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はじまりは奴隷  作者: 卯月 みつび
第三章 奪うものと奪われるもの
11/23

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「さあ。素直に教えてくれるものはいないのか? 話せば命などとらぬというのに」

 そういいながら奴隷達に呼びかけるデズワルト。しかし、奴隷達は恐怖で身動きさえできない。動けば殺される。そんな確信が、奴隷達の行動を縛り付けていた。

「誰もいないか。まあいい。じゃあ、お前。言え」

「え……あ、あ」

 いきなり話しかけられた男はうろたえて言葉を発することができない。その事実がさらに男に重圧を与え、どんどんと話そうとする気持ちが空回りする。そんな悪循環から抜け出す間もなく――、

「あ゛――」

 ごとりと首が落ちる。その首を見ながら、デズワルトは悲痛な表情を浮かべて顔に手を当てた。

「悲しい。実に悲しいよ。こんな形で貴重な命が失われていくなんて。本当に……お前らのような労働力を買うには金がかかるんだ。せっかく得た利益を使わせるなど、なんてずうずうしい命なんだろうな」

 デズワルトは瞬時に物を見るような冷たい目になり、次の標的を見定める。目があった男は、恐怖からか尻餅をつきずりずりと後ずさりを始めた。自然とその男を避ける奴隷達。そのようにして自然にできた道を、デズワルトはゆっくりと歩きながら男を追い詰める。

「さあ、次はお前だ。素直に話せ。それが互いのためだ」

 男の唇は震え歯はガチガチとぶつかって鳴っている。その脇から流れ出る涎など気づかない。男の頭の中はどうすれば殺されないか、これに尽きた。それゆえに、先ほどミロルやサリベックスから言われた言葉など、どこか遠くに放り出してしまった。

「おっ、おんな!」

「ん?」

「くろっ、黒髪の、お、おんなだ! そいつの持ってる恩恵が――」

 ごとり。

「が……」

 落ちた首から空気が漏れるが、その落ちた首を一瞥さえしない。デズワルトは奴隷の男が言っていた黒髪の女を探し始めた。まあ、黒髪などデズワルト自身は見たことさえなかったのだが、視線を走らせると後ろのほうに黒髪を見つける。

「ほう。いたか」

 小さくつぶやくとともに、デズワルトは並んでいる奴隷に向かって歩き出す。自然と人垣が割れていき、デズワルトの先には体を小さくさせ震えている黒髪の少女だけになった。だんだんと近づいていくデズワルト。が、その前に、立ちはだかるものがいた。シュウとサリべックス、そしてミロルだ。

「どけ。私はその女に話がある」

 だが、シュウ達はそこから動くことはない。自分の言葉に従わないシュウ達を目の前にして、デズワルトは鬱陶しそうに顔をしかめた。

「どかないか。しかし……これ以上殺すのももったいない。それも、失うのがお前らとは、些か損が大きい気がするな。なあ、サリベックス、ミロル」

 名前を呼ばれた二人は険しい表情のままデズワルトを睨みつけていた。その視線は、今までシュウ達がみたこともないほど鋭いものだ。

「奴隷達をまとめているお前らが私の邪魔とはどういうことだ?」

 デズワルトの背はそれほど高くない。サリベックスなどはしっかりと見上げないと目は合わないのだが、今のデズワルトはそんな高低差など気にもならないくらい、二人を見下ろしていた。物を見るような視線に、シュウは気持ち悪さを感じていた。

「たしかに、こいつのおかげで俺たちは怪我や病気が減った。だが、それはあんたにとってもいいことだろう? ヨードコート様よ」

「もし望むなら、納めるものを増やしたってかまわないわ。だから、この子は見逃して」

「相変わらず言葉づかいが汚いな。まあいい。お前らはそんなにこいつが大事か。それほどまでの価値があるのか? こんな小娘に。どんな恩恵だというのだ、言え」

 デズワルトの問いかけに二人が答えるはずもなく、ただじっと睨みつけるばかりだ。

「言わないか。なら仕方ない……『収縮コントラクション』」

 デズワルトが言葉を発した直後、デズワルトとミロルは首元を抑えてうずくまる。

「なっ――!? おっさん、ミロル!」

「が、がぁ」

「う、あ……」

 あわててシュウがかけよると、二人とも顔を真っ赤にして口を開いていた。胸元が不自然に上下を繰り返しており、首元をみると奴隷の輪がこれでもかと喉に食い込んでいた。

「息が」

 そう、二人は息ができなかったのだ。何が理由かわからないが、奴隷の輪が食い込み呼吸を妨げていた。サリベックスは必至でそれを外そうとするも、その腕力をもってさえしても奴隷の輪は外れない。

「なんだ、なんだよ、これは! ――ぐふっ」

 どうにかしようと考え込んでいるシュウに、いきなり強い衝撃が脇腹に加わった。

「なんだ、お前は。奴隷の輪も知らんのか。無知はとは恐ろしいな。自分の首にもそれがついていると言うのに」

「がはっ、げはっ、はっ、はぁ、はぁ」

「ん? お前も髪が黒いな。この女と同郷か。なら話は早い。女の恩恵を言え」

「……が言うかよ」

「何?」

 片眉が上がるデズワルトを尻目に、シュウはおもむろに立ち上がり声を荒らげた。

「誰がお前なんかに言うかって言ったんだよ! おっさんとミロルをこんなにして何が楽しいんだ! ふざけんな。大事な仲間をこんな風にされて、口を割る馬鹿がどこに――が、がぁ」

