鏡
「____い、________ぉい、」
「_____________?」
「______い、おい、______おい青葉!」
「…へ⁉」
「なにがへ⁉だよ、起きろ青葉」
どこかで見たような顔が、がくがくと寝起きの私の頭を揺らして、目の前で怒鳴った。
「え……あの、」
「いいからさっさと準備しろよ青葉!今日海行くって言っただろ。なに忘れてんだよ」
そう言って目の前の男の子は、知ったようにベッドの近くのタンスを開けて、ぽいぽいと捨てるように服や下着を床にばら撒いた。
男の子、といえば分かるように、仁王立ちしている彼は小さい。
身長は100センチに届くかどうか、声もまだ高く、子供らしいキンキンと響くような声。
染色なんて知らないさらさらした黒髪は、陽光に照らされてエンジェルリングを形作っている。
きっと釣り上がった真っ黒な目、ふくよかなほっぺ、プルプルした薄桃色の唇。
…いや、だれですか。
そもそもここはどこなんだろう。自分の部屋でもない、3個下の妹のでもないし、第一従兄弟だってこんな小さくない。
私がぼけっとしていると、また男の子は一層大きな声で口を開く。
「だから早くしろって‼この千秋様を待たせるつもりかよ‼‼‼」
…女の子顔負けの唇からは、つい私でもイラッと来るほどの罵倒。
…いや違う!ちょっと待って今なんて言った⁉
『千秋様』………?
青葉、私の名前。
千秋、彼の名前…?
でも私に千秋なんて知り合いは居ないし、こんな子見たこともない。
お母さんに何事か聞こうとして、そしていつもより小さい目線に驚いた。
そっと手を持ち上げてみれば、もみじみたいにぷくぷくしたちっちゃな手の平。
「へ……?」
「今日のおまえなんか変!青葉のくせにトロいんだよばか」
床に散らかった(正しくは散らかした)服を無造作にひっつかみ、男の子…もとい千秋君はん、とこちらに差し出した。
「今日は保育園休みだから海!おまえも楽しみにしてただろ!」
さっきよりは少し優しくなった口調に、それでも少し安心しながらサイズがどう見ても小さいワンピースを受け取る。
そこで、クローゼットに着いていた鏡で、私の姿を見てしまった。
そこには高校生の私じゃなくて、明らかにちっちゃな自分……そう、例えるなら幼稚園の頃の私がそこにいた。