同窓会 & エピローグ
同窓会の会場で、きみを見つけた。
今日はかすかに光るグレーのワンピース。
アクセサリーはいつものとおりネックレスだけ。
それを見て僕は、ため息をつく。
会場はホテルの宴会場で、参加者は・・・大勢。
元クラスメイトも、部活仲間もたくさん来ていて、僕は久しぶりのあいさつや思い出話できみと話すチャンスがない。
会も半ばを過ぎたころ、ようやくひと段落ついて、ビュッフェテーブルの近くで話しているきみを見つけた。
きみの相手は・・・男3人?
やっぱりね!
僕が心配したとおりじゃないか!
手にはグラス。 何杯目?
近付いて行くと、きみの相手の一人が僕に気付く。
「よう、斉藤。 久しぶりだな。」
「久しぶり。」
軽く右手をあげて3人に応える。
「鳴川橋さんだよ。 すげえ綺麗になったと思わない?」
同意を求めて言われた言葉に、僕は笑ってうなずく。
きみは恥ずかしそうに僕を見る。
そんなきみについ微笑んでしまう。
「百合。」
僕が呼びかけると、今まで楽しげにしゃべっていた男たちがふっと黙った。
きみは次に何を言われるのかわかって、わざとらしく僕から視線をそらす。
「約束したものは?」
「持って来てはいるけど・・・。」
「じゃあ、早く出して。」
「あの・・・本当に必要?」
この状態を見てわからない?
必要に決まってるよ!
「斉藤・・・?」
不思議そうな顔をして僕たちを見ている男たちには、ちらりと視線を投げるだけにする。
きみは小さなバッグから、小さな布製の袋を取り出した。 それを受け取って、手の上で逆さにすると ―― 。
ストン。
指輪がひとつ。
透明な石が照明にきらきらと輝く。
「約束したよね? 同窓会ではちゃんと嵌めておくって。」
「うん。 でも・・・。」
恥ずかしがる彼女の手を取って、左手の薬指にその指輪をそっと通す。
それから男たちに向き直って。
「百合が恥ずかしがって言えなくてごめん。 僕の婚約者、鳴川橋百合さん。 3か月後に結婚するんだ。」
驚いた顔の男3人。
ああ!
これがやりたかったんだよ!
部活で優勝したときより、こっちの方が何倍も誇らしい気分だ!
「どうだった、ヨーロッパ旅行は?」
帰りの電車の中で尋ねると、きみは楽しそうに笑った。
「父も母も大はしゃぎで、わたしよりずっと楽しんだと思う。 でも、きのう帰ったら一気に疲れが出たみたい。 片付けとか洗濯とか忙しくて、連絡ができなくてごめんなさい。」
「いいよ。 独身最後の親孝行だもんね。」
2週間の、親子水入らずのヨーロッパ旅行。
一人娘のきみから、御両親への感謝のプレゼント。
その間はときどきメールが来るだけで、僕は淋しかった。
2か月前にきみとじっくり話してから、僕たちの関係は深まって、今、二人の間には何のわだかまりもない。
あの日、きみが決心して電話をくれなかったら、今日の二人はなかったかも?
いや、やっぱり僕たちは一緒にいるだろうな。 幸せにほんの少しだけ不安がつきまとっているだろうけど。
2か月前 ―― 。
『少し話してもいい?』
きみからの突然の電話。
日曜の夜8時。
何か決心したような、きっぱりとした声。
僕が「いいよ。」と答えると、きみはほっとした様子で言った。
『じゃあ、今から行くね。』
電話で話すのかと思ったら、いつものように自転車で来るつもりらしい。
でも、今から来たら、帰り道が心配だ。
危ないからと説得して、秋の気配が漂い始めた9月の夜道を自転車できみのもとへ。
何度か訪れたことのあるきみの部屋。
淡いグリーンのカーペットの上の白い丸テーブル、その上には・・・ボトルとグラス、それに氷? ボトルは梅酒だった。
この部屋でこんなふうにお酒を出されるのは初めて。
「ふふ。 まあ、一杯どうぞ。」
氷の上から梅酒を注いだグラスを渡されて、かちりと軽く合わせる。
きみは一気に半分くらい飲んでしまい、僕はなんとなく警戒モードに。
もしや、お酒を飲まないとできないような話? 別れ話とか・・・。
「斉藤くん。」
「・・・なに?」
「あのね、同窓会のこと。」
同窓会?!
よかった〜!
