3 Familiar
たたたん
「起きたか」
んん。
もっと寝ていたい。
大きな音でちょっぴり浮上した意識を察知するとか、えすぱーですか。読んでますか。
閉じたままのまぶたをそこにあるものにぐりぐりとこすりつけ、呼気を吐き出すついでにだらっと力を抜いてもたれかかった。
もう銃声なんかじゃ覚醒しきれません。いくらでもぐうぐう寝れますよ。
……でも枕がごつごつして硬いのが不満です。
「地表では自動二輪を使う。一度目を覚ませ」
うわあもしかしてようやく地下から脱出なのか。
何度か寝て起きたけど、目を覚ませとか今まで言われたことなかった。これは起きなくちゃいけないだろう。
上半身を起こし、目元をこする。
単なる反射的な運動で目を瞬いたら、予想外の刺激に眼球が痛みを訴えた。
「うあ」
突き刺すような白色が、遠い向こうできらめいている。
待って、なにその先の白いの、ちょっとまってヤバイ───
彼の脚は速い。
視界を食い破る勢いでみるみるうちにそれが近づいて、制止の声をあげる間もなく、暗闇を切り裂く圧倒的な光の下へ辿りついた。
「ああぅ!」
なにこれ痛い!!
数日にわたって暗闇ばかりの世界をすごしたわたしの目に、それは暴力も同然だった。
まぶたをぎゅっと閉じても皮膚を透過する光に貫かれて視界が赤に染まる。
たまらずに手のひらを当てて両眼をかばったけれど、光を防ぐには厚みが足りないらしい。拳をつくって少しの隙間もできないようにまぶたの下の眼球に押し当てる。
がんがんする───!
「どうした」
頭になにかが触れた。たぶん彼の右手。
「まぶ、し…っの」
あれ、なんか呼吸もしにくい、すごく、空気が、暑い───?
頭を囲うように置かれていた手がそろそろと顔のほうへ移動し、わたしの両の拳を覆った。
ん、楽になった気がする。
「ここはまだ影の中だが」
まじですか。どおりで下向いても横向いてもあんまり変わらない、これで直射じゃないなんて。
「痛むのか」
こくこく、頷いた。
あなたはなんともないんですか!
わたしと同じかそれ以上の長時間暗闇の中にいたはずのに、この平常さ。
慣れとか順応が早いとかいう話じゃない気がした。やっぱりそもそもの『つくり』が違うような。
「少し待て」
ざりざりざり、
数歩あるいたカンジ、砂利の多い砂地、かなあ。
あ、右手が離れた。
がしゃばこんっ
おや聞いたことのない新しい音。うーん。クーラーボックスみたいな、厚みがあって中が空洞なものの、蓋開けた音?
ばさっ
うわっぷ。
布ですね、なんか被せられた。重みがあるから、たぶんだいぶ厚くてしっかりした布地。
「遮光布だ。ほぼ遮断される」
そう言いながら、わたしをぐるっと覆うように包むためなんだろう、左から右腕、また左腕へと持ちかえられてこねくり回される。
最終的には簀巻き状になって、何かの上に座らされたようだった。
遮光布───光を通さないんだっけ。
恐る恐る、拳をずらす。
ぱちぱちと瞬きを何度かしてみたけど、暗くて痛みはなかった。
「……平気、みたい」
だけどこれ蒸れる、窒息しそう。暑い。
「でも息できないです」
「わかっている。もう少し待て」
足元の布がもぞもぞ動いたかと思うと、びーっと軽快な音をたてた。
うわあ裂いてる。
「目を塞げ」
簀巻きの上部にぐっと力がかかるのを感じて、慌てて両目に手を当てなおした。
彼はすばやかった。
べろっと剥かれたかと思うとあっという間にぐるぐるぐる、頭に細い布を巻かれて目隠しされる。
ついでに簀巻きも全部はがされて巻きなおされて足先からじーっとジッパーを上げる音が首元まで。
