東征軍進駐司令参謀本部民事課長 安藤仁博中佐
「制約が多すぎて学問という学問ができんぞ。どうなっとるんだこの司令部は」
上座で愚痴を垂れているのは帝国大学教授の霧島という男で、私が国民中学校の頃からの顔なじみだ。専門は言語学、水晶界との意志疎通を謀るために此処へと徴収されたのだ。他人の論文よりも現地調査ばかりを好んでいるらしく、その調査技術が上の目に留まった様である。まあそれを上に紹介したのは私だが。
「村集落には好感が持てる、中世以前の欧州を目の当たりにしているようで、維新以前の我が国のようでもある。しかしこの首都までこの土人様とはどうなんだ。まるで近代ではない」
「仕方がないだろう。産業革命なぞ起きていない世界なんだ。しかも龍と呪術が存在すると来る。そもそも科学も産業革命無くとも何不自由なく暮らしていけるのだろうな」
「そんな不安定な物に頼るから進歩できんのだ」
私に言われても返事に窮するのだが、今の彼の心中ではまともに研究ができない鬱憤が溜まっている。適当に話を変えるしかない様だ。
「そんな事は後で話せ。私は今から内地から来るお偉方を迎えねばならん」
「そうか、まあなんだ。俺以外に研究欲求は溜まってる出先学者は山のようにいる。本山大将にはその旨を伝えておいてくれ」
「会議に出るんだろう?自身が伝えろ」
そういやそうだったな。と笑った彼は上座を立ち、じゃ、准将殿。と軽い会釈の後に扉から出ていった。
我が軍はヴォロニク帝国の条件降伏を受け入れた後、首都の混乱を防ぐために司令部と憲兵隊及び歩兵連隊のみの構成でヴァーニルに入った、と言っても1000人は居るが。そこで司令部は占領……いや言葉が悪い、進駐政策を実施するための司令部を要求した。その結果、このヴォロニク帝国城敷地内の元暮国軍最高司令部を明け渡してくれたのだ。1000人を収容できる施設がここしか無かったとはいえ、皇帝の御膝元に訳も分からず攻めてきた敵軍を入れるというのは抵抗があったことだろう。もしアメリカのジープが皇居へと走っていくのを、自分がただ見つめることしかできないのならば、それは自刃に値する屈辱だ。
そんな事を頭に巡らせていると、不意に電話が鳴った。受話器は机の上の本棚横に置いてある。
「安藤だ」
憲兵隊本部から。どうやら日本の外交団が到着したらしく、警備以外の全ての兵及び将校は城門前に集合せよ。との事だ。今からヴォロニク帝国と日本との和平及び通商修好条約の締約に向けた会議が開かれる。岡崎全権大使は内地で「土人国家を近代化して見せる」と息巻いていたらしい。会議は我が国の独裁同然だろうが、文化に理解ある大日本帝国様が他国の文化を破壊するような行為には走らないだろう、そう願いたい。
「分かった、すぐ行く」
私はそういうと受話器を置いて外套を手に取って羽織った。遠く城門の方から集合ラッパが聞こえてくる。君が代が聞こえ出したらそれは到着の合図だ。急ぐことにしよう。




