プロローグ
「似合いますね。」
咄嗟に口にしたひとこと。 ほかに言葉が浮かばなくて。
卒業式が終わって、教室でみんなとのお別れのあと、仲の良い友達同士で昇降口へと向かう生徒が行き交う廊下。
女子トイレから出てきたきみ。 いつも一緒にいる女の子のあとから。
トイレの前じゃ、きみは恥ずかしいかな、と思ったけど、たぶん、もう二度と会うことはないかもしれない。 今だって偶然だ。 だから・・・。
きみの手にはピンク色の小さな花束。
制服の黒いブレザーに、そのピンク色が映える。
小さな花束は、いつも控え目だったきみを思い出させる。
まさか、そんな場所で男に話しかけられるとは思っていなかったんだろう。 とても驚いた様子で目を上げた。
・・・そう。 きみはいつも、ちょっと下を向いて歩いていたから。
僕を見つけて、また驚いた顔をして・・・少し淋しそうな顔をしたのは、卒業の日だから?
「・・・これですか?」
僕から目を逸らして、手元の花束を見る。
「部活の後輩からもらったんです。 わたし、幽霊部員だったんですけど。」
そう言って、ちょっと笑った。
はにかんだようなこの笑顔も、今日で見納め。
「斉藤くんは、進路は決まったんですか?」
きみがそっと目を上げて僕を見る。
その視線を捉えたいけど・・・できなかった。
「はい。 S大に。」
「第一志望ですね? おめでとうございます。 わたしはA大になんとか。」
「さすが。 優秀ですね。」
そんなこと・・・と、きみは謙遜して下を向き、今度は決心した様子で顔を上げた。
まっすぐに僕を見てから、深く頭を下げる。
「今までありがとうございました。 これからも頑張ってください。」
そのままくるりと向きを変えて、何歩か先で待っていた友達のところに小走りに向かう。 僕からのあいさつを聞かないまま。
最後まで敬語の関係だったきみと僕。
2年のときに同じクラスだった。
控え目なきみは目立たなかったけど、みんなに親切で、信頼されていた。
僕はきみの親切に甘えて、ずいぶん世話になった。
何度か冗談を言い合って笑ったこともあった。
なのに・・・お互いに敬語のまま。
3年で別のクラスになってからは、言葉を交わしたのは右手で数えられるくらい。
それでも、今、どうしても話さなくちゃ、と思ったのはどうしてだろう?
「斉藤くん! お待たせ!」
薫。 2年のときからの僕の彼女。
楽しそうな足取りと明るい笑い声。
「そんなに待ってないよ。 行こうか。」
卒業式や友人たちとの別れの様子を話しながら歩き出す。
歩きながら、きみとの最後の会話を思い出して、もっとたくさん話したかった、と思った。
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『同窓会のお知らせ』
往復はがきが届いたのは2か月前。
開催日は明日。
―― あれから10年。
みんな、変わっただろうか?
同窓会は5年前に一度あった。
あれはこんなに大掛かりじゃなくて、メールで伝言ゲームのように連絡が来たのだった。
僕には同じテニス部だった中野から送られてきた。 幹事は誰だかよく分からなかった。
クラスに関係なく連絡がついたメンバーで、それでも50人くらいはいたかな。
みんなの身分はいろいろ。 学生、社会人、主婦・・・。
進学してから連絡が途切れていた薫は美容師として働いていて、前の年に結婚していた。 何の感慨もなくその話を聞けたことが不思議な気がしたけど、一方で、そんな自分に “やっぱりね” という気もした。
きみは来なかったね。 少し期待していたんだけど。
明日の同窓会。
きみは約束を守ってくれるだろうか・・・?