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晦冥の底から  作者: 歌瑞
16/24

16 Machinery:former



 その音と震動は、同時にやってきた。


 とても大きくて、堅いものが破られる、破壊の音。



 ───ぉぉ    ん。


 全身を揺さぶられて、どろどろした重たい眠りから放り投げられるように目が覚めた。

 頭がずきんと痛む。

 その痛みに身じろいだ拍子に、指先がぴくりと動くのを感じた。


 触れている、感覚が戻ってる。

 まばたきをしたつもりだけれど、視界は真っ暗なままだった。

 耳も奥のほうにおかしな圧迫感がある。


 動けるようになってはいる、でも状態は最悪みたいだ。


 ひとつひとつ、確かめた。


 指は。動く。

 爪先。曲げられた。

 腕、手首におさえつけるものがある。

 両脚、二箇所で動きをとどめられている───


 ああ、頭が痛い。

 自分の眉間がぎゅうっと寄せられているのがわかる。力を抜くことが出来ないぐらい、痛い。

 鼓膜に届く音が、頭の中に響いてすごくぐるぐるして、辛かった。


 わたしを拘束している機械が揺れるたびに、内臓もぐるぐるとかき混ぜられるような気がした。

 気持ちが悪い。吐きそうだ。



 どうしてこんな音と揺れがあるんだろう。今までは整然と、乱れなく制御されていたのに。



 ど、  ぉぉ ん


 まただ。


 様子がおかしい、気がする。

 この機械の、外の音が響いているんだ。


 なぜだろう、ずっと何もかもから遮断されて、音が洩れて聞こえることはなかった。


 それなのにこんなに響いて揺れるなんて。




 何が起きてるんだろう。

 機械から発せられていた『クライン種』のヒトの声が、今は聞こえないのと関係はあるんだろうか。


 もどかしかった。

 逃げるチャンスかもしれないのに、手足を縫いとめる拘束は緩む隙がない。



「…っう、うー」


 めいっぱい、両腕に力を込める。


 とにかく、ここから出なくちゃ───



 っが、

   ぎゅぃい───


 突然、真横から、何かが強い力でひしゃげて歪む、悲鳴じみた音がしはじめた。


 ぃぃぃい

    ぎぎぎ、ぎ


 な、に。

        ば、ぎんっ



 しばらく感じることのなかった風が、前髪をかすめていった。

 暗闇が追い払われて、降り注ぐ照明の光に、視界が真っ白に染まる。


 なに、が。



 よく見えない───


 何度かまばたきを繰り返して、目をすがめつつ見上げたそこには、黒い人影があった。

 片手に、わたしを閉じ込めていたはずの機械の『蓋』と同じ形のものを掴んでいる。

 そのヒトは、それを紙か発泡スチロールでできたものみたいに、重さを一切感じさせない動作で、ぽいと無造作に投げ捨てた。

 落ちた先で、ぎゅいががんって、耳を塞ぎたくなるような金属の折れ曲がる音と、重いものが床とぶつかって砕ける音が、振動と一緒に響く。


 めまいのせいでふわふわして浮ついたような思考が、いちばん現実味のあるものはどれだろうと、どうでもいいことを考えた。


 片手で持てる鋼鉄の蓋?

 軽そうなくせに大袈裟な音?

 それともピンチの時にタイミングよく現れるヒーローだろうか。


 とりあえず、なによりも、そうだったらいいなって思うのは。


「…ギィ」


 彼だ。



 でも、なんだかちょっと、様子がおかしい。

 わたしをじっと見下ろすギィの、黒くて硬そうな身体のあちこちを、青い光が炎のようにゆらめきながらはしっている。以前に見た時と比べると、その速さがずいぶんせわしない印象を受けた。


 ぴきん、ぱきん、弾むような金属音が、時折ギィの両腕から響く。

 コートの袖はまるで焼き切れたみたいにぼろぼろだ。何かが焦げるような臭いと、うっすらと立ちのぼる煙もその腕に纏っている。


 いつもと違うそのさまがなぜなのか、尋ねる前に、答えが目の前で展開された。


 ギィの尖った五本の指が、壁際の端末に突きたてられる。柔らかなケーキに簡単に入るナイフみたいに、ずぶりと。見た目だけはなんの抵抗もないように見えたけれど、金属が破られる暴力的な音が耳に痛かった。

