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BLACK×MUTANT  作者: 菅島晃
第二章 初日の辛い遅刻
7/14

「わーってる。大丈夫だって」

『ホントに? お兄ちゃん、あれでしょ。一人暮らしだからって騒いでるでしょ? はしゃいでるでしょ?』

「いや、ないない。もう来てから二週間経ってんだぞ? 明日から学校始まるし。ところでそっちはどう?」

『……こっち? 群馬?』

「うん」

『なんにも変わんないよー。私も東京行って時代の変動を間近で感じたい~』

「……別にそんなんねーよ。なんにもねーよ。思ってるようなことは」

『ウッソ!? ウソだあ~』

「ホントだって」

『……じゃあ、池袋とか、渋谷とかは?』

「行ったけど、そういうとこって、俺らみたいな田舎者とか外人ばっかだ、って考えるとさ。なんかね」

『お兄ちゃん……。言ってることが相変わらず理屈っぽい……。まあいいや。元気?』

「急になんだよ。……元気だよ。学校で剣道も再開するつもりだし」

『ならいいけどさー。私だって心配なんだよ?』

「……妹に心配されるとはな」

『何? 何か言った?』

「言ってないですすいません」

『……』

「……」

『……まあいいけど……。あのさ、黒いバンのこと知ってる?』

「は?」

『あの犯罪グループ殺しの』

「はい?」

『だーかーらー。ニュース見なよニュースを。ちょうど今やってるよ黒いバン特集』

「じゃあニュース見るから切るわ」

『なんでそうなる。まあいいよ。こっちも忙しいし。じゃーねー』

「またな」

 ツーツーツー。電話から聞こえてくる音を聞きながら木原谷伸也は思う。

 ――お節介な妹だ。


「物騒な世の中だな」

 妹からの情報によりテレビを点けた彼はふと独り言を漏らす。ニュースキャスターは、感情の無い声で、こう話していた。

『先日、東京都中央区銀座の宝石商へ強盗が入りましたが、犯人グループと思われる集団は、八王子市廃工場跡で全員死体の状態で発見されました。警視庁は、目撃情報などからネットなどで話題になっている“謎の黒いバン”の仕業であるという可能性が濃厚として、捜査を進めています。また今回の事件に酷似した事件が、ここ三年間で日本各地で百件近く起こっています。そのうち、原因となる事件の規模が大きければ大きい程、犯人の死亡率が高まっています。今回の事件はそのうちの最上級と言えるでしょう』

 ――悪い奴ら殺してるんなら、関係ないな。通り魔とかじゃないし。

 ――ならなんで俺のことを心配してたんだろう。妹は。

 ――まあ、いいや。興味ない。

 テキパキと順を追って興味を無くした伸也は、気まぐれにテレビのチャンネルを変える。

「あ、ここでも黒バンだ」

 変えたチャンネルでは、先程のニュース番組よりはいくらか、というか大分ユルい内容のようだ。民放だけあって、言いたい事が自由に言えるらしい。

『……黒いバンの人達は、ミュータントなんですよ』

『ミュータント?』

『ええ。目撃状況や、一命を取り留めた被害者、いえ、まあ原因となる事件の犯人グループですね。その人達の証言からもそうなのではないかと考えられるんですよ』

『はあ……。では、どのような』

『それはですね……』


 ――くだらない。

 半ば不機嫌になりながら伸也はテレビの電源を切った。

 ――意味が分からない。ミュータントってなんですか? 突然変異者?

 ――まあ、いいや。忘れよう。

 自分でも感心するほどの切り替えの早さで忘れ、部屋の中を見渡す。

 六畳のワンルームに洗面所。テレビに、小型テーブルに、小型の冷蔵庫に、ノートパソコン。物の山。

 このアパートには、二週間前に伸也だけが実家から越してきた。そこそこ頭のよかった伸也は、親の方針で地元の高校ではなく、東京の高偏差値の早鷹高校を受けることになった。見事合格した伸也は、安いアパートを親名義で借りて、一人暮らしを始めることになったのだ。


「そうだ。ポテチを食おう」

 少し考えてから、バックに和風な音楽が流れそうな口調での着想を言葉にする。有言実行。伸也は、お菓子の籠に手を伸ばした。


「……辛っ。でもうまい。……いや、辛い辛い辛い辛い辛っ!」

 三十秒後には、そう悶えていた。

 “ギネス記録!! 世界一辛いポテトチップス”。それは、伸也が池袋に行った際、興味本位で買ったものだ。両親から送られてくるお金はあまり多くないので余裕は無いはずなのだが、好奇心でつい手が出てしまったのだ。

 ——辛い。辛い。辛い。辛い。でも旨い。

 涙目になりながら、口にどんどんポテトチップスを放り込む。


「ふー、辛かった」

 三分後、袋の半分を食べ終わった伸也は、残りを冷蔵庫に入れて立ち上がる。舌が完全に麻痺しているのを感じながら。

 一日で体に溜まった汚れを落とすために銭湯に行かなければならない。

「え、っと……タオルタオル」

 タオルを探しながら、物の山をごそごそと漁る。

 教科書。ノート、筆箱。それに……歯ブラシ。

 歯ブラシが見つかったので、伸也は歯を磨くことにする。

 どっこらしょ、と声を漏らしながら立ち上がる。足がじんじんと痛む。

 ――そういえば、ずっとここに座ったままだったな。うん? もしかして十時間近く……。

 エコノミークラス症候群などという言葉が頭の中に突如現れる。

 ――ああ、こわ。

 判然としない恐怖に慄く伸也には、今この状況で歯磨きをすることがどのような結果をもたらすのか考えることができなかった。


 洗面所のコップに水を入れ、それを口の中に入れる。その途端、麻痺していた舌に辛さが蘇る。風通しが良くなったことが原因で。

 ――うお、かれーな。

 そう思ったものの、伸也は歯ブラシを口に入れた。ブラシの上には、“超爽快クリアミント”の歯磨き粉が乗って――――

「うわっ!?」

 あまりの刺激に、伸也は短い悲鳴を上げてから――

 その場に倒れた。


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