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それから僕は頑張った。

きみの気持ちを僕に向けてもらえるように。



きみに電話をかけたのは、3人の男に存在を誇示された(と僕は思っている。)週の日曜日。

きみが戸惑っていることが気配でわかった。

僕から電話がかかってくることを、きみはまったく予想していなかったんだよね?


飲みに行こうと誘うと、きみはおろおろと言い訳をしようとした。


「仕事で失敗して、落ち込んでるんだ。」


用意していた小さなウソと小さなため息。

そのひとことでOKしてくれた、親切なきみ。


約束の日、きみはとても優しくて、僕は少しだけ申し訳なく思いながら、幸せな気分で古い失敗談を披露した。




それからも1週間か10日ごとくらいに、僕はきみを誘った。

きみはその度に断りそうな様子を見せ、僕はその度に何かしら理由をこじつけた。

誘ったり会ったりする合間に、メールや電話のやりとりもした。 ・・・いつも僕の方からだったけど。


中島さんが復帰して、きみの事務所で会話らしい会話をすることはなくなったけど、きみはいつも顔を合わせると爽やかにあいさつしてくれた。

でも、それ以上に親し気な態度は、お互いに見せなかった。

だけど、僕はきみの周りの男子社員から鋭い視線を浴びていた。 まあ、僕だって負けてはいなかったつもりだけど。


僕たちが出かけるのは、いつも仕事帰りの居酒屋。 きみが静かな店は落ち着かないと言うから。

初めて飲みに行ったときのように、きみが飲み過ぎるようなことはもうなかった。

いつも最後までシャキッとしていたけど、帰りの電車の明るい光で見ると、やっぱり少し眠そうで・・・ちょっと色っぽかった。

きみは、送って行くという僕を必ず拒んだ。 僕は「見届けないと心配だから。」と言い張って、毎回、きみと一緒に電車を降りた。

そのうちにきみが諦めて、僕を当たり前に受け入れてくれるようになると思ったのに、いつまで経っても、きみは遠慮してばかりだった。




何度目かに会ったとき、いかにも思い出したようなふりをして、気になっていたことを尋ねた。


「鳴川橋さんて、テニスやるの?」


「え?」


僕の質問の意図がつかめなかったらしく、不思議そうな顔をするきみ。


「いつだったか、テニスの練習の話をしていたから。 あのひげの人と。」


「ああ! あれですか。 あれは年に一回のイベントのためなんです。」


くすくすと笑いながら、説明してくれた。 相変わらず敬語のまま。


「うちの社長は社員のチームワークを大切にしていて、その目的のために職場対抗のスポーツ大会があるんです。 テニスもその一つで。」


「ふうん。 鳴川橋さんて、あんまりスポーツが得意なイメージがなかったから。」


僕の言葉にきみが笑う。


「その通りです! 今でも相変わらず、ものすごい運動音痴なんですよ。 でも、入社一年目に断りきれなくて出たら、そのあともずっと頼まれちゃって。」


「へえ。 メガネの人もそう?」


「メガネの・・・? ああ、よく覚えてますね!」


「え? うん、ほら、仕事柄。」


「そうです。 あれもその一つで卓球の相手です。 あの人は同期入社の友人で、いつも態度が大きいんですよ。」


でも、仲がよさそうだったよ・・・。


「ほかにソフトボールがあって、それにも出ることになってるんです。 未だに自分が職場の代表でスポーツの大会に出ていることが信じられません。」


困ったようにため息をつくきみ。


きみが断れない性格だって、みんな気付いてるんだ。

それに、みんな、きみとの接点が欲しいんだよ。


「人気者なんだ。」


「そういうわけじゃないですよ。 大会が土日に組まれているせいで、後輩はみんなきっぱり断ってしまって。 結局、用事がないわたしが仕方なく・・・。」


ちょっと拗ねた様子がまた可愛らしい。


「まあ、そのあとの打ち上げは楽しいからいいんですけど。」


え?

