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はじまりは奴隷  作者: 卯月 みつび
第三章 奪うものと奪われるもの
12/23

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「お前、それまじでいってんのか?」

「そんな恩恵、聞いたことないわよ」

 場所は変わり、シュウとサリベックスはミロルの部屋にやってきていた。取り戻すなどという無謀なことはやめてほしかったサリベックスがシュウを説得するために呼んだのだ。ミロルも、サリベックスがシュウを連れてきた時点でその意向は理解していたが、シュウの口から発せられる内容に、思わず聞き入っていた。

「本当だ。俺の強欲ごうよくっていう恩恵は人の恩恵を奪うことができる。この前、ホルムを治療してたとき、偶然わかったんだ。俺はあの治癒術使いから治癒術を奪ってしまった。サリベックスもそのことには心当たりはあるだろ?」

「確かにそうだが……だけどそれにしたってどういうこった。恩恵を奪えるだなんて」

「それは俺にもわからない。この力が人の人生を狂わせてしまうことだって理解している。本当なら、こんな力、使うことなく生きていきたかった……けど、それじゃあレイは救えない。奪われたままで終わるんだ」

 おもわずシュウは拳を握りしめていた。その様子に、ミロルは顔をしかめて目を逸らす。

「じゃあ、なんだ? あんたはいろんな奴の恩恵を奪って力にして、それでレイを取り戻すっていうのかい?」

「そうだ」

「そんなのっ! そんなの、賛成できるわけないじゃないか! 恩恵を奪うってどういうことかわかって言ってるのかい? そんな、ちょっと食べ物盗んだとかいう軽い問題じゃないんだよ!?」

「わかってる」

「わかってるなら! わかってるなら、そんなこと――」

「やめろ、ミロル」

 思わずシュウに掴みかかろうとしたミロルを、サリベックスが優しく止める。

「でも、シュウが!」

「やめろと言ってるんだ。それに、俺たちに協力してくれってことは、こいつはむやみやたらに恩恵を奪うって言ってるわけじゃねぇ。それくらい、お前ならわかるだろうが」

「そうだけど……」

 サリベックスの腕の中で小さくなるミロル。だが、サリベックスの言葉に納得がいかないのか、いまだに顔は険しいままだ。

「ミロル。おっさんの言うとおりだよ。さっきも言ったけど、恩恵を奪うってそいつの人生奪うようなもんだ。無理強いはしない。けど、力を貸してくれるやつ、恩恵を譲ってもいいってやつを探そうとおもってる。その協力をしてほしいんだ」

「まあ、俺の恩恵はやるつもりはねぇし、こいつが力を悪用しようとしたら、俺が止めるにきまってんだろ。だから、そんな顔するな」

「なんだよ、二人して。もう……勝手にしな」

 そういってミロルは部屋の奥にひっこんでしまった。その様子をみたサリベックスが苦笑いを浮かべてシュウに視線を送るが、そんなさりげないそんな仕草が、シュウの心を少しだけ軽くした。


 ◆


「それで、こいつらが協力してくれる恩恵持ちだ。シュウが言うとおり集めたが、集まったのはこんなもんだな」

 シュウやサリベックスは食堂にいた。そして、シュウの目の前には、十数人の奴隷達が集まっている。この奴隷島での恩恵持ちが四十名程度ということを考えるとまずまずの結果だろう。

「ありがとな、おっさん。それと、皆。俺のわがままに付き合ってくれてありがとう」

 そういいながらシュウが頭を下げると、集まった恩恵持ちは皆、ばつが悪そうに顔をそむける。その理由がわからず困惑するシュウだったが、近くにいた一人がシュウを睨みつけ近くまで詰め寄りながら口を開く。

「本当なんだろうな?」

「なにがだ?」

 唐突な質問に、シュウはおもわず首をかしげた。その仕草が癇に障ったのだろう。男は声を荒らげてシュウを怒鳴りつける。

「サリベックスが言ってたことだ! 協力するにあたって危険はないって言ってたからここに来たんだ。何をすればいいのか聞かないことには、それが本当かどうかわからんがな」

 後ろの面々を見ると、皆おびえの色が見え隠れしてる。

「そうか。なら、最初に約束をしておくよ。俺は、お前達に危険なことはさせるつもりはないし、無理強いもしない。あくまでレイを取り戻しにいくのは俺だし、直接的な手伝いさえ、やってもらおうとは思っていない」

「そ、そうか。ならいいんだが」

 そういってシュウに詰め寄っていた男は引き下がる。

「じゃあ、お前は俺たちに何をさせたいんだ?」

 当然の疑問にシュウは頷くと、「おっさん」と言いながらサリベックスに視線を送る。その視線を受け取ったサリベックスが一歩前にでて口を開いた。

「それを説明する前にな。お前達には約束してもらわなきゃいけねぇことがある。それは、これから話すことを誰にもいわねぇことだ。それだけは誓ってもらわなきゃならねぇから、守れねぇやつはこっから出て行ってくれ。それだけのことを今から話す。きつい言い方だが、わかってくれ」