 ばちんと一度火花が飛んで、ギィの腕の青い光がまるで何かを吸い上げてるみたいに上へ上へ、身体のほうへと激しい移動をみせる。

 やがてその流れがゆっくりになって、まばらになって、停止するかと思ったその間際に、もう一度火花が飛んで小さな爆発がおきた。

 煤けた臭いと煙をあげる端末は、爆発の名残のように音と光をぱちぱち散らす。

 無残に壊れたそれを、ギィの黒い腕がさらに容赦なく握り潰し、引っこ抜いて、拳を叩き込んだ。

 彼に触れられた機械の部品が、ぶすぶすと焦げ、泡だって、熔けていく。


 ギィの腕、熱くなってるんだ。


 だからコートまで焼けちゃってるんだ───


 すとんと理解したわたしに、そのギィの腕がのびてくる。

 ちょっとぎくっとしたけど、彼は器用に枷だけをつまみあげた。

 ギィの指に引っ張られた枷は、ぎしぎし、みしみし、とひどい音を立てて軋み、それでも拘束具としてしっかり造られているのだろう、なかなか外れない。

 たぶんわたしに気を遣って、ちまちまとしか力を使えないからだ。彼が本気でやったらすぐに千切れそうなのに。


「…ギィ、」

 唇がかさかさに乾いていて、しゃべりにくい。

「平、気、だから、気に、しなくて、い…」


 任せきりにするのが申し訳なくて、自分でなんとかできないかと身をよじる。

 なんなら、腕の一本や二本、折れたっていい。

 身体があげる悲鳴なんかきかなかったことにして、むりやり腕を引き抜こうと力を入れた。


「止めろミオ」


 あれ、なんだか普段と比べるとずいぶん早口。

 でも久しぶりにギィの声が聞けてうれしい。

 たった数日かもしれないけど、すごく長かったように感じてる。


 みしみしと嫌なカンジに腕の骨がしなっていく。歯を食いしばってぎゅっと目を閉じた。


 もうちょっと───



ぎぎゅるっ、

    べきんっ

「ひぁ」


 突然揺さぶられて、びっくりした拍子に力を抜いてしまった。


 目の前にはギィのがっしりした広い肩と、太い腕。

 わたしを捕らえているプレートが斜めにかしいで、床のほうで何かがばきばきと壊れていく音がしている。


 彼が、わたしをプレートごと脇に抱えて、その下に繋がる機械の塊にもう一方の腕を突っ込んでいる、らしかった。プレートが邪魔で真下で起きてることが見えない。

 ばちばちっと背後で火花がはじける。これは、ちょっと、こわい。


 すぐそば、目と鼻の先にあるものに手が届いたら、それだけで安心できる気がするのに。

 触れられない。


 ばち、ばちん!

「───ぃたっ」

      がしゅっ


 ───あれ。

 一瞬、びりっとしたと思ったら、呆気ないくらい簡単に、枷がはずれていた。


 うごける…動ける。


 こわごわ、腕を曲げる。ずっと同じ姿勢にされていたから、関節がぎしぎし痛んだ。

 視界に入った自分の手のひらが、握って、開いて、思い通りに動くのを確認する。


 よかった、動ける───


 そう思って身体を起こそうとして、でも、できなかった。

 めまいがひどい。

 忘れていたそれを自覚したら、気分の悪さまで戻ってきてしまった。

 ぐるぐるする。


 せっかく、すぐ、そこに、ギィがきてくれたのに。


 見上げると、ギィもわたしを見下ろしていた。ぱちりと視線が重なった気がして、理由もわからずに泣きたくなる。

 ゆるゆる伸ばしたわたしの手が彼に触れる前に、ぐいと引っぱりあげられた。



 後ろのほうでプレートががらがらと崩れていく音がする。

 彼の腕は、思っていたより熱くなかった。重い頭をギィの肩にもたせかけると、それだけで世界が柔らかく変わっていくように感じる。


 ああ───


「どうして、きてくれたんですか」

 いつかの時も、こうやって、きてくれた。


「記憶の確認は済んだのだろう」

 間近で響く電子的なその声に、こくり、頷いてかえす。

 あの機械の中に入れられて、頭の中をひっくり返すように浚われた。

 それでわかったのは、わたしが持っていたものはぜんぶ、最初から、わたしのものだったってことだけだ。

「ならばここに用はない」

 にべも無くそう言って、ギィは歩き出す。


 ───それで、いいのかな。


 どうしてわたしが『ここ』にいるのかは、わからないままだ。

 疑問が浮かび上がるけれど、舞い戻ってきた頭の痛みが、考えることを妨げる。

 ただ、ここには、いたくなかった。


 ぐずぐずと足踏みをするわたしの思考をよそに、ギィは迷いなく歩を進める。

 機械だけの小部屋をでて、グレーの壁の部屋へ。


 そこは前に見た時とすっかり様変わりしていて、呆気にとられてしまった。

 めちゃくちゃになってる。


 粉々に砕かれたパソコンらしき端末と、上から叩き潰されたようにひしゃげたデスクと。

 デスクの向こう、床の上に、ヒトの足が転がっている。 …上半身は物陰に隠れていてここからは見えない。

 ちらほらと炎が揺らめいているところもある。

 部屋で一番荒れているのは、破られた淡いグレーの壁だった。天井近くまでの、人が楽々通れそうな大きな穴が開いている。

 壁の厚さは三十センチくらいありそうで、石かコンクリートみたいな灰色の破片があたりにごろごろ転がっていた。



 「あーあ。てめえよくもここまで無茶苦茶にしやがったな、派手すぎる。追っ手がかかるのは免れんぞ」


 聞き覚えのある声が暗い壁の穴の向こうから近付いてきて、ギィがぴたりと足を止める。

 呆れた様子で後ろを振り返りながら歩み寄ってきたのは、ガルムさんだった。




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