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晦冥の底から  作者: 歌瑞
5/24

5 Reliance



 まず最初に言われたのは、あまり喋るな、という事だった。


「オレ人間見たのも初めてなんだけどさー。すげー美味そうな声してんのな。人間は肉食わない? あれがじゅーって焼ける音、聞いただけで腹減るだろ。生が美味いっていう話、そういうことだったんだなー」


 ………声をスパイスに、生で食べたことのあるヒトがいらっしゃるんですね。



 にんげん、を。



 人間というものは、とてもおいしいもの、らしい。

 そんなこっちが震え上がるような話をさらっと語って、ハイテンションなヒトは口角をぐいっとあげた。尖った乱杭歯がますますよく見えて、ごめんなさい笑っているのか威嚇しているのか判断できないです。


「まあね、喋ったトコでその日本語っての知ってる奴いないから、黙ってるほうがカシコいよね。ダンナみたいに言語情報持ってる奴はそうそういないんじゃない?」


 えーと、喋るとおいしそうって思われちゃって、喋っても話は通じないってことは。

 わたしは、わたしを左腕一本で抱えてるヒトの、おそらくはこの辺が耳かなあって場所に唇を寄せた。形状が違いすぎてちょっと自信ないけど。

「じゃあ、喋りたい時はこうやって、内緒話したほうがいいですか」

 そおっと小さい声でささやく。



 …あれ、反応がない?



 く、と彼がわずかに首を動かした。

 ……見つめられている、ようにみえるけれども、焦点のわかりやすい眼球がないヒトだから、どうなんだろう。

「なあなあ、嬢ちゃん名前あんの? オレはねー、この雑貨屋の四代目、フリップってんだ。熾青のダンナとは生まれた時からのオツキアイー。嬢ちゃんはー?」

 ごとごとと、奥のほうの箱を漁りながら、ハイテンションなヒトはそう名乗って、問いかけてきた。


 ざっかや。

 なるほど、今居るこの建物はフリップさんちで、雑貨屋さんなのか……ごちゃごちゃしすぎてよくわからないけど。

 さっきわたしが落っこちたらしいカウンターだけが、かろうじてお店っぽい雰囲気を醸し出している。


 それから。

 わたしを抱えているこのヒトの名前は、熾青<しせい>さん?


「わたしは、澪です。ミオ」

 また美味しそうって言われないように、ささやいた。




「ミオ」

 復唱するように呼ばれたので、うんうんと頷く。

 わーやっぱり美声。電子的だけど。

「あなたは熾青<しせい>さんでいいですか?」

「それは名ではない。名は無い」


 え。


「なんだよ内緒バナシー? ほら」

 ぽいぽい、フリップさんが連続して投げた円柱のかたちのものを、ぱしぱし、彼が右手ひとつで受け取る。

 いいなあそれ、手がおっきいヒトだけができる特権だよね。

「水とねー、アッフェの果汁。それなら人間でも大丈夫だと思うんだけどさ。で、人間って何食うの?」


 え。



 ───何を食べるのか?

 それを確認しなきゃならないくらい、ここのヒト達とわたしは違うんだろうか。

「……そもそもアッフェが何かわからないです」

 ぽろっとそう口にしたら、フリップさんの牙の間からヨダレが落ちた。

「あ、やべ」

 じゅるっ



 ……うん、違ういきものっぽい。



「飲んでみろ」

 かしゅっと空気のふき出す音がして、彼の手元に視線を落とすと、円柱状のものの縁を尖った親指で撫でるようにして、回してスライドさせていた。

 まるい面の部分に三角の穴が現れる。


 あ、これ缶飲料なんだ!


 差し出されて受け取った。材質は金属じゃなかったけれど、すごく馴染みのあるカタチ。

 まず鼻を寄せてにおいを嗅いでみた。 …フルーツっぽい香り。

 おそるおそる傾けて、舌を出して舐めてみる。


「りんご!」


 りんごだああああ。

 厳密に言うとちょっとクセがあって、わたしの知ってるりんごとは少し違うものみたいだったけど、これはりんご!!


 久しぶりに舌を潤す甘酸っぱさが嬉しくて、ごくごく飲んだ。

「なるほど、喰ってみりゃいいか」

 フリップさんが舌なめずりをしながら言う。


 …それ、ヘンな意味はないですよね?



「んじゃ食いに出よう。嬢ちゃんにはダンナのコートの代わりにオレの古着をやるよ。中央府の保護条例なんか守る奴いないもんなー」



 

 そういってお店の奥に行って帰って来たフリップさんがもたらしたものによって、わたしはてるてる坊主からペンギンに進化したのだった。




 ───フリップさんも大概的にでかすぎると思うんです。


 袖をまくってまくってようやくちょっぴり指先を発掘したわたしの隣で、自分のコートを取り戻した彼がぎゅっとフードを深く被る。

 そうすると、元々の体色が黒いのと相まって、フードの陰の顔がほとんど見えなくなった。

 わたしも絶対顔出さないようにしろよってフードを被らされているので、 ……なんですかね、このあやしさ満点大小フード族。


 そう、着替えるために腕から降ろされてびっくりしたんだ、わたしの身長って彼の腰くらいまでしかなかった。

 そりゃてるてる坊主にもなるよっていう。

 フリップさんも胸の下の届くかどうかってくらいで、おっきいヒトだった。


 ……違うかな、きっとわたしのほうがコビトなんだ。

 だってお店のカウンターがすでにわたしは背伸びしないと覗けないレベル。


「今日はもう店じまいっ!」

 私にとっては壁同然のそのカウンターを軽々飛び越えて、フリップさんはすとーんと華麗に着地する。

「じゃ行こっかー」

 

 そう言って、フリップさんが開け放った扉の先に、知らない世界が四角く覗いていた。



 道行く人のほとんどは、フリップさんとよく似た容姿をしているようだった。

 けれど、わたしと同じくらいの身長で、髪の毛のない人たちもちらほら見える。

 建物は石造りのものばかり、 で、





 ざーっと視界が暗くなった。


 斜めになっていく身体を馴染んだ腕がさらい上げてくれて、それに取りすがる。




 甘かった。



 本当の意味でわかってなかった。



 ここ、わたしの居たところじゃない───!!



 暗闇でみる一瞬だけの夢かもしれないなんて楽天的に考えてたんだ。

 ぼんやり聞くのとは違う。

 視覚で感じる衝撃は全身を突き抜けるようだった。

 手足が酷く冷たくなって、ぶるぶる震えてぜんぜん思い通りに動かない。



 どうしよう、こんなとこしらない。


 あのヒトたちほんとうににんげんをたべるの。


 こわい、たすけて、

「どうした」



 ああ───!



 ぐるぐると荒れ狂うものが一気に溢れてまぶたから零れ落ちた。

 ひくっと咽喉がなって言葉にならない。

 

「ミオ」


 必死になって声の主に縋りつこうと手を伸ばした。


 そこだけしか、残っていないような気がして。


「ミオ」




 そうしてると、安心だったから。






 ミオ








 ─────







(´・ω・`)泣きつかれ。

ごはんおあずけでカワイソウ。

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