨を砕くその痛みを、しなる鞭が皮膚を切り裂く鋭さを。もう何日たっただろうか。シュウは、強い痛みを感じる部分や致命傷に成りうると判断した傷を治癒術で治しながらなんとか耐えていた。すでに肉体も精神も限界に近かったが、奪われたものを取り返すまでは死ねない。その思いだけがシュウを生きながらえさせていた。
そして今日も、暗闇の中は男たちの怒号で溢れている。
「おら! まだ言わねぇか! 言えば楽になるってぇのに、お前は本当の馬鹿野郎だなっと!」
「……まれ」
「またこいつ何か言ってるよ。気持ち悪いんだ、よっ!」
「……たまれ」
「っていうか、いい加減死んでもいいんじゃねぇか? こんだけ殴って死なないってどんだけしぶといんだよ!」
「かたまれ」
「なんて言ってんのか、きこえねぇんだよ!」
三人の監視官の拳を顔面にくらって、シュウはどさりと床に倒れ込む。必至で息を吸い込まないと呼吸ができない。それほどまでにシュウは弱っていた。
「はぁっ! はぁっ! はぁ……かたまれ」
「だから何いってんだよ! お前はよぉ! はぁっ、はぁ」
「かたまれ」
シュウは口の中でひたすらに呟いていた。その呟きはかすれた声と音の小ささで監視官には聞こえてはいなかった。しかし、何かを延々とつぶやくその様は、なんと言っているのかわからずとも不気味なのは確かだ。
「おいおい。殴ってるお前が息切れしてどうすんだよ」
「あ? なんか疲れんだよな。こいつ殴ったりし始めてからなんだか疲れやすくなったしな」
「だらしねぇな。そんなんでこいつの口割らせたりできんのかよ」
そういって笑う男を、もう一人の男はまじまじと見つめていた。
「あ? なんだ? なんかついてるか?」
「いや、わりぃ。そうじゃねぇんだけどよ。お前、なんか肌の色が変わったか?」
「はぁ? 肌の色だと?」
「ああ。なんか黄色いっていうのか、そんな色だ」
「俺も、それは思ってた」
息切れしていた男も同意し、肌が黄色いと言われた男は自分の顔を触っては首をかしげている。
「自分ではわかんねぇけどな」
「なんか俺、こいつと同じ場所にいんの、気持ちわりぃわ」
「そうだな。今日はこれくらいにしておいてやるよ」
そう言って、監視員達はその場から去って行った。監視官達が出ていくと、シュウも呟きをやめ、牢屋には静寂が舞い戻った。
そして夕食が終わったころ、シュウの元には来訪者が訪れていた。シュウがここに来てから毎日やってくるデズワルト・ヨードコート。彼は昼間の拷問の後、レイの恩恵を聞き出そうとやってきていた。
しかしシュウは今日は様子が違うと思った。淡々とした足取りではなく、どこか嬉しそうな、何かを楽しみにしている子供のように足早でやってきたのだ。シュウはそれを奇妙に思いながらも、見下ろしてくるデズワルトをこれでもかと睨みつけていた。
「いい加減口を割ったらどうなのだ。あの女、レイの恩恵はなんなのだ、言え」
デズワルトは返事を待つがシュウは一切答えない。そして、シュウは拒絶の意味を込めて檻を力いっぱい蹴った。金属音が牢屋の中に響き、次第に余韻だけを残してそっと消える。
「いつもと変わらずか。お前も学ばない奴だ。まあ、いい。今日はお前に伝えておこうと思うことがあってな。一ついいことを教えてやろう」
歪んだ笑みをうかべたデズワルトは、牢屋に顔を近づけながらシュウを覗き込んだ。
「あの女は五日後に王都に連れて行くことが決まった」
「っ――!?」
顔をこわばらせるシュウ。その反応が楽しいのか、デズワルトはますます笑みを濃くして話し続ける。
「王都には恩恵を調べるものがあってな。それであの女を調べてもらえることが決まったのだ。そうすればあの女を売って俺は利益を得るだろう。お前から恩恵を聞ければそれが一番よかったのだが……」
デズワルトはそういうと、すっと踵を返し背中越しに言葉をかけた。
「五日以内に恩恵を教えるというのなら、お前の処遇、少しくらいは便宜を図ってやろう。命まではとらないと約束してやる。だが、女を王都に連れてくその時は……。わかっているだろう?」
それだけ言って、デズワルトは護衛達と共に牢屋から去って行った。
シュウは、デズワルトが去った後、小さな窓から空を見上げていた。空には月が見えるが、そのすべては見えず窓の端で切れている。歪な形の月を見ながら、シュウは動かすたびに痛む傷に顔を歪めながら、その両手を強く握りしめた。
「間に合うかな……」
そう呟くシュウの顔には、穏やかなそよ風が吹き続けていた。そのそよ風は、いつまでもいつまでも、シュウの髪をたなびかせていた。