Chapter-06 「ノーアウト一塁だ」
九回の表――聖峰は、先制した四回以来となる二死二塁という得点のチャンスを作りますが、後続の三番打者が簡単に打ち取られて、結局は無得点に終わってしまいます。
「ボール球を振らない努力は品切れ中か?」
「うっせーな、俺にとっては全部ストライクだったんだよ」
「ワンバウンドのボールもか?」
「あん? そんな球あったか?」
遊撃手と三塁手の少年ふたりがそんなことを言い合いながら、そして遊撃手の少年がその頭を抱えながら守備位置に付いた九回の裏。浦川第一の攻撃は、七回に同点弾を放った、〝天才〟――四番打者の都築ハジメから始まりました。
「ここはフォアボールでも仕方のない場面だよな?」
「なんだ、抑える自信がないのか?」
「とりあえず確信には変わってくれそうにないな。――大丈夫だって。今ならストライクに一球も入らなくたって、乱調がまだ続いてるってことで大目に見てくれるよ、世間様も神様も」
「…………。おまえ、八回の連続フォアボールはわざとじゃないだろうな?」
トオタとユウキがそんな会話を交わしてから二分ほどが過ぎると、右の打席に立っていた都築ハジメは、バットを置いて、一塁側アルプスからブーイングが聞こえる中、一塁に向かって駆けていきました。
「今のフォアボールはわざとか?」
「おいおい、一球ストライクがあったのを見てなかったのか?」
「気の抜けたボール球をライトポール際に持っていかれたのがどうしたって?」
「ノーアウト一塁だ。後ろは任せたぞ、鉄壁の遊撃手」
遊撃手の少年の肩に手を置いたトオタは、ユウキのサインに従って、続く五番打者をショートフライに打ち取ります。そののちの六番打者も簡単に追い込みますが、ストライクからボールになる変化球を見極められて、この回ふたつ目の四球を記録。
「オーケイ、このあとはファーストファールフライ、フォアボール、三振で切り抜けよう」
「間にフォアボールを入れない努力は家出中なのか?」
「そのうち戻ってくるんじゃないか? 捜索願は出しといたから」
そんなバッテリー間の話し合いののち、トオタは宣言どおり、七番をファーストファールフライに打ち取り、八番を四球で歩かせます。そして九番には追い込んだあとに三球粘られたものの、最後はアウトローのまっすぐで見逃し三振を奪い、見事に、二死満塁の、そしてサヨナラ負けのピンチを切り抜けます。
「なんでファーストファールフライだってわかったんだ?」
「ゴーストがささやいたんだよ」
「ずいぶん便利なゴーストだな。このあとの俺の打席がどうなるのかとか、そういうことはささやいてないのか?」
「初球のインローへのチェンジアップを叩いてツーベース。――もし当たったら、仮に俺がサヤちゃんを泣かせても一回くらいは許してくれ」
「もし当たったらな」
トオタとそんな口約束を交わしたユウキは、自らが先頭打者となる十回の表――初球のインローへのチェンジアップをきれいにライト線へ打ち返して、滑り込むことなく、楽々と二塁に到達。三塁側ベンチとアルプススタンドからは喝采が響いてきますが、
「十回表の先頭打者が、ツーベース……?」
膝に手をついて、黒土と白砂の合わせられた大地に顔を向けていたユウキは、
「冗談だよな、×××××の神様?」
嗤うような、すがるような声で、そんな誰にも届かない罵倒混じりの問いかけを洩らしていました。




