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晦冥の底から  作者: 歌瑞
6/24

6 Process




 ───のど、いたい。


 なぜだかひどくあげにくいまぶたをどうにか動かして、ぱちぱちとまばたきをした。


きゅる

 ───そこにいるの?


 視界は暗かったけれど、うっすらと物の陰影がわかる。あの地下のような、完全な闇じゃない。

 わたしは、柔らかで、平らなものの上で横になっているようだった。


 どこ。


 すごく、さむい。

 重たい腕を伸ばして探ると、大きな硬いものに手のひらを捕らえられた。

 そのまま首筋に引き寄せられ、身体を抱え上げられたので、べったり張り付く。


 ほっとした。


きゅる、

 もうこの『声』を不快だと思わなくなっている。


 かちゃり、頭上で音がして、両耳に軽い圧迫があった。ああ、翻訳機。

 そのままどこかへ運ばれてゆくのに身をまかせた。


 





 ぎい、と音を立てて割れた隙間から光が差して、その中へと入ってゆく。

 白い、壁の、部屋。 ……まぶしくてよくみえない。オレンジの光があちこちに、置いてある。 

「あら起きたのね。食事はできそうかしら。座れる?」 

 じゃっ、と手慣れた風に鍋を揺するヒトが振り向いて、そう言った。

 香ばしい、おいしそうなにおいが部屋一杯に広がっている。

 まぶしさに目を細めていたら、また別の誰か───テーブルについて座っていたらしいヒトが、中央のいちばん大きな明かりに手を伸ばした。きゅうっと光が小さくなって、だいぶ目が楽になる。