「うん。」
「わたし、同窓会に出るのが恐いの。」
「恐い?」
「うん。 わたし、前に『人からどう見られるか気にするのはやめた。』って言ったでしょう? でもね、本当は、今でも気になるの、そういうこと。」
「それは、みんな同じだよ。 僕だって。」
きみはぼくに笑いかけて梅酒を一口飲んでから、話を続ける。
「きっとそうだよね。 たぶん、わたしが見栄っ張りすぎるのかもね。」
ほっとため息をつくきみ。
「わたし、高校のときは目立たなかったから、今ではわたしを覚えている人なんてほとんどいないと思う。」
「そんなこと・・・。」
抗議しようとする僕に微笑んで、きみは続ける。
「もしも覚えていてもらっても、久しぶりに会った人が相手だと、何を話したらいいのかわからなくて、結局ちゃんと話せないと思う。 わたしね、それが恐いの。 自分がつまらない人間だって思い知るから。」
「つまらない人間?」
全然そんなんことないのに。
「今は、職場ではみんなから認められているけど、わたし、高校生のときはみんなに合わせなくちゃっていつも気を遣ってて、そうやって頑張っても、友達がたくさんできたわけじゃなくて・・・。 自分がそういう存在だったってことを、同窓会で自分も周りの人も再確認することになりそうで、それが嫌で、行きたくなかったの。」
きみの話を聞いて、僕はきみのことをちっとも理解していなかったことに気付いた。
僕にとっては学校の人間関係はそれほど難しいものではなく、同い年の友人たちが考えることなんて自分と変わらないものだと信じていたから。
でも、きみにとってはそうではなかったんだね。
頑張って合わせようとしなくちゃいけないような、そういう場所だったんだ・・・。
「ごめん・・・、無理に誘ったりして。」
「いいの。 わたし、同窓会に出ることにする。」
「え? 僕のことなら気にしなくても。」
「そうじゃないの。 ・・・ああ、もちろん、斉藤くんが喜んでくれたらいいなっていうこともあるよ。 でも、斉藤くんがいるから、ちょっと勇気を出してみようかなっていう気になったの。」
僕がいるから?
「会場で一緒にくっついていなくてもいいんだよ、べつに。 ただ、わたしには斉藤くんがいるんだって思い出せば、そんな何時間かのことなんて気にする必要ないかなって。 もしかしたら、仲が良かった人が来てるかも知れないし、誰もいなくても、ひたすら食べてればいいんだもんね。」
にっこり笑ったきみは何かさっぱりした様子。 葛藤を乗りこえたあとの穏やかさ?
僕はきみが、僕がいるから勇気が出ると言ってくれたことで、ますますきみのことが愛おしくなる。
「ひたすら飲んでてもいいよ。 飲み過ぎて眠くなったら、僕が責任を持って連れて帰るから。」
きみが楽しそうにくすくすと笑い、僕の幸せな気分が戻って来る。
「・・・たぶん、一人になるときなんてないよ。」
「どうして?」
「だって、みんな28歳だよ。 百合がフリーだと思った男が大勢押し掛けてくるよ。」
僕の言葉にきみは声をあげて笑った。
「さっき言ったでしょ? わたしのことなんか覚えてる人はいないって。」
わかってないな。
覚えていなければ、 “新しい出会い” だよ。
それじゃあ、お見合いパーティと変わらない。
「そうだ。 一つ、頼みがあるんだけど。」
「なあに?」
「指輪をはめて行って。」
「え? 婚約指輪のこと?」
「うん。」
「もしかして、男の人を寄せ付けないように、とか思ってるの?」
「そう。」
それだけっていう訳じゃないけど。
「そんな心配、いらないよ。」
「指輪をするのが嫌なの?」
「嫌っていうか、恥ずかしい。 その同じ会場に相手がいると思うと。」
「でも、して行って欲しい。 絶対。」
きみは困った顔をしながらも、指輪をしていくことに同意してくれた。
・・・結果的には持って来ただけだったけど。
同窓会の話が落ち着いて、きみが幸せそうな顔で「乾杯。」と言ったとき、僕は気付いた。 きみの思い出がずっと心に引っかかっていた理由。
「高校時代の百合の思い出の中で、すごく印象的なのがあってね。」
「印象的?」
「うん。 卒業式ともう一回、3年になってから廊下ですれ違ったときのなんだけど。」
「卒業式・・・。」
「淋しそうな顔をしてた。」
きみは少し驚いて僕を見たあと、目をそらして遠い目をした。 その表情が、僕の思い出と重なる。
心配になって肩を引き寄せると、僕を見て、今度は幸せそうに微笑んだ。
「ほかにもいろんな思い出はあるんだけど、その2つが一番くっきりしてて、どうして淋しそうなきみばっかり鮮明に覚えてるんだろうって思ってた。 今、その理由がわかったよ。 僕は、きみに笑っていてほしかったんだって。 ほかのときと同じように、楽しそうなきみでいてほしかったんだって。」
きみは一層にっこりとして、テーブルのグラスに視線を移す。
「わたしね、高校のとき、ずっと考えていたことがあるの。」
「考えていた?」
「自分が斉藤くんのことをどう思っているのかって。」
え?
