23 Ask
あれはなに、それはなに、って名前を尋ねながら、すぐに気が付いたことがあった。
フリップさんは、いろんなものをたくさんトレーラーに詰め込んで来たみたいだった。
おうちの雑貨屋さんから使えそうなもの──銃とか弾とか、そういうものを全部。
たぶん、砂漠で別れてからすぐに。
またなー、って、学校帰りのクラスメイトみたいな気軽な別れの挨拶の意味を、今になってじわじわ理解した。
もうあの時から『また』会うつもりだったからなんだ。
物騒なことになるって考えて、準備をして。
なんだか胸の奥がぎゅっとなった。
わたしは質問攻めにするのを止めて、翻訳機を両耳にかけた。
ありがとうって言いたくて、でもなんだか唐突すぎる。うまく説明する言葉がみつからない。
「どしたの、ミオ」
不思議そうな顔をしてフリップさんが首を傾げた。
ええと、なんていうか。
「フリップさんは……ギィもですけど、どうしてこんなにいろいろしてくれるんだろうって」
彼はぱちぱちとまばたきをしてから、頭の中で巡らせる思考を追いかけてでもいるみたいに、ぐるりと視線を回した。
「んー。ダンナが何考えてんのかはオレもワカンないけど。でもダンナが特別ミオを気にしてるのはワカるよね」
わたしはこっくり頷いてかえした。
たぶん、わたしが『人間』だってことと、ギィが人間の命令を受ける『兵器』だってことが、関係あるんだろうけど。
フリップさんは、ギィが兵器だと知っているんだろうか。
「前に言ったでしょ、熾青のダンナとは曾爺ちゃんの代からの付き合いだって。オレね、ダンナが居なかったら生まれてないんだよ」
「生まれてない……?」
「そそ。曾爺ちゃんの息子、つまりオレの爺ちゃんの命の恩人。ついでにオレもガキの頃から何度も助けられてるからさー」
そう言いながら、フリップさんは工具箱を引っ張り出す。さっきの細かい作業用のとは別のやつだ。
バイクの側に陣取ったところをみると、今度はそっちの整備をするらしい。
「コイツね、元々はオレのバイクなんだけど、金に困ってた時にダンナに買い取って貰ったんだ。おカゲでどうにか食いつないで、なんとかなった」
フリップさんはバイクの細かな傷を懐かしそうに撫でる。
「大事なバイクなんだね」
いろいろと規格外なギィに乗り物って、どうしても必要じゃないカンジだけど、そういう理由があったのか。
足も速いし空まで飛べちゃうギィが、バイクに乗って、ちゃんと使ってる。
道具は長く使うこと。それが大事にするってことなの。って、誕生日プレゼントの靴をもったいなくて履かずにいたら、お姉ちゃんに言われたっけ。
フリップさんも似たようなことを考えてるみたいだった。大事なバイクをギィが使ってくれてて、嬉しそう。
「そーゆーワケで、オレの一族、ダンナに貸りありすぎて頭アガんねーの。なにか手伝えるならソレやって、利子分くらいは返さないとね!」
ちょっとはにかんで、それからおどけたふうに笑う。そっか、恩返しかあ。
「ダンナはいっつもあの調子だから、今まで返済するスキもなくてさ。ミオのおカゲでツケコむいい機会ができたよー」
長い付き合いがあるわりに、関わりかたはそう深くもなかったみたいだ。
ギィは強くて、他人の手を必要としないから。
たぶん、強くあるように、つくられたヒトだから──
でもきっとフリップさんなら、ギィが兵器だって知っても気にしない。むしろカッコイイって言いそう。
気楽に茶化して、これまでと変わらないままなんだろう。
「わたしはギィにもフリップさんにも負債増加中だけど、分割払いはできますか!」
「んん、どうせオレもダンナに返さなきゃだし、メンドーだから交渉は直接アッチにまわしてクダサイ」
芝居がかった小難しい顔をつくるフリップさんに、わたしは笑った。冗談めかした謙虚さは、なんて優しいんだろう。
どうやったら、返せるのだろうか。
ギィが喜ぶこと、求めるものってなんだろう。
バイクの整備をするフリップさんの隣でつらつらと考えごとをしていたら、車のエンジンの音がゆっくり変わりはじめた。
だんだんとスピードが落ちて、そのうちに停まったみたいだった。
トレーラーの横のドアを、誰かが外側から開く。
ドアの縁に真っ黒い腕が見えて、尖った指先をかける。それだけで誰なのかわかった。
トレーラーは地面よりだいぶ高い位置にあるみたいで、腕の主は跳びあがるようにして中に入ってきた。
がっしゃん、
彼の着地と同時にトレーラーが重みで揺さぶられて、一瞬だけどななめに傾く。
積み込まれた荷物もいっせいにがちゃんって鳴るし、トレーラー自体も軋んでた気がする。
フリップさんはこうなることを予想してたのか、いつのまにかしっかりバイクを支えてた。
わたしはぐらぐらしておっとっとってなりました。わたしにも教えて欲しかった!
「オツカレ、あとどんくらい?」
「五k程でハンダーロウに着く」
フリップさんの問いかけに、電子的な美声がかえってくる。
だいぶぼろぼろになっていたコートは別のものに変わっていたけれど、おっきな長身はいつもと同じ。
「ギィ」
彼の姿が見えて、なんだかすごくほっとした。
真っ黒な顔がこっちに向けられる。何かチェックするようにじーっと見られてる気がしたので、ふんっと鼻息荒くガッツポーズをつくってみせた。
わたしは! 元気なのです!