 サリベックスの言葉を聞いて、何人かは恐れを抱いたのか食堂からでていき、それ以外はその場にとどまった。その様子をただ見ていたサリベックスは、シュウの肩に手を置いた。

「まあ、こんなもんだろ。ほら、シュウ。さっさと話せ」

「ありがとな、おっさん」

 一歩前に出るシュウ。シュウは残った面々を一瞥すると大きく息を吸った。

「皆には……恩恵を捨ててほしい」

 シュウの言葉に、皆はどう反応していいかわからずただただ困惑顔だ。

「何いってるかわからないかもしれないが、レイを助けるために恩恵を捨ててもいいってやつだけ残ってくれ。それ以上のことは願わない。それだけでいいんだ。それだけで、レイを取り戻す可能性が上がるかもしれないんだ。頼む。レイのために恩恵を捨ててほしい。……頼む」

 そう言いながら頭をこれでもかと下げるシュウ。

 あまりの突拍子のなさに、皆、開口して呆けている。それも無理はない。恩恵というのは唯一神ガイレスから与えられた力。それを捨てるだのなんだのと、普通はできるはずがないのだ。シュウの特殊な恩恵がなければ、そんな発想は出てこない。

 さらに加えるならば、恩恵を捨てたいと思うやつなどいない。この奴隷島にいるものは、恩恵の力は小さく実用的ではないが、日常の不便を解消してくれるものも少なくない。生まれた時からずっとある便利なものを、そう易々と手放したいと思うものなど、普通はいないのだ。

 それでもシュウは頼んだ、頭を下げた、願った。小さな恩恵でも、それを集めればどうにかレイを助けられるんじゃないのか。そう考え出した答えだったのだ。

「馬鹿馬鹿しい。何を言う出すかと思えば恩恵を捨てろ? 寝言は寝てからほざきやがれ!」

「一瞬でも取り戻せる策があるってお前に期待した俺らが馬鹿だったよ。サリベックスも、こんなわけわかんないやつに踊らされてないで、さっさと仕事しろよな! 仕事!」

「頭おかしいんじゃねぇか? ほら行くぞ!」

 そう口々に言いながら去っていく仲間達。シュウは頭を下げたまま、遠ざかる足音を聞いていた。

(やっぱりか)

 そんなつぶやきを胸の内でしつつも、足跡が遠ざかることに絶望を感じざるを得なかった。レイを助ける道も遠くなってく。それを如実に感じたシュウだったがこれ以上はできることがなかった。何もなかったのだ。

 無理に奪うなんてそれはシュウの良心が咎めたからしなかった。だからこそ、だめで元々、頼み込んでみようと思っていたのだが、こうなってしまっては、それもあきらめるしかない。シュウがそう考えていた矢先――。

「俺でもいいのか、シュウ」

 シュウが咄嗟に顔をあげると、そこにはケルガーが立っていた。どこか照れくさそうに鼻の下をかいていたケルガーは、シュウの顔を見るなりいつもの軽口をたたいてくる。

「何しけた面してんだよ! 捨てていいって言ってんだから喜べよ。そんな顔じゃ、レイちゃん取り戻すどころか、護衛にたたっきられてお陀仏だ。ほら、顔あげろって」

 ケルガーに促され顔を上げると、そこには三人の見知った顔がいた。何度か治療したことが人達だったが、なぜ残ってくれたのか、シュウにはその理由がわからなかった。

「な……んで」

「なんでって、お前が頼んだんだろうが。捨てるってのがよくわかんねぇが、俺の恩恵なんて、そよ風起こすだけだかんな。暑いときは便利だけどそんだけだ。なくなったって困りゃあしねぇよ」

 ケルガーがそう言うと、ホルムも頷きながら口を開く。

「お前には世話になったからなぁ。腹掻っ捌かれたなんて聞いたときには驚いたけどよ、お前がいなかったら俺は死んでたからな。せめてもの礼ってこった。恩恵くらい捨ててやるさ」

「俺も別に水を増やすってだけだからよ。俺はこっから出れそうにないからな。そんな恩恵、あるだけ無駄ってことよ。少しでも力になれんならって思っただけさ」

「みんな……」

 シュウはケルガーや手術をしたホルム、そしてもう一人の顔をみても、言葉を聞いてもまだ信じられなかった。恩恵という力を手放してもいいと思える人が、この世界にいるとは思えなかったのだ。

「わるい……ありがとな」

 そういってシュウは俯いた。手で顔を覆っているが、その隙間から垣間見る表情に、皆は苦笑いだ。

「おら、シュウ! 力貸してくれるっていうんだ! 遠慮なくもらっておけ! レイを助けるんだろ?」

 いつもの通り、シュウの背中をたたくサリベックスだったが、今日はその叩かれた痛みすらうれしかった。シュウは、目頭にたまっていた滴を手で拭うと、どこかすっきりとした表情で口を開く。

「ああ! 絶対取り戻してやる!」

 そう言ってシュウは拳を握りしめた。

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