飲み会がもれなくついてるのか?

飲んだときのきみをみんながどんな目で見ているかと思うと、心が乱れる。


「それに、社内の人と知り合うと、結構、仕事で困ったときに助けてもらえることがあったりするんですよね。 あと、いろんなメンバーで出かけるのに声をかけてくれることもあるし。」


「出かける?」


「特に決まってはいないんですけど、サッカーを見に行くとか、話題のお店に行くとか、スキーに行くとか、ただの飲み会とか。 みんながいろいろな仲間に入れてくれるんです。 みんな親切で、すごくありがたいです。」


さすが、職場のマスコットガール。

でも、親切だけじゃないよ、絶対に。


「も・・・モテるんだね。」


「やだ! 違いますよ! 1対1で出かけるわけじゃないし、そんなふうに誘われたことも・・・。」


そこできみはフッと言葉を切り、僕を見ながら2、3回瞬きをして慌てて目をそらすと、お皿の上の冷やしトマトを大きな口でパクリと食べた。

きみの頬が赤かったのは、お酒のせいだけじゃなく・・・と、思いたい。





7月の初めに会ったとき、きみはようやく僕に対して敬語を使うのをやめてくれた。


会話の途中でふいに、


「そうだよね?」


という言葉を口にしてちょっと慌てたきみは、そのあとも何度か同じようなことをした。

その度に謝っていたけど、僕が、同い年なんだから敬語を使う必要はないんだと言うと、ちょっと首をかしげてから手を叩いて


「そうですね!」


と、ようやく納得してくれた。

その言葉も敬語だったけど。


高2で会ってから何年?

やっと、きみが僕と対等な立場にたってくれたと感じた瞬間だった。


ついでに「斉藤くん」と呼んでほしいと言うと、それも了解してくれた。


その日、帰ってから、次に会うときに、僕の気持ちを伝えようと決めた。





次に会うのは海の日にした。

この日は二人の関係を先に進ませたかったから、ゆっくり時間を取れるように休日にしたのだ。


電話口できみはいつものとおり困った様子だったけど、それにはもう慣れている。


「海でも見に行こうよ。 たまにはゆっくり話したいから。」


今回は小細工なしにきみを誘う。


「・・・たまには、そういうのもいいかな。」


きみが釈然としないままなのはわかっていたけど、僕はもう告白にOKの返事をもらえるつもりになっていたように思う。




その日、きみは白いワンピースを着ていた。

僕はきみを見たときに、きみがもうウェディングドレスを着ているような気がして、ドキリとしたのを覚えている。


海が見えるコーヒーショップで軽く昼食。

いつものように大きく口を開けてサンドイッチを食べるきみ。 口元に付いたドレッシングを笑いながら紙ナプキンで拭いて。

とても自由で、おおらかで、ぼくは微笑まずにいられない。


海沿いの遊歩道を散歩。

仕事帰りに居酒屋で交わすのとは違う、ゆったりした会話。


きみと僕は、きっと恋人同士に見えているはず。

きみもそれに気付いているんだろう。 会話を続けながらも、なんとなく落ち着かない様子が伝わってくる。


頃合いを見計らって、僕は用意していた話題を持ち出した。


「僕も、鳴川橋さんのこと、名前で呼んでもいいかな?」


「あ、ああ、はい、どうぞ。 名字は面倒だものね。」


「呼び捨てにしてもいい? ・・・僕の彼女として。」


「ええっ?!」


驚いて真ん丸になった目で僕を見つめるきみ。


「うそ・・・。」


きみの返事を待って黙っている僕に、呆然とそんな言葉をつぶやく。


「あの、・・・あの、斉藤くんには、彼女がいるのかと思って・・・。」


ふう・・・。


「どうしてそんなこと?」


「だって、わたしと出かけるときは、何か理由があって・・・。 だから、・・・一緒に出かけても平気だと思ってたのに。 そんな・・・。」


え?


