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Chapter-11 「俺の妹の予言が当たらないわけがない」


「握力に問題はないみたいだな」

 トオタとの握手を終えたユウキが言いました。マウンドには聖峰の内野陣が集まっていて、その中には、三塁側ベンチからやってきた、伝令役の少年の姿も見えます。

「つまり、ただの失投か?」

 遊撃手の少年が、いくぶん呆れを含んだ声音で言いました。その切れ長の視線の先にいるのはトオタで、彼は、その肩をすくめると、「〝アイキャンフライ!〟なお年頃のボールだったんだよ」と、冗談口調のもの言いで返しました。

「それを調教するのが投手の仕事じゃないのか?」

「俺は放任主義なんだよ。自主性を尊重するってやつだな」

「型にはまったこともない個性なんてまがいものだ」

「型にはまることもできない自我ってのも稀にあるみたいだけどな。――まあ、こいつの場合はナリがでかいだけで、型のほうがでかすぎて困るってレベルなんだが」

「とりあえず馬鹿にされてるって理解でいいのか? これは」

「いや、褒められてるぞ。〝規格外〟という意味で」

 三塁手の少年がトオタと遊撃手の少年に遊ばれていると、

「次の打者とは勝負ですか?」

 三人のやりとりを眺めていたユウキに、二塁手の少年から質問の声が飛んできました。

「おまえさんはどうするべきだと思う?」

 ユウキが問いを返すと、二塁手の少年は、一塁側の、ネクストバッターズサークルを一瞥しました。そこにはふたりの少年がいて、そのうちのひとりは、その周囲から、そして海の向こうのスカウトからも、〝天才〟と呼ばれている少年でした。

「試合結果を優先するなら歩かせるべきでしょうね。サヨナラのランナーを出すことにはなりますが、その次の五番打者なら、あの〝天才〟と勝負するよりはずっと楽なはずですから」

「じゃあ、試合結果以外のものを優先するなら?」

 重ねてユウキが訊ねると、二塁手の小柄な少年は、その肩を、大きくすくめてみせました。

「ここまで来られたのは先輩方のおかげですから」

「ものわかりのいい〝先輩〟で助かるよ」

「たまには〝後輩〟のわがままを聞くのも先達の役目ですからね」

「それは嫌味か? 後輩」

「先輩がそう思うんならそうなんじゃないですか?」

 少し苦い顔を見せたユウキは、そのこげ茶色の視線の先を、一塁手の少年に変えました。

「おまえさんはどう思うんだ?」

 訊ねられると、一塁手の少年は、一度その目を伏せてから、次のように答えました。

「自分も、先輩たちの判断に任せます。ベンチのみんなも、たぶんそう思ってるはずですし」

「そうなのか?」

 ユウキが次にその目と疑問を向けたのは、三塁側ベンチからやってきた伝令役の少年。彼は、ひとつ頷くと、「はい。――監督以外は」と、シンプルな答えを返しました。

「監督はなんて言ってるんだ?」

「〝逃げるのは恥ではない。それを笑うのは、命を賭して戦ったことのない者だけだ〟――そう言っていました」

「戦ったことあるんですかね? あの監督」

「あるんじゃないか? 逃げた先で待ちかまえてた現実と」

 二塁手の少年にそう応じたユウキは、最後に、そのこげ茶色の双眸を、自らと同じ学年の三人衆に戻しました。それから訊きました。

「おまえらの意見は?」

「好きにしろ」

 そう簡潔に述べたのは、遊撃手の少年でした。

「歩かせたければ歩かせて、勝負したければ勝負しろ。打たれたら笑ってやる」

「もし抑えたら?」

 ユウキが問うと、遊撃手の少年は、少し考えるような仕草を見せてから、三塁手の少年を指しました。

「こいつの奢りで焼き肉。場所は『七色水銀』」

「ちょっと待て、なんでおまえら納得顔で握手とかしてやがんだおい。奢らねえぞ? 俺は」

「そういうおまえはどうなんだ?」

 ユウキに問われると、目の前で締結された協定に不満な顔をしていた三塁手の少年は、遊撃手の少年をその視線で示してから、少し面倒くさそうな声で答えました。

「あー、こいつと同じでいいよ。おまえらの好きにしろ。奢らねえけどな」

「そうか。――という意見らしいが、どうする? エース」

 ユウキから、そしてマウンドに集まった少年たちから視線を向けられたトオタは、

「外堀埋めてから聞くなよ、このシスコン」

 特に不満にも思っていなさそうな声で、そんなことを言いました。


「まだ逃げ切りが決まったわけじゃあないんだぜ?」

 聖峰の内野陣がマウンドを離れると、マウンドに残ったふたりのうちのひとりが、自らの影を見下ろしたまま言いました。

 すると、マウンドに残ったもうひとりは、その顔に藍色のマスクを着けながら、「逃げ切れないと決まったわけでもないんだろう?」と、重みのない、落ち着きのある口調で、あっさりと告げました。

「安心しろ、この夏にうちが負けることはない」

「その心は?」

「俺の妹の予言が当たらないわけがない」

 マスクを着けたひとりがひどくまじめな調子で答えると、自らの影を見下ろしているひとりからは、呆れるような、笑いだすような声が聞こえてきました。

「そこまで行くといっそすがすがしいな、シスコンも」

「突き抜けていればたいていのものはそう見えるさ。――で、どっちを信じるんだ?」

「何が?」

「女子中学生と神様」

 自らの影を見下ろしていたひとりは、顔を上げて、肩をすくめました。

「答えるまでもないな。――おまえの妹ってところが難点だけど」

「そこはむしろセールスポイントだろう」

「おまえは俺に〝お義兄ちゃん〟とでも呼ばれたいのか?」

「死んでもごめんだな。もう一回呼んだら撲殺してやる」

「天使にでもなるつもりか? おまえは」

「新世界の神にならなってもいいな。幸い〝デスサイズ〟持ちなら知り合いにいる」

「黒いノートなんて持ってないんじゃないか? そいつ」

「別に必要ないだろう」

 マスクを着けたひとりはそう言い置いて、マウンドを離れていきました。

「うちの妹を喜ばせるだけなら、〝死神の鎌〟だけで充分だ」

「このシスコン野郎」

 遠ざかる背中にそんな言葉を投げたひとりは、ひとつ息をつくと、雲ひとつ見当たらない蒼穹を見上げました。それから気のない声で、

「それじゃあ、――まあ、ボーナストラックでも始めますか」

 けれどもまんざらでもなさそうな声で、そんなことをつぶやきました。


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