三、
埼玉県さいたま市浦和区某中学校、放課後
夕陽が差し込む教室には、二人の女子生徒がいた。不安げな表情で窓際に立ち、夕焼けを見つめるブロンド髪の外人らしき生徒と、ダルそうに携帯電話をいじっている生徒。
「ねーえー、カレンー」
いかにもチャラついている女の声が、ブロンド髪の女子生徒の名前を呼ぶ。カレンと呼ばれた女子生徒はビクッ、と肩を震わせる。「……な、何?」
そんなカレンの様子はお構いなしにチャラ女は爪をいじっている。爪に息を吹きかけながら、チャラ女は口を開く。
「……あんた東京の高校行くんでしょ? 悲しくなるわー」
「それは……うん。ありがと」
カレンは消え入りそうな声で俯く。そんな様子を一瞥したチャラ女は何気なくドアの方を見る。その動作をカレンは見逃さず、悲しそうな目をしてより深く俯いた。
「あのさ……」
カレンの突然の声。うん? とチャラ女は顔を戻し、少し驚いたような顔をした。
「……」
カレンは何も言わず段々と悲しそうな顔になってゆく。
「なあに?」
少しだけ苛立ったようにチャラ女は言葉を催促する。
カレンは先刻とは違い、全く動じずに――そしてどこか悲しそうに口を開いた。
「なんで、ドアの外に六人も男子が隠れてるの?」
思いがけない言葉に、チャラ女はギクリ、と縮こまった。チャラ女の様子に、目の中の悲しみの色を一層濃くしながらカレンは続ける。
「え……と、小黒君と北君と赤井君と……笹木君と箕輪君。それに……金田君?」
チャラ女は、驚きを隠せなかった。その顔には、恐怖の色さえ浮かんでいた。「な……なんで?」
フーッ。
カレンの口からは、溜息が漏れていた。
「友達になれなかった……んだ……」
カレンは、本当に残念そうにその言葉を吐いた。
二秒間の沈黙。
沈黙を破ったのは、外にいる六人に指示を出すチャラ女の甲高い声と、――――
――――カレンの制服のスカートのポケットから鳴ったピリピリピリ、という無機質な音。
それらの音は、同時に起こった。
「私、もう行かなくちゃ」
カレンは後者の音に対して誰にも聞こえないような声で呟き、音の発信源を取り出した。青い機体に、耳の絵。その中心部にあるボタンに指をかけながら、カレンは窓から――四階のこの窓から、自分の身体を投げ出した。
「何やってんのよアンタッッ!?」
チャラ女がそれに気づき、慌てて窓の下を覗き込む。
「……あれ?」
一瞬経って、チャラ女は素っ頓狂な声をあげた。少し遅れて、六人の男子も下を覗き込み、それぞれ声を上げる。彼らの眼下には、ただだだっ広い校庭が広がっいるだけだった。
「畜生! このチャンスを逃せばもうアイツには会えないのに!!」
チャラ女はヒステリック気味に叫んだ。彼女はただ、カレンに報復することが不可能になったことに歯ぎしりした。あまりにも強い憎しみに、常人の反応が出来なかった。
しかし、チャラ女に訳も解らず集められた男子達は、常人だった。彼らは、言葉を失い、その場に佇んでいた。目を大きく見開き、息もしていないようにも見える。それこそが常人の反応である。なぜなら——
彼女――カレン・スコールズの姿はもうどこにもなかったのだから。