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はじまりは奴隷  作者: 卯月 みつび
第四章 囚われの身と磨く牙
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「どうしてこうなった」

 そんな呟きが小さな部屋に響くことすらなく消えていく。それは、シュウが発した言葉だった。この発言が意味することはひどく単純なものだ。それは後悔。そう、シュウはひどく後悔をしていた。自分の浅はかな行動に、思慮の浅さに。

 シュウがいる場所は暗闇だ。岩作りのその部屋は三方向が岩でできており一方向は鉄でできた柵。地下水が染み出ているのか、シュウが座っている床はひどく湿っており、ところどころ水たまりができている。唯一外と交通している窓があるが、それはシュウの背中側の壁に小さなものがあるだけだ。ここは牢屋。奴隷が入れられる場所としては贅沢なものだが、居心地が悪いのには間違いがない。

 奴隷のときと同じく食事は二回。その内容がわずかばかり、奴隷島で配給されるものより贅沢なのは皮肉だろうか。シュウはそんなことを考えながら、牢屋に入れられるまでの行いを振り返り、再び後悔の嵐にその身を投じた。


 ◆◆◆


 話は遡るが、その日の昼間。シュウは恩恵を捨ててもいいと言った面々とともに居た。そして、残ってくれた三人から恩恵を奪った。いや、この場合奪ったというより譲り受けたというほうが正しいのだろうか。あまり、周知したいことでもなかったため診察室でシュウは恩恵を使ったのだが、使われたケルガーやホルムの様子がいつも通りだったのでシュウは肩をなで下ろした。

「ほんとに恩恵使えなくなるのな。なんかすげぇ違和感」

「本当だな。まあ、奪われるって聞いてびびったが、これで奴に一泡吹かせてくれるんだろ?」

「ああ。やってやるさ」

「頼むぜ。それとな、暑い日には、俺の変わりにそよ風吹かせてくれよな」

 ケルガーの頼みごとにシュウは目をぱちくりさせるが、すぐさま頷いて「ああ」と了解の意を伝えた。

「よし。じゃあ、その恩恵をどうやって使うかじっくり相談するぞ。それとな、俺も行くからな」

「は? 何言ってんだよ、おっさん」

「何ってあたりまえだろうが。俺らの仲間が連れていかれたんだ。お前が言って俺がいかんでどうする」

「それでもっ――。おっさんがいなくなったら、誰がここにいる奴らをまとめんだよ」

 サリベックスの物言いに、シュウは反論した。しかし、不安そうな顔を浮かべるシュウの肩を、サリベックスはいつ戻り力強くたたきながら笑い声をあげた。

「ははっ。いなくなる前提で話してんのか? やけに弱気だな」

「そういうわけじゃないけどさ……」

 思わず俯くシュウの頭を、サリベックスが軽く小突いた。

「いだっ!」

「お前が心配することじゃねぇよ。それよかお前だ。恩恵もらったからって強くなったわけじゃねぇ。それを使ってどうレイを助けるか。そこが一番重要だろうが。なら、お前はそれだけを考えるべきだ。違うか?」

「いいや」

 そういってシュウは首を振った。サリベックスはその様子を見て穏やかな笑みを浮かべる。

「お前らも協力してくれて助かった。このことは他言しないでおいてもらえると助かるんだが」

「わかってるよ、サリベックス。言わねぇよ」

「最初に言われたからな」

「ああ」

 三人はゆっくりと頷いた。

「じゃあ、シュウ。とりあえず今日は夜も遅い。休んでまた明日考えるとしよう」

 そういって、皆は解散した。


 ◆


 その日の夜、シュウはいつものように外へ出ていた。大きな月の下、シュウは座り込み空を見上げていた。かつて、レイと一緒に見上げた空を、今は一人で見ていた。

「泣いてんのかな……」

 ぽとりと落とした言葉は、木の葉のざわめきに消えていく。返事とばかりに風がさえずったのを聞いて、シュウは顔を伏せた。

「泣いてんだろうな」

 それはどこか確信にも近い思いだ。レイは勝気に見えたが、それは皆がいたからだろうということをシュウはわかっていた。誰も信頼できず泣いていたあの夜。シュウはあの夜のレイこそ、本当のレイだと感じていた。

「おっさんには悪いけど……いくか」

 そして、シュウは腰を上げる。

 サリベックスは一緒にと言ったが、シュウは最初から一人で行くことに決めていたのだ。サリベックスの恩恵は頼れる。しかし、そのサリベックスでさえも、あの護衛と出会えば無事では済まないだろう。それゆえに、サリベックスの無事をも願ったシュウは一人で行くことを決意したのだ。

 それだけじゃなく、少しでもはやくレイの元へいってやりたかったのもあった。仲間を奪われたことにこんなにも憤りを覚えるだなんて、かつてのシュウは知らなかった。はじめは、その感情に戸惑ったが、今ではあたりまえだとも思っていた。

 自分から何かを奪うな。

 そんな強い想いがシュウの胸の中に育っていたのだ。

「外見に引きずられて中身も変わるもんなのかな」

 そう言いながら、シュウは奴隷宿舎を出て、デズワルトの屋敷に向かった。


 息を殺し、姿を隠しながらシュウは橋へと近づいていく。木陰から覗くと、橋の入り口には小さな小屋のようなものがあり、そこが見張り台になっているようだった。外からは人影は確認できず、シュウは身を屈めてそっと駆け寄る。

(誰かいんのかな――っと!)