隣でフリップさんが「なんかヘンなことやってんなー」って表情でわたしを見てた。
だってさっきのぐらぐらが、まだ具合悪くてふらふらなのかって思われたらいやなんですよ。
だから、別に奇行に走ってるわけじゃ、ないんだけど……そんなに変かな。
ちょっと不安になったところで、ノイズまじりの美声が響いた。
「五拾弐番区を調べる必要がある」
さらっとスルーされた。
逆になんか助かった。
「五拾弐番区って、わたしが最初にいたところ?」
「そうだ。人間が鍵となる扉が存在するならばその先にミオと関連した情報がある可能性が高い」
「アレー? ミオが寝込んでる間に行ったんじゃなかったっけ?」
フリップさんはバイクの整備を切り上げて、真っ黒い油で汚れた手をぼろ布で拭きつつ立ち上がる。彼の台詞にびっくりした。
わたしが寝込んでる間……、今まで何度か寝込んだけど、ギィが傍にいなかったことは一回しかない。
砂漠の街ザンツで、フリップさんの家に着いてからの、一回だけ。
あの時に彼は五拾弐番区にとってかえして、わたしのことを調べにいってたのか。
わざわざわたしを街まで運んで、それからまた深い深い地下へ。そんな往復、すごく手間なのに。
ああでも、出会ってすぐに外へ向かっても、食べ物のないまま何十時間もかかったんだから、ギィの判断には感謝しかない。
彼が言うには、あの辺りには滓以外の痕跡は残っていなかったんだそうだ。わたしの足跡は唐突に現れたように始まっていて、どこにもつながっていなかった。わたしの「気がついたらここにいた」という証言とは矛盾がなく、原因となる事象の追求よりも生命活動の維持を優先した、って。
ギィは何度もあの遺跡に潜ったことがあるらしくて、ある程度の構造は把握しているみたいな口振りだった。
淡々と、説明を続けるギィの、ノイズ混じりの声。
こんなふうに彼の口数が多くなるのは、きっとまた何かの決断を迫られるからなんだろう。それがわかって、なんだか肩の上の空気がぐっと重くなる気がした。
「五拾弐番区のいずれかの場所から滓によってあの場まで運ばれてきた可能性が高いと推測していた」
でも、痕跡はなにもなかった。
それならわたしの記憶のほうに問題があるのかもしれないと疑って、でもそれも違った。
後は、樹幹にあるっていう、人間にだけ反応する扉みたいな、ギィでも見つけられないような扉がもし五拾弐番区にもあったならば、そこがわたしと関係しているんじゃないかって。
樹幹と根っこは、繋がっているから。
それなら、わたし自身が行かなくちゃいけない。もう一度、あの暗い地の底へ。
ギィは真正面にわたしを据えて、じっと見下ろしている。
行くのか、行かないのか、選べということなんだ。
わたし、どうして、どうやってここに来たんだろう。
保護局のヒトたちがわたしを調べようとするのはなぜだろう。
わたしと『萌芽』した人達は何が違うんだろう。
もし五拾弐番区に、家に帰れる手段が──家に続く路があったとしたら、彼らはそれをどうするだろうか。
もし他にも、わたしみたいな『人間』がいたとしたら、どうするだろう。
人間を『ヒト』だと思っていない、彼らは。
過去とか未来とか、そういうのは難しくてわからない。でもきっと、よくないことになる。
たくさんある疑問の答えのいくつかは、あの地下にあるんだ。
「オレ、ミオが居たのは五拾弐番区だって言っちゃったから、保護局の奴ら絶対キテルよー」
「障害にはならない」
「うわーヤる気満々」
そう言いながらくすくす笑うフリップさんも、わたしにはやる気満々に見えた。
フリップさんは、ギィの手伝いがしたいんだって言った。
ギィがやろうとすることを手伝って、恩返しするつもりでいるんだ。
じゃあ、ギィがやりたいことって、なんだろう。
どうしてわたしの帰る場所を探してくれてるんだろう。
優しいヒトなのは、知ってる。
フリップさんと家族を何度も助けてくれたってことも、聞いた。
でも、彼が言うように、わたしだけ少し『特別』だ。たぶん『人間』だから。
兵器を使う、人間だから。
わたしは兵器なんて扱えないけど、もし、使える人がいるとしたら。いる、可能性があるのは、五拾弐番区だ。
ギィを見上げて、ヒトとは違うつくりの、感情があらわれない顔をじっと見つめた。
彼が何を考えているのか知りたかった。わたしもフリップさんと同じ。ギィの考えはわからない。
でも訊ねるのは怖かった。
ききたくない。
昔にどんな戦いがあったのか知らないけれど、結局みんないなくなってしまった。もう戦争なんかないんだ。二度と起きなければいい。そう思う。
でもそれって、ギィの存在を否定することにもなるんじゃないだろうか。
──兵器だから、使ってくれる人間を探しているの?
そんなこと、ききたくない。
人と変わらない優しさを持ってる彼と、人に使われる兵器だっていう彼と。
どっちも否定するのと同じだ。
訊けなかった。
はっきりさせるのが怖かった。
家に帰りたい。でも争いはいやだ。傷付けられるのもいやだ。弱くてギィに頼るしかないくせに、本当にわがままだ。
それでもギィは、そのわがままな選択をさせてくれてる。
この優しさに、わたしも恩返ししたい。
絶対に後悔するってわかる。もういっぱいしてきた。けど、何もしないでぬくぬくとギィの陰に隠れているのもいやだって思ったんだ。
わたしができるのは、選ぶことだけ。だから。
「行くよ、ギィ」
自分で選んで、行くんだ。