家族ということ
「あおばー、なんでそんな暗い顔してんのよー、もう」
おはよう、の一言を告げる前に、開口一番のセリフがそれだった。
「え、あ、そう?」
「青葉のクセにいっちょまえに悩み事なの?」
「く、くせにって…っ!」
ニヤニヤと笑いながら、メガネの奥で涼しげな黒眼でこちらを一瞥する親友の姿に、あぁまたかと気づかれないよう小さく溜息をつく。
成瀬 詩音。
文武両道、美人、女らしさをふまえた優美な曲線を描く体、どこをとっても非の打ち所の無い親友は、見た目や頭に全てをかけてしまったのか性格がすこぶる悪い。
すこぶる、と言ってもノリがよくクラスでも人気者。ただ、人をからかう事に天才的な能力(文武両道の時点でもう天才かもしれないけれど)を発揮するのである、この親友は。
「…なんでもないよ」
「そうには見えないんだけどなー、この私のぱっちりおめめにはー」
ほんとどうしたのよ、と下から覗き込むように見つめる詩音の瞳に、思わず目を逸らす。
あんな幸せな、けれどあんなバカげた夢を見ただなんて例え親友であっても言えない気がした。
「………ま、言いたくなったら言いなさいアホ葉」
「ぐ…っ」
ぺちん、と軽く頭を叩かれて、痛みとは違う涙が視界を揺らす。
アホ葉は心外だけど。
「ただいまー」
「おかえり青葉」
お世辞にも広いとは言えない小さな玄関に、焦げ茶色のローファーを半ば置くようにして脱ぎ捨てた。
キッチンからは何かを焼くいい匂い。
廊下を歩き、突き当たりを右に曲がってリビングへと入ると、「おかえり」ともう一度優しく笑う弟。
「ただいま、アオ」
アオ____葵は、今中2の弟。
中2しては少し高めの身長、サッカー部だからか浅黒く焼けた肌。…まったく、どこでそんなイケメンになったのかしら。
「今日は部活無かったの?」
「まさか!あったよ。今日は終わるのが早かっただけ」
バッグをソファーに放り投げ、靴下も脱ぎ捨ててソファーに身を投げ出す。
「…めずらしいね、青葉が部屋に直行しないとか」
「うるさーい。…ていうか、なんで名前呼びなのよもー。年下のクセして」
「最近はこんなもんだよ。 あ、お、ば」
「うっわクソだこいつー」
バタバタと足を遊ばせて、踵の部分をソファーに叩きつける。
「うるさいな青葉…晩御飯もう少しで出来上がるからさっさと手を洗って来て」
「はーい」
まったく…どっちが上なんだか、なんていうアオの言葉は無視しておいた。
今更だけど、アオの料理は世界一と言っていいほど美味しい。
…まあ実際世界一なんてレベルだったら怖いわけだけど。
母子家庭な私の家は、大抵のことをアオと二人でやらなきゃいけない。
「今日なにー?」
「んー、今日は…、」
早速手洗いを終えて、アオのいるリビングへ向かうと、アオは優しく微笑んだ。