「ごめんねー。うちの弟にさんざ脅されたあげく、無理矢理外に連れ出されそうになったんですって?」

 すごく優しい声だった。

「脅してねえよ」

 テーブルのヒトが言う。拗ねた口調のこの声は、フリップさんだ。 

「馬鹿ね、怖がらせたんだから脅してるっていうのよ。自分を食べるかもしれない種がたくさん居る所に出て行きたいわけないでしょう」

 かんかんかん、おたまらしき器具で斜めに傾けた鍋の底を軽く叩いて、料理をお皿に移す。


 ……おかあさんの、しぐさだあ。


 フリップさんがテーブルの上の水差しから陶器のコップにとくとくと注ぎ、ん、とこちら突き出した。

 空いている椅子の上に降ろされそうになって、思わず彼の首にかじりつく。

「あらぁ」

「なー? ダンナが平気なら大丈夫かなってさー。最初は平気そうだったし」

「そうねえ。 …そのまま二人一緒に座っちゃいなさいな」

 水平にした手のひらをひらひらと上下に軽くふって、そのヒトはにっこりと笑った。


 ……うん、笑った、っていうのがわかる顔立ちだった。

 フリップさんは歯医者さんで歯列矯正してもらってくればいいと思います。


「ダンナ、みーずー」

 ちゃぷんと揺らす催促に、彼はわたしを抱えたまま、椅子に座って受け取った。そうしてそれをわたしに持たせる。

 ……駄々っ子みたいでごめんなさい。なんだかすごく座りにくそうだった。


「お水が飲めたらこれをどうぞ。たぶん食べられると思うんだけど。熱いから気をつけてね」

 目の前のテーブルに深めのお皿と、スプーンが置かれた。


 ほかほかの湯気。

 やさしいかおり。

 おかゆ……オートミールのほうが近いかな、穀類を煮込んだような。


 すごくおいしそう。


 そう思ったけれど、のどが張り付いたようにうまく動かなくて、乾いていたことを思い出した。

 慌ててもらったコップの中身を流し込む。

「姉ちゃんオレも喰っていー?」

「全部はダメよ、あんたのために作ったんじゃないんだから。食べられそうかそうでないか、ちゃんと聞いてからにして」

「へーい」

 返事をするやいなや、すぐさま口へ運んだらしく、食器のぶつかる音がする。

「あ、こら! …まったくもう」

 仕方ない、というふうに溜息をつき、そのヒトはわたしに向き直って柔らかく声をかけてきた。

「ごめんなさいね、怖かったんでしょう? 大丈夫よ、そんな馬鹿なことさせないんだから。さ、食べて」


 ───そうか、怖かったんだ。


 だいじょうぶって言われて、じわっと涙がにじんでしまった。

 誰かにそう言って欲しかったんだ。心細くて。


 持っていたコップをそのヒトが引き取って、かわりにスプーンを持たせてくれる。

 どうぞ、と手渡されたお皿があったかくて、うれしくて、夢中ですくってわたしは食べた。


 ゆっくり、染みこむような、かすかに甘いあじ。

 おいしい。



「まったく、大の男が二人そろって女の子ひとり慰めてあげられないんだから、困っちゃうわねー」

 ごふ。フリップさんの咽喉がなった。

「おろおろしてるだけなのと、棒立ちになってるだけなのと」

 ぎ。後ろのほうでも咽喉がなった。

「頭のひとつでも撫でてあげればいいのに」

 ふう、と芝居がかったしぐさで溜息をひとつ。お姉さん。お姉さん、おねえさん。


「…ごめん、ミオ。腹減ってるって聞いたからさ、外で食えるもん探したほうが早いかなって。そんなに怖がってると思わなくて」

 そう言うフリップさんの顔は、 ……これはきっとしょんぼりした顔なのかな、微妙に目じりが下がって眉間がきゅっと寄ってるんだけど、相変わらずコワイ顔です。


 ───ふふ。


 すごくやさしいヒトたちだ。

「あり、がとう」

 思わずそう言うと、一瞬ぴたっと皆が止まった。

  、あ。


 喋らないほうがよかったかな、そういう思考に被せるように、ぅうん、とフリップさんが咳払いをした。

「オレね、ダンナからニホンゴの情報もらったんだよ。だからわかる」


 ……わかるって、どういうことだろう。フリップさんはわたしみたいに翻訳機を使ってるわけでもないのに?


 首を傾げると、わたし以外の皆が互いに目配せしあったようだった。

「うーんと。もしかして萌芽したばっかりの子って何もしらないのかな? どこから話すべきなのコレ?」

「血統を偽った複製の疑いがある。何れにせよ記憶の欠落、或いは操作があるようだ」


 ……なんのことだろう。


「……お茶を入れるわね。ゆっくりお話したほうがよさそうだわ」


「じゃあ、『今』の最初から、かなー。ミオ、世界はね、一度壊れたんだよ」






   ※  ※  ※





 長いながいお話だった。


 饒舌で、でも端折りがちなフリップさんのおはなしに、ときおりお姉さんと彼が補足を付け加えながら。






 世界は全て、壊れてしまったんだそうだ。


 なぜ、どうして、なにがおきてそうなったかは、誰も覚えていないらしい。

 世界が壊れるとおなじに、人も壊れてしまったから。


 何もわからない人たちはそれでもどうにか生き続け、ヒトとして暮らし始めて、世界が壊れる前の遺物を見つけ出し、それを利用することを覚え、今は生活している。


 わたしの翻訳機もその遺物のひとつなんだそうだ。

 フリップさんも、頭の中にそれを埋め込んで使っているらしい。

 翻訳機を使っているヒトはそこそこにいて、その理由は、壊れたヒトの中には発声の器官のカタチすらまったく違うものになった種がいるからだと。

 そもそもの同じ音を出せないヒトもいるのだ。


 ───彼の声が電子的なのは、そういうことなのだろう。



 その遺物がとても便利なことから、人々はその恩恵により与れる場所に集まって住むようになった。

 そういった遺物がよく見つかる所には根っこがあって───形状が木の根に似ていることからそう呼ばれているけれど、とてもとても大きな、ものによってはてっぺんまで登るのに何日もかかるような巨大なものが、地中からうねるように生えているらしい。


 そうして、根っこは稀に、芽を生やす。


 小さな芽が成長し、開いた双葉に抱かれてあらわれるもの。


 それが、人間。


 『萌芽』とよばれるその現象がなぜ起きるのかは、誰も知らない。

 ただ、この世界で、人間とは、そうやって突然うまれてくるものなのだ。


 壊れてしまう前の正常なカタチをしたそれは、壊れて歪んでしまったヒトにとって、羨ましくて、ねたましくて、欲しくて欲しくて仕方のないもので。

 だから食べたくなってしまうのかもしれないと。


 悪いヒトたちの中には、それを利用して儲けるために、遺物を使って複製したり、こどもを産ませてふやし、売ったりするヒトもいるらしい。


 けれども、壊れる前の人間は、壊れる前の道具───遺物を上手く扱えるものが多かったので、中央府というところで保護をはじめた。

 おなじ人同士で暮らしていく、よりよい生活のため、人間を守りましょうね、と。そういう『保護条例』が、今はあるんだそうだ。









 つまるところ、わたしは。


 『萌芽』直後に捕まるか、不正な出産からうまれて。

 立派な、壊れる前の人間ですよと、付加価値をつけるために、壊れる前の世界の知識を植えつけられているのではないか、と。


 そういう、ことらしかった。









「今は傘がそっぽ向いてるから無理だけどさ、十日後に通信が繋がるはずだから。そしたら中央の保護局に連絡とってやるよ」






 ちゅうおう、ほごきょく。









 彼は最初から、わたしをそこへ連れて行くつもりだった、らしい。





ながい世界観説明取り敢えず終了おつかれさまでした。

またいずれあるかと。


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