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水晶界叢書  作者: VIPPER
隆盛の帝国
4/6

大日本帝国特命全権大使(外務大臣) 岡崎文博

 応接間は長椅子にテーブル、そこから見ることのできるよう配置された巨大な絵画。他にあるものといえば絨毯に扉、シャンデリアぐらいであり、とても簡素な部屋だ。しかしその全てに置いて最高の品質が保たれており、少しも嫌らしい雰囲気のない上品な造りになっている。

 私は内務省で国土局長をしていたことがあるので分かるが、城は内外ともに中世欧州の建築様式に瓜二つであった。金髪碧眼の貴女に応接間へと案内されたのだが、やはりここもそうである。

「元老達の出頭が遅れるそうです」

 そう教えてくれたのは霧島という邦人君だ。なんでも彼は占領司令部の中で一番にここの言語に詳しく、私の外交通訳を始終任されているそうである。

「霧島君、そこの貴女に茶を頼んでくれないか」

「閣下、この国に茶の風習はございません」

「では何か水物はあるかね」

 貴女はテーブルの上の鈴を鳴らし女中を呼び出した。入ってきた女中はエプロンドレスを着用しており、まさに「メイド」という表現が当てはまる。我々を恐れているのか、ずっと俯いたままだ。貴女が彼女に向かって何かを命令すると、メイドは彼女の前でのみ頭をあげて応答した。薄茶色の髪を持つ童顔の美女だった。

「どうやら、果実酒ならあるようです」

「外交前に酒は飲めんね」

 霧島君がそう伝えるとメイドは、違う。という顔をした。俯いていても表情は分かる。顔を覚えられたくないのだろうか。

「失礼致しました閣下。どうやらここでは酒精の有無関わらず酒と表現するそうで、酒精無しもあります」

「では酒精無しをお願いしたい。君も必要なら頼みなさい」

「いえ、私は結構でありますので、アリシャさんと外交団諸氏を含め6名ですね」

 霧島君の身振り付文句を聞いたメイドは、畏まりましたとお辞儀をした。スカートをつまみ、床に触れないように綺麗なお辞儀だ。教養を感じられる。

 メイドはくるりと身を翻すと、そのまま扉へ向かって扉の前でまたお辞儀をし出ていった。

「しかし、『アリシャさん』とは。欧州人のような名前ですな」

 陸軍代表の鈴木祐三が声をかけた。ああ、私も同じような事を考えておりました。と大本営代表栗村一郎が話に載ってきた。この際なので私も聞いてみることにしよう。

「霧島君、ここの文化は随分と欧州に近いようだね」

「ええ、とても似ております。文化、風習に至るまで欧州文明中世期に近いのですので、その起源に当る文明が非常に興味深いのです。つまり欧州文明で言う処のギリシャやローマに当る文明や国家の事ですね」

 栗村が、そういえば私は学徒時代に文明学を研究したなあ。と呟いた。霧島君は目を輝かせている。

「左様でありますか。いや、私はつくづく此処での人文学的研究を行いたかったのであります。外交団の諸氏には、研究団の派遣をお願い致そうと思って居りました」

 鈴木が、私達は応援するが、まずは我が国の利権と政治主導権確保が優先でな。と笑った。霧島君の研究熱意には脱帽を禁じ得ない。

 そういえば、アリシャさんを忘れていた。先程に名前が出てから自分の事を話していると思っているようで、ずっとこっちを伺っている。固有名詞というのはどこの国の言語でも理解できるのだな。

「霧島君、熱弁を振るうのは構わんが、アリシャさんを仲間外れにするのはけしからんな」

「あ、これはこれは」と霧島君はアリシャさんの方を向き、向こうの言葉で謝意を伝えた。アリシャさんは胸の前で手を振る。「いえいえ御気にせず」という意味なのだろうな。

「そういえばアリシャさんは、『ALICYA』と英語に直すことも文法的に可能の様です」

「そんなことも分かるのかね」

「これにつきましては私の学問領域ですので」

 栗村の、そういえばそうだったな。という冗談に霧島君が、覚えて頂いて光栄です。と拍車をかけ、外交団全員に笑いが飛んだ。また名前の出てきたアリシャさんは気が気でないようである。

