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晦冥の底から  作者: 歌瑞
14/24

14 Trunk



 飛行機の操縦席には、モニターが据え付けられている。

 保護局から来たふたりは、それを使って外の様子をわたしに見せてくれた。


「ほらよ、あれが人間の巣だ。嬢ちゃんが入る新しい鳥籠だな」

 映しだされたものを、ガルムさんは侮蔑まじりに言いあらわす。

「ガルム!」

 たしなめるように彼の名前を呼んで、リーチェさんがきっとまなじりをつりあげた。

 硬そうな機械の肩をすくめてふんと鼻を鳴らし、そっぽを向いて、ガルムさんは彼女と視線を合わせようとしない。


 ……なんだかふたりのこのやりとりにも慣れてきたよ。

 きっとこれがいつもの、彼らなりのコミュニケーションなんだろう。そう思いながら、わたしはモニターをじっと見つめた。



  『人間管理保護局』は、おおきなおおきな、富士山がねじれながらぐーんと上へ伸びていったらこんな風になるんじゃないかってくらいにおおきな『樹幹』の、一際太い根っこの上のほうにある、ぽつぽつと空いた穴のあたり、らしい。


 モニターには正面だけじゃなく、真下や左右の景色も映ってる。

 いくつにもわかれた根っこの先のそれぞれに、人の手で造られた建物っぽい、四角いものが集まっていて、それらを細い線がつなぎ、樹幹を丸く囲っていた。大地を走るその線は、たぶん道路なんだろう。

 昨日までの砂しかなかった砂漠とうって変わって、周囲には緑が見える。気温は下がってるはずだ。

 街が根っこの先に点々とあるのは、そこより樹幹に近付くと、根っこのせいで日当たりが悪くなっちゃうからかな、と考えた。


 滝のように水を溢れさせ、傍らに湖をつくっている根っこもあって、そのまわりにはたくさん木が茂っている。おっきな木の根っこの上に小さな木が生えているように見えるのは、ちょっとシュールだった。

 真っ白い何かがはためいて空中を滑っていくのも見える。きっと鳥だ。

 乾いた砂ばかりのザンツと比べると、環境が穏やかで住みやすそう。


 ───保護局は、違うみたいだけど。



 だんだん近付いて、四角いモニターのほとんどを埋めていく根っこは、色褪せたような灰色をしている。見た目の質感は石とも金属とも言いがたい。硬くて冷たそうなのに、いつぐにゃりと動き出してもおかしくないような、そんなイメージも感じる。

 どうしてか、ふとギィの姿が思い出されて、ぶるぶる首を振った。


 なんだろう、心細いから?

 彼を頼って弱音を吐くのはまだ早すぎる。

 しっかりしなきゃ。



 