四、
千葉県浦安市大手コンビニチェーン
「お客様! 困ります!」
「わーってる。わかってるってー」
「わかっておりません!! 外で、お食べください!!」
ボリバリボリボリボリ。豪快なその音に店員と思わしき女性の表情に諦めの色が浮かぶ。そんな女性店員などお構いなしに豪快な音を立てているのは太った男である。
痩せればなかなかのルックスなのではないかと思わせる顔。そしてTシャツにアロハシャツ、ワックスで固めた髪型。“おしゃれデブ”といったような感じだ、と女性店員は思っていた。
――しかし、と女性店員はこめかみを押さえた。
バリバリと頬張るポテトチップスと、周りに舞い散る食べかすが、そのイメージを完全に払拭している。
――っていうか、非常識過ぎんだろ。ポテチの棚に近づいたと思ったらいきなり食いだすとか。
「うん。堅あげシリーズは、美味い」などと言いながら二袋目に手を伸ばそうとしている男を見ながら思う。
――店に入ってきた時は、少しタイプかも、とか思ったのにな。
アルバイトの女性店員は溜息をついた。その様子を見た太った男は食べる手を止め、一言。
「あああああ!! 溜息はよくねーよ。幸せ逃げるよー」
――どの口がそんなことを。
そう心の中でだけ突っ込み、店長を呼びに行こうと思ったその刹那、無機質な音が三回鳴った。ピリピリピリ。振り向くと、男のポケットからその音は鳴っている事に気付いた。男はピタリと動きを止めた。そして音の発信源をポケットから取り出す。青い機体に、臍、いや腹の絵が描いてある携帯電話のような物を。
「あ、ゴメンおねーさん、トイレ貸してくんない?」
「はい?」
突然の言葉に、“おねーさん”と呼ばれた三十路の女性店員は面食らう。
――貸してもいいものだろうか、こんな奴に。
そう思いながら、チラリとトイレの方を見る。その細かい動作を、男は見逃さなかった。
「あー。あれか〜。じゃあ行くわ」
「あ、ちょっと……」
「あ、そういえば」
追いかけようとする女性店員に、何かを思い出したように男が向き直った。そして自らの尻ポケットをごそごそと探り始めた。
「あ、はい。これ。ポテチ代。それと迷惑かけたからこれ」
取り出したのは、しわくちゃになった、“諭吉”。二枚。そして女性店員の制服のポケットに滑り入れられたのが、五枚。
「……え? あの、その……」
全く意味が分からずにおどおどしていると、男はにっこりと笑った。
「いや、お釣りとかはいらないからー。じゃ」
そう言って、ドタドタと騒がしくトイレに入ってゆく。女性店員は、七枚の札を見ながら呆然と立ち尽くしていた。
そのため、気付かなかった。二十秒程後、ドタドタとした音が、完全に消えたという事に。
太った男――連輪座大河が、このコンビニから消えた、ということに。