「わたし、斉藤くんと話すのが楽しかったの。 だから、たくさんお話ししたかったの。 でも、それがただの友達としての気持ちなのか、好きだからなのか、ずっとわからなかった。」
僕は・・・。
「斉藤くんは明るくて誰にでも好かれていて、彼女の薫ちゃんもみんなのアイドルだったでしょう? わたしは困ったときには当てにされるけど、それ以外は忘れられているような生徒だったから。」
「そんなこと。」
「否定しなくていいよ。 本当だもの。 ああ、斉藤くんはいつも普通に話しかけてくれたけど。」
だから、あんなに「似合わない」って言った?
じゃあ・・・。
「何となく、もっと話せたらいいなっていう気持ちがずっと心に在って、特に3年になってクラスが別れちゃってからはとても淋しかったの。 きっと、それが顔に出ちゃったんだね。」
僕は・・・。
「僕はきみのことは気になっていたよ。 でも、目の前の楽しいことに目を奪われて、きみの気持ちを考えることをしなかった。 それなのに、今さら笑っていてほしかったなんて勝手なことを言ったりして・・・ごめん。」
きみは優しく微笑んで僕を見て・・・落ち込んでいる僕の鼻の頭にキスしてくれた。
「いいの、斉藤くんは落ち込まなくても。 それに、その様子だと、わたしが斉藤くんのことを好きだったって決めつけてるでしょう? それって、自信過剰すぎない?」
からかうように僕を見ているきみ。
今はきみは僕のもの。 そして、僕はきみのもの。
「好きだったんだと思うけど? だって、僕が告白したとき、」
きみが「似合わない」とこだわったことには触れるべきじゃないね。
「百合は『ずっと好き』って言ったよ。」
きみが目を丸くする。
「うそ?! そんなこと言った?! 3年前だよ?!」
「一生忘れない。 百合はちょっと泣いて・・・」
「やめて〜!」
僕をクッションで叩いてグラスの梅酒を一気飲みしたきみの頬が真っ赤で、僕はまた幸せな気分できみを抱き寄せた。
肩を抱いたままもう少し話をして、そろそろ帰ろうと思い始めたころ、きみがくたっと寄り添ってくる気配。
これはもしかして・・・とドキドキしながらきみを見たら・・・寝ていた。
梅酒のボトルはからっぽ。
僕はそれほど飲まなかったはずだから、あとの全部はきみ。 そういえば、手酌で何度か注いでた。
帰るにしても、このまま放っておくわけにはいかないので、とりあえず、きみをベッドまで運ぶ。
テーブルの上を片付けて、眠ったままのきみにおやすみのキスをして、部屋を出ようと自転車の鍵を持つ。
・・・待てよ。
自転車も飲酒運転は禁止なんじゃなかったっけ?
じゃあ、帰れないや!
というわけで、百合、お邪魔します!
きみのベッドに二人はちょっと狭いけど。
翌朝、「寝坊したっ!」という色気のない言葉で起こされて、僕は早朝の町を自転車を飛ばして帰る羽目になった。
そんな状況でも、 “またね” のキスは忘れなかったけど。
そんな行ったり来たりも、あと3か月で終わり。
先週、新居が決まって、これからインテリアを選ぶ。
結婚式の準備も忙しくなりそう。
僕たちは、最初に出会ったときにはお互いに気になっていながら、すれ違ってしまった。
でも、そのあと出会い直して、今回はちゃんと解り合うことができた。
会えなかった期間が無駄になったかというと、そんなことはないと思う。
二人とも、そのあいだに色々な出会いと成長を繰り返して、お互いにとって一番素晴らしい相手として再会できたと信じているから。
今の僕の希望は、きみに「貴也」って呼んでもらうことなんだけど・・・きみが敬語をやめてくれるまでの時間を思い出すと、ちょっと時間がかかりそうだね。
−−−−− 終わり。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
いつも(といっても、それほど経験はないのですが。)連載が長くなってしまうので、一気に読めるおはなしが書きたくなって、挑戦してみました。
本当は3話~5話くらいに仕上げようと思ったのですが、詰め込み切れずに8話という中途半端な長さになってしまいました。
長さも中途半端なら、ストーリーも、せつないような、ドキドキのような、可笑しいような…という中途半端ですよね。
もしかしたら地味なストーリーでびっくりされた方もいらっしゃるかもしれませんね。 申し訳ありません。
どうやら、わたしがこんな感じが好きみたいで…。 それに、あんまり大きな事件は、わたしには扱いきれません。
毎回、書きながら思うことは、読んでくださった方がHAPPYな気分になってくれたらいいな、ということです。
このおはなしが、みなさまに楽しい気分をお届けできたら、作者としてたいへん光栄に思います。
虹色