日暮講和会議
やはりこの様な暴挙は受け入れる事ができない!と言わんばかりに苦い顔をしている人物は元老院の長らしく、その地位に似合う風格と歳を持っている。分かっているさ。私もこんな侵略的条約を批准させたくない。私が破り捨てたい位だが、そうはいかない。内地は此方の資源に涎を垂らしている。蘭印が独立して四十余年が経った現在、日本は米国の反属国。その状態から脱出したいというのは日本の全憂国士の願いだ。
「既に東征軍の司令官から、この条約については詳細にお伝えしている筈です」
そう言って座っている椅子をずらし、後ろの眺望の良い大窓が見えるように仕向ける。そこには東征軍の戦車とヘリが並んでおり、今にも動き出しそうな雰囲気を醸していた。下関条約の際と同じ手法だが、今日は陸で威圧している。
御老人方は霧島君の訳に更に皺を増やした。まるで清の全権大使の様だな。と鈴木大将が冗談を口にすると、元老の一人が、馬鹿したのか。と彼を睨んだ。
「言葉が分からずとも、態度は分かりますよ鈴木さん」
言葉に詰まる鈴木を栗村が窘めると鈴木は、これは失敬。と手を顔先に運んだ。その手は大きく、小奇麗に爪が切り揃えてある処が如何にも軍人という風だ。
突然、先ほど鈴木を睨んだ元老の一人が発言をした。口調から察するに我々への問いかけだろう。答えは霧島君が
「皇帝陛下の祚位は守られるのか。と聞いています」
と教えてくれた。
「勿論です。今現在、下流貴族を除く全ての地位及び役職を保証するつもりです」
我々の回答に質問者は安堵した様だが、その左に座っている一人がまた発言した。今度も質問の様だ
「下流貴族は除く、とはどういう意味だ。それと条約の過剰なまでの教育省への踏み込みも気になる、と」
来た。これが今回の論点なのだ。本国での協議でもいの一番に問題に挙がった物だ。「選民思想」やはりこれも中世欧州と似ている。人以外の人類、我々は亜人と呼んでいるが是の扱いに目に余るものがある(欧州では異民族だったが)。それの一掃も政府の暮国保護国下の主たる目的なのだ。軍部は違うようだが。
「この国の選民思想には目に余る物があります。我々としてはこの国の文化破壊的行動は可能な限り抑えたい。しかし、これだけは完全撤廃させて頂くのです。統治民族が政治的上位というのは当然でありますが、その他全統治地域の平民及び民族は平等であるべきなのです。二度目ですが、由緒ある中流以上の貴族はそのままの地位を保証致します」
文毎に霧島君の通訳入り、それに顔を赤くしていく元老が何人かいる。構わず続けるが、いつ話を中断されるかは分からない。
「まず、通貴の中でも特に下流貴族に当る爵位を一掃します。軽い調査の結果、一番差別の激しい層がここなのです。そして彼らを『旧族』に位置づけ、旧族、平民、亜人の三民を法の下に平等とするのです。彼らの生業を剥奪したりはしませんが、教育は平民教育と同じ物にしますので」
ここまで言い切った処で遮られた。元老の一人、一番若いだろうか。が顔を真っ赤にして机を叩き立ち上がったのだ。馬鹿も休み休み言え!我が国の国体を破壊する気か!と言わんばかりに怒鳴っている。霧島君も、訳さずとも分かるでしょう?という顔をしている。若君はまだ怒鳴っている。
「現在!」
私が大声でそう発すると、怒鳴り散らしている若い元老も我に返って罵詈雑言を止めた。
「何方の地位が高いか、お分かりですかな?」
元老院議長に鎮静を促されてやっと席に座った某君は、霧島君の代弁に顔を青くした。そう。私は民族自決を尊重するとはいえ、今現在強権で元老を解散することのできる数少ない人物の一人なのだ。これを断行できるのはここの皇帝と元老議長、日本の国帝陛下と本土の首相と私しかいない。
「我々としてもできる限り威圧は避けたいのです。寛容な措置をお願いする」
すっかり萎縮してしまった若君を、横に座っている議長が話しかけていた。慰めているようにも見えるし、これ以上こちらを刺激するな。と忠告しているようにも見える。議長はこちらに向き直すと、霧島君ではなく私に直接向かって何かを言ってきた。右手に批准書を持ち左手でジェスチャーをしながら喋っているので何と言っているのかは理解できる。
「分かった。条約の批准を約束しよう。しかし今言った事の保障はしてもらう」
私はこの時、軍事行使をせずに済む事に心より安堵したのだった。