最後に仕上げとばかりに背中から引っ張った布を頭にぼふっとかぶせられた。
フード付きのコートっぽい。
なんかすっごい腕の中で転がされてた気がする。
最初の頃のおっかなびっくり触ってたカンジはどこへいったんだ。
「目は夜まで使うな」
「ハイ…」
手がかかってすいません。
頭にぐるぐる巻かれた布はさっき裂いた遮光布なのだろう。光をあまり感じない。
暗くて見えなくて明るくても見えないとか、どういうことなの。微妙にヘコむ。
でもそれより、ものすごく。
「暑いです」
このコート貴方のですよね、サイズが合わなさすぎて手が出ないどころか足も出ていないんじゃないだろうか。
もそもそ布の中で動いて探ってみる。 …わかんない。どこが出口だ。
そうやってわたしが遊んでるあいだに、彼はこのコートを取り出したクーラーボックスっぽい入れ物から次々と何かを取り出して身につけているようだった。
がたがた物色する音の振動がそのままお尻に伝わってくるから、入れ物とわたしが座っているものは繋がった、同じ物体らしい。
もそもそ、もそもそもそ。
首まわりならおっきすぎてゆるゆるだから手も出るんだけどなあ。
「脱ぐな」
うひ。
「人間が直射光に触れてどんな損傷を受けるのか予測がつかん」
「…ハイ」
襟から突き出していた手をしおしおと引っ込めた。
怖いことをおっしゃる。おとなしくしていよう。
砂漠の太陽で火傷するって聞いたことあるけど、そういうことだろうか。
「水は」
「ハイ! 欲しいです!」
ぐいと顎を軽く持ち上げられたのでちいさく口を開けた。ここに来るまでの道のりでもう何度か貰っているので、慣れたものだ。
する、と入り込んできたものにぱくりと吸い付いて、溢れた液体を嚥下する。
甘い。 …でも物足りない。固形物食べたいなあ。
口寂しさに、舌先でつるっとそれを撫でる。
急に引き抜かれて、ついでに顎に触れてたものも消えて、飲み込みきれてなかった甘い水が唇から顎を伝ってぽたりと落ちる感触がした。
…あれ?
ちょっと遠いとこでじゃりっと足音が。
なんだろう、もうちょっと欲しかったんだけど何かあった?
じゃり。
じゃり、
じゃり じゃり じゃり じゃり
足音が戻ってくる。
??
そのまますぐ近くまでやってきて、彼はわたしが腰掛けている入れ物と繋がった何かに触れたようだった。
ぎしっと革製の何かが擦れる音がして、わたしごと軽く沈んで跳ねる。
かちゃり、小さく金属がかみ合う音の直後に、お尻の下の物体が唸りをあげた。
どるん、どっどっど。
エンジンの排気音!
そういえば自動二輪使うっていってた。
クーラーボックス改めバイクさんでしたかー!
クーさんですね!
頭の中でそんな馬鹿なことを考えていたら、腰の辺りをぐいーっと引き寄せられた。
「わ」
クーさんの上をずるずる滑って、もうだいぶ馴染んだつるつるでごつごつな感触の人に半身がぶつかる。
条件反射的にびたっと張り付いたけど、なぜか押しやられてクーさんの上に身体を倒された。なななんで。
「ザンツに着くまで四時間程だ。それまで耐えろ」
ぎしり。おそらくは座席の革が鳴いて、彼はわたしに覆い被さるように体勢をかえる。
苦しくはないけどちょっと圧迫された。
ああ、そうか。
運転する人の前に乗ろうとするなら狭い空間にぺったり伏せているしかないんだ。
手も足も出てないてるてる坊主な今のわたしじゃ、後ろに乗ったらすぐに転がり落ちそうだし。
でも耐えなきゃならないほどツライ姿勢でもない。
「寝ててもいいですか!」
どるるるん。
「眠れるならな」
あ、なんかちょっと呆れられてるー!