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チュンチュンチュン。清々しく、心地良い朝を告げる小鳥の鳴き声。
——ん、朝か……。
欠伸をしながら木原谷伸也が心に浮かべた言葉。しかしそれは次の瞬間、叫び声として口に出された。
「朝?!」
ガバッと跳ね起きる。——洗面台。洗面台があった。伸也は、自分が洗面台の前の床に転がっていたということに気付く。布団の上ではなく。
「……あ」
発せられたかすれた声と共に記憶の断片と断片とが繋がってくる。
「……あ」
同じ音を二回発したように思えるが、込められた思いは全く別物だった。
後者の声に込められていたのは、全てが解り、自分に呆れる声。そして、何故気絶するまでに至ってしまったのか、という疑問。伸也は狭い室内を横切る。ポテトチップスの袋を見てみようと思った。何かが解決するかもしれない。
そんなことを考え、冷蔵庫の把手に手をかけたその時、——伸也は現実を思い知る事になった。考えていた事の全てが吹っ飛ぶ。
腕時計。彼の腕時計が指していた時刻は、七時五十分。
——遅 刻。遅、刻。遅。刻。刻、遅。時刻に、遅れる。しかも、入学式の。
二つの漢字がバラバラになって頭の中を泳ぎ回る。
入学式開始は、八時。
木原谷伸也は、とにかく頑張った。
***
「大変……急がなきゃ……」
時刻は七時五十分。右手に握った青い携帯電話のようなものを見つめるが、すぐに首を振る。
「学校の座標なんか知らないし……」
少女は、じれったそうにそれをテーブルの上に置く。
――急ぐしかない。
そう決心したブロンド髪の少女、カレン・スコールズは寝間着の上を脱いだ。続いて、下も。目の前の鏡に、下着姿になった少女の姿が映し出される。カレンは、全てを忘れ、その鏡をじっと見つめる。
――ああ、私って、胸ないなあ。イギリス人なのに。
コンプレックスが再発する。その体勢のまま、カレンはブルーな気持ちになった。
「……あ、やば」
数秒してからこんなことをしている場合ではないということを思い出し、急いで制服のブラウスを着る。
——ああ、もうボタン! 一個付け間違えた!
イライラしながら大雑把にボタンを止める。どうせスカートで隠れるから、と下二つのボタンは止めない。
雑にブラウスを着た後は雑にスカートに足を通す。そしてリボンをブラウスの襟の部分に結び、ブレザーを羽織る。
制服に着替え、髪を手櫛で整えたカレンは朝食の代わりの野菜ジュースを冷蔵庫から取り出し、コップに注ぐ。
「プハーッ!」
野菜ジュースを一気に飲み干し、今日から女子高生になる身とは思えない豪快な声を上げた。
「いってきまーす!」
誰もいない室内に向かってそう声を張り、慌ただしくドアを開けた。
ドアを開けたその途端、彼女は異変に気付いた。
「カレン・スコールズだな?」