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Chapter-07 「おまえは天気予報を見ていなかったのか?」


「意外だな」

 ヘルメットをかぶったトオタがネクストバッターズサークルにやってくると、回の始めからその場で待機していたひとりの少年が、守備のときには遊撃手を務めている少年が、落ち着いた口調の声で言いました。

「あの名将は、もっと合理的な采配を振るう男だと思っていたが」

 彼の切れ長の双眼が向いているのは、現在は、浦川第一の内野陣が集まっているマウンド。その中には、〝天才〟都築ハジメや、〝小さな狙撃手〟こと山科カケルの姿も見えます。

「向こうはこちらと違って選手層が厚い。投手陣も、あの〝小さな狙撃手〟に比べれば少々劣るとはいえ、他校であれば、背番号『1』を背負っていてもなんらおかしくない投手が二枚控えている。それに浦川第一は、投手を酷使しないことでも有名だ。すでに百三十球以上を投げていて、ノーアウトからツーベースを許した先発なら、たとえ頼れるエースでも交代させるのが定石のはずだ」

「決勝のことでも考えてんじゃないのか?」

 バットの先を地面に着けて、そのグリップエンドに両手を置いているトオタが、淡泊な調子の目立つ声音で言いました。

「決勝に上がってくるのは西栄か田待東だろ? 映像で見た感じだと、どっちが勝ち上がってきても、あの精密機械以外に九回を投げ切らせるのはちょいと不安がある。ふたりに半分ずつ任せれば、まあ、悪くても三点以内には収まるって計算とかでないのかい?」

「おまえは天気予報を見ていなかったのか?」

 遊撃手の少年に目を向けられたトオタは、「天気予報?」とそのまま返しました。遊撃手の少年が続けます。

「明日の朝から雨が降りだして、そのあとには足の遅い台風がやって来る。順調に行けば明日行われる予定の決勝も、三日後か四日後に順延されるという話だ」

「そういえば、そんな話を聞いたような、聞かなかったような?」

 そう言ってトオタが斜め上に視線を向けると、軽く息をついた遊撃手の少年は、マウンドへとその目を戻しました。

「要するに、今日勝てば中二日以上の休養を得て投げられるということだ。たとえこの試合で控えの一枚にリリーフをさせても、決勝でも四回程度を任せることは充分に可能なはずだ。あの〝小さな狙撃手〟も、ここで無理をさせなければ、もしもの場面で使えるかもしれない。それでも代えないということは、」

「よほどあの精密機械が信頼されているのか、それとも控えのほうが信用されていないのか、――ってところか」

「あるいは、この試合があの〝小さな狙撃手〟にとって、不可欠な通過儀礼と考えているのかもしれないな、あの名将は」

「通過儀礼とはまた大げさな」

 トオタは冗談口調で流しましたが、遊撃手の少年の声は、まじめな調子のまま、次のように続けて言いました。

「あの山科カケルは野球エリートだ。リトル時代には、あの〝天才〟とともに世界選手権に出場して、優勝を経験している。シニアでも、そして浦川第一に入ってからも、ほぼ負け知らずの状態でここまで来ている。しかし常勝を常としてきたからこそ、あの〝小さな狙撃手〟は、おそらく〝負け〟というものを知らない。打者との対戦による勝ち負けではなく、相手投手との投げ合いによる敗戦を」

 マウンドに集まっていた浦川第一の内野陣が、それぞれの守備位置へ向かって動きだします。

 それを認めた遊撃手の少年は、一度屈伸をしてから、そのヘルメットに右手をやりました。

「おまえはやはり野球をやるべき人間だったんだろうな」

「なんの話だよ?」

「野球の話だ。――進塁打でいいか? 六番打者」

「どうせなら柵越え狙ってこい、五番打者」

 トオタの言葉には応えずに、遊撃手の少年はバットを持って打席へ向かいます。

「通過儀礼ね」

 その背を見るともなしに眺めていたトオタは、

「誰のための通過儀礼なんだか」

 呆れるような、吐き捨てるような口調で、そんなことをつぶやきました。


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