「ちょっと待って。 どうして、僕に彼女がいると、一緒に出かけても平気なの?」


「ええと、その、彼女がいれば、わたしのことを好きにならないから・・・。」


まさか。


「きみに・・・好きな人がいるから?」


だから、僕に好きになられちゃ困る・・・?

目の前の景色が灰色になっていくような気がする。


「違う。 そうじゃなくて。」


混乱気味に首を振るきみ。


違う?


よかった〜!

まだ可能性が消えたわけじゃない!


とりあえず、きみを落ち着かせないと。


さすがに休日だけあってベンチは一杯で、仕方なく、海に向かって下っている段々の端にきみを連れていく。

僕が白いワンピースのことを思い煩う前に、きみはストンとコンクリートに腰かけた。


「どうして、僕がきみを好きになっちゃいけないの?」


僕の質問に、きみは悲しそうに答えた。


「似合わないから。」


「え?」


ものすごく意味のない理屈を言われてる気がするけど?


「似合わないって、どうして?」


「だって・・・、薫ちゃんみたいじゃないから。」


薫?


「あ、あの、薫とはもう関係が・・・。」


「そうかもしれないけど。 だけど、わたしは薫ちゃんみたいに元気で可愛い女の子じゃないから。」


「いや、十分元気で可愛いけど。」


そういう話、しなかったっけ?


「似合わないのに、・・・だから、好きになりたくないのに。 だから・・・。」


僕の話、聞いてる?

“好きになりたくない” ってことは、結果として、きみは僕のことをどう思ってるのかな?


「僕のことを嫌いになろうとしてるの?」


「違う。」


訴えるような、苦しげな表情。


「斉藤くん、高校のとき、よく話しかけてくれた。 でも、斉藤くんが好きなのは薫ちゃんだった。 今も・・・、誘ってくれるときはいつも何か理由があって・・・。」


「その理由が全部ウソだって言ったら?」


「え?」


「だって、きみは僕の誘いをいつも断ろうとしてばっかりだったから。 きみに来てもらうには、何か理由を言わなくちゃいけなかったんだよ。」


「だって・・・会ったら・・・だめなの。」


「どうして?」


「似合わないから・・・。 だから、好きにならないように・・・。」


何度も「似合わない」って言うんだね。


「似合うかどうかって、誰が決めるの?」


「誰って・・・見た人が。」


「ほかの人の意見なんて、きみと僕の関係に必要? それに、きみは変わったよ。 僕も、たぶん。」


「変わった・・・。 わたしも、斉藤くんも?」


「うん。 きみは元気でおおらかで、綺麗になったよ。 それに、昔と同じように親切で優しい。 今のきみは僕の好みど真ん中なんだけど、僕はどう?」


「あの。 わたし、いつも、誘われる度に断らなくちゃと思って・・・。」


「そんなに断りたいの?」


「断らなくちゃと思っても、断ることができなかった・・・。」


期待が膨らんで少しハイになっている僕の隣で、きみは混乱して泣きそうな顔をしている。

・・・いや、 “泣きそう” じゃないね。 涙があふれてしまって。


「だって・・・、似合わなくてもいいの?」


「僕はものすごく似合ってると思うけど。」


「斉藤くんを好きになってもいいの?」


「僕は2か月前から好きだったけど、きみはこれからなの?」


きみは濡れた瞳で僕をじっと見て、小さい声で答えてくれた。


「違う。 ずっと好き。」


「よかった。」


あんなに自信があるような気がしていたのに、実際はそれほどでもなかったらしい。 きみから返事をもらったときは本当にほっとして、あまりの嬉しさに思わず抱き締めてしまった。


「だっ、だめ、恥ずかしい。」


きみに言われて慌てて離したけど、その日はずっと、つないだ手を離すことができなかった。








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