 小屋に空いた窓からシュウはそっと中を覗き込んだ。すると、監視官はいるのだが、机に突っ伏して眠りこけていた。

(びびった……)

 心の中で大きなため息をつきながら、シュウは小屋の横を通り抜ける。そして、小屋の奥でしばらく様子を見ていたが、気づかれなかったようだ。音は何もしないし誰かが出てくる様子はない。

 それを確認して、シュウは走った。橋の上には隠れるところなどなく、できるだけ早く通り抜けてしまいたかったためだ。足元の橋板は軋み音が鳴り、揺れる。しかしそれでも足を止めることはできない。

「はあっ! はっ、はぁ! はぁ!」

 自分の息づかいだけが耳に響いた。

(あと少し! あと少しだっ!)

 そう思って歓喜した。間もなく橋は終わる。

(橋を渡ったら、まずは近くに隠れるところを探しっ――)

 そして、まさに橋を渡り切ろうという瞬間に、シュウは首元に強い衝撃を感じた。

「がっ――!?」

 地面に倒れ込むシュウ。歪む視界の中、シュウの視界に入ったのは数人の監視官だ。皆がそれぞれ笑みを浮かべてはいるが、どこかいやらしく見下した態度である。そして、そのうちの一人が、シュウの腹に強い蹴りをくりだした。

「ほらっ! 脱走なんて成功すると思ったのか?」

「ぐほっ――」

「甘いんだよ! こっち側で見張っていないとでも思ったのか? あぁん?」

「がっ――」

「身の程をわきまえろ! この薄汚い奴隷風情が!」

「ぶふっ――」

 皆が何かを言いながら、シュウをこれでもかと蹴りまくる。シュウは次第に、声さえあげれなくなり、歪んだ視界の中、意識を失った。

「ここでの楽しみはこんくらいだよ。はっ。殺してもいいんだけどな、奴隷を捕まえたら牢屋に放り込んどけってヨードコート子爵様に言われてんだよ。悪く思うなよ。はははは」

 監視官達はそうやって笑いながら、シュウを引きずって牢屋へと閉じ込めた。


 ◆◆◆


 そういった経緯でシュウは牢屋に閉じ込められていたのだ。

 シュウは捕まった時のことを思い出しては一人歯を食いしばった。そして、ここから出る方法がないかと模索する。が、できることと言えば小さな窓から外の見上げることと、牢屋の中でうずくまっていることくらいしかできない。

 そんな時、どこかからか足音が響く。監視員の粗雑な足音とは違い、ゆったりとしたその音の主は、シュウの元に向かっているようだった。

「誰だ……」

 シュウが目を細め暗闇をうかがうと、そこには見覚えのある二人の姿があった。デズワルトと、シュウの仲間達の首を落としたその護衛だ。二人は、シュウがとらえられている牢屋の前にたたずむと、何の熱も感じない冷たい視線で見据えられる。

「そこの」

 この場に似つかわしくない、やけに通る声にシュウはおもわず体をすくめる。そして、これから何をされるのか、そのことを想像すると寒気がした。

「お前はあの女をかばって倒れていたものだな。名は?」

 突然の問いかけにシュウは反応できずに黙り込む。

「ん? 言葉は話せるのだろう? 名を聞いている、名だ」

 そこまで聞いてようやくシュウの理解は追いついてきた。そのまま答えるのも癪だったが、あえて黙り込む理由もないため素直に答えた。

「シュウだ」

「シュウだな。お前に聞きたいことがある。あの女、レイといったか。あの女の恩恵はなんなのだ? 私がなんど尋ねてもあの女は何も言わん。脅そうにも何かをしたら自害すると言って聞かない。この奴隷島のけが人や病人をあれほど減らしたのだ。その利益を考えると、殺すのも惜しくて、な」

 シュウの様子をうかがいながら淡々と告げるデズワルト。観察されているというその事実がシュウをひどく不快にさせる。

「俺は何も知らない」

「そうか。まあ、予想していた答えだ。これから毎日聞きに来る。できるだけ早く答えを聞けることを期待している」

 そういって立ち去っていくデズワルト。

 何がしたかったんだ?

 そんな疑問がシュウの頭の中に浮かび上がるが、その答えはすぐにでた。下卑た目をした監視官達がゆっくりとシュウの牢屋に近づいてくる。普段は食事を運ぶくらいにもかかわらずだ。

「あの野郎……」

 監視官達は手にこん棒やら鞭やらを持っていた。そして、嬉々とした表情で牢屋の檻を開けると、シュウに向かって話しかける。

「できるだけ長く楽しませてくれよな。飯運ぶだけだと飽きちまうんだわ。まあ、せいぜい頑張って死なねぇようにしてくれや」

 そういって、監視官は右手を振り上げた。


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