「こらこら、またアリシャさんが気になされているぞ」

 あ、いけない。と言って霧島君はアリシャさんに再度弁明しようとしたが、それは打ち切られた。先程のメイドが手押し車で水物を運んできて、何かを口走ると次に水飲みを各人に配り始めた。霧島君以外の全員の前に於かれると、お辞儀をして帰って行ったが、やはり始終俯いていた。始終顔に余裕がない。

 空軍代表の原田信峰が腕時計を叩いて

「しかし向こうの連中は遅いな、自国が占領されたというのに」

とぼやいた。栗村が原田を向いて

「日和見主義者の集まりなのでしょうなあ、何せこんな土人国家だ。日本発展の踏み台になっていただかないと」

 何という事だろうか、近代国家の代表団ともあろうものが、主権平等の概念も踏みにじって自国の優位性のみを説こうとは。

「失礼だが、女性の前でその方の国を冒涜するとは何事ですか」

 二人とも驚いたような顔をしてこちらを見た。

「我々は近代国家代表なのです。主権平等の意も介さず自国のための他国を犠牲にしようとは、それで帝に顔を立てるですか。彼の地で価値観の押しつけだけはするな。と仰せられていたではありませんか」

こ、これは失礼を。と二人は謝ったが、構わずつづける。

「いいですか。我々の最終目標は『文化的配慮に基づいた近代化』なのです。陛下もそれをお望みなのです。それを欧米のように自国権益のみを考えて占領をするなど、恥を知りなさい」

 共にとても辛気な顔をして引き下がった。少々言い過ぎたかも知れないが、これでいいのだ。御優諚に背くなどあって良いことではない。政治的文化人としても、自国至上主義と文化破壊は許せない。

「お話の最中に失礼ですが」

 霧島君が口を挟んだ。いつの間にか先ほどのメイドが来ている。アリシャさんはこちらを向いているが、何が起こったのか分からないようだ。

「なんだね」

 少し高圧的な声に聞こえたかも知れない。しかし霧島君はあまり気にしていない素振りだった。

「元老院の方々が到着したそうです。外交会議が始められます」

そうだった。忘れていたが、我々がここへ来た目的は日暮条約の締結なのだ。

「そうか、分かった我々も向かおう。しかし見苦しい処を見せてしまった、済まない」

「いえ、双方のお気持ち察するに余りありますし、そもそも私の出しゃばって良い事ではございませんので」

現時点で最高の返し言葉をくれた霧島君に心内で感謝した。彼が二人を慰めてくれなければ、私は動きにくかったのだ。

「もうこの話は終わりです。早く行きましょう」

二人だけでなく全員に向かって言ったつもりだ。辛気な顔をやめて、仕事に専念してもらわないと困る。幸い二人ともに一言ずつ謝辞を述べると、話す前の顔に戻ってくれた。後に引かない人は助かる。

「霧島君。案内と頼むと伝えてくれ」

「了解致しました」

霧島君がその旨をアリシャさんに伝えた。彼女は数回首肯すると、霧島君に一言二言応答した。

「ついてきて下さい。だそうです」

アリシャさんが立ち上がると、外交団の面々もそれぞれ立ち始める。すでに扉に向かっている彼女がこちらを向くと、麗しい金髪がなびいた。メイドは既に扉を開けて待機している。私が先頭に立ってアリシャさんについていこうとすると、霧島君が手を挙げて私を止めた。

「真に僭越ながら、一言進言をお許しください」

「聞こうか」

「閣下の先程の言説は私も正論と信じております」

「そうか、有難う」

「しかし私が見てきた限り、東征軍内がそうとは限りません」

各軍代表がムッと顔を挙げたので、私は彼らに抑制を促した。昨今、私に向かって忠告を言える人材はむしろ貴重だ。

「そうか、実のある忠告をありがとう。国に帰ってもその事は常に注意しておく」

「いえ、誠に出過ぎた事を言いました」

彼はそう言って下がった。しかし、私も知らなかった訳ではない。

「―」

アリシャさんが何か声をかけてきた。どうやら催促しているようだ。さて急ごうか。と声をかけて、私は扉へ向かうことにした。

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