 デズワルトの「収縮コントラクション」という呟きとともに、シュウにつけられていた奴隷の輪が強く強く締め上げられる。そして、息も、首に走る動脈の流れもすべてが止まる。息を吸おうにも、できるのは必至で胸郭を動かすだけ。次第に、脳に血がいかなくなったのか、シュウの視界はぼやけ、意識さえももうろうとしてきていた。

「さっさと女を連れ出せ。いくぞ」

「ひっ」

 黒髪の少女、レイは小さく悲鳴を上げるもすぐさまその腕を護衛に抑えられてしまう。

「い、嫌……嫌よ、どこに連れて行くの? ねぇ、やめてよ、誰か、助けて……助けてよ! ねぇ! 助けて! 誰か! 誰かぁ! いやぁ!」

 必至で抵抗するも、護衛の男の腕力には勝てないのか、問答無用に引きずられていく。響き渡る悲鳴がだんだんと遠くなっていく。

 シュウは連れ去られていくレイに手を伸ばすもそれは当然のことながら届かない。声を出そうにも息ができないから声は出ない。シュウは歯を食いしばるも、だんだんと遠くなる意識をつなぎとめておくこともできない。

(ふざけんな)

 そう心の中で叫びながら、シュウの視界は真っ黒に染まった。


 ◆


 シュウが目を開くと、そこは自分の部屋だった。見慣れた部屋は、相変わらず粗末で汚い。服の代わりに巻きつけられている布は汗でぐっしょり湿っており、その不快感を洗い流そうとシュウは立ち上がり食堂を通って外に出る。そして、近くにある小川にまっすぐに向かった。途中、誰かから声をかけられたが、そんなものは耳に入らなかった。

 外は、赤く染まっている。日も沈むころなのだろうか。シュウは光の眩しさに思わず目を細めた。そして、小川に入りながら、体にこびりついた汗を洗い流していった。

「大丈夫か?」

 シュウは後ろからする声の主に心当たりがあるも、あえて何も答えず体を洗い続ける。

「あの奴隷の輪はな。決して俺たちを殺さない。苦しめるだけ苦しめて、そして恐怖を植え付けるんだ。反抗したらまたあの苦しみを味わうんだってな。ここにいる奴らは一度は経験してることだ。しゃべっちまった奴も、動けなかったやつも、責めないでやってくれ」

 シュウはその言葉に憤りを覚えるも、すぐにまた体を洗った。何度も何度も同じところを洗っていることには、シュウ自身は気づいていない。

「レイは無事だろう。あいつの恩恵は希少価値が高い。無碍にされることもあるまい」

 シュウはその言葉を聞いて、すぐさま振り返った。そこには声の主であるサリベックスがおり、そのサリべックスを、シュウはこれでもかと睨みつけていた。

「だから仕方ない。そういいたいのか?」

「違う」

「じゃあなんだ! ただ見ていたやつを責めるなってそれだけ言いに来たのか? なら余計なお世話だ。別にあいつらを恨んじゃいない」

「俺はお前も心配だ。自分を責めるなよ、シュウ」

「な……」

 シュウは思いもよらない台詞に言葉を詰まらせた。だが、サリベックスの言葉を飲み込むわけにわいかなかった。

「なんだよ、それ。慰めか? そんなの頼んじゃいない、いらないんだよ」

「お前のその目。起きてきていきなりその顔じゃ、心配もするさ」

 シュウはそういわれ、水面を覗き込む。水の流れで顔が歪んではいるが、自分の顔ではないようだった。どれだけの憎しみをその目に注ぎ込んだのか、自分でさえも見当がつかないほど水面にうつる目は淀んでいる。

「俺だって自分が不甲斐ない。ミロルだってきっと同じ気持ちだろう。この島の奴隷達、皆が歯がゆくおもってる。何度もこんなことはあったが、今だに慣れねぇな。仲間が連れて行かれんのはよ」

「……連れ戻せないのか」

「この輪っかがついてんだ。これに首絞められるか、殺されるかのどっちかだ。俺の恩恵だって、首絞められて意識失っちゃ意味がないんだよ」

「それでもっ! それでも……俺は仲間を奪われたことを、このまま奪われたままにしておくことなんてできない」

「シュウ……」

「こんなわけのわかんない世界に落とされて、奴隷として生きて、やっとこさ作り上げた居場所や仲間をいいように蹂躙されてっ! そんなの俺が許さねぇ。ガイレスとかいう神とかそんなんじゃない。ほかでもない、俺が許さない」

 シュウはそういいながら、水面にうつる自分の顔に拳を叩きつける。そして、サリベックスを見て告げた。

「レイを取り戻す。おっさん。頼むから、協力してくれないか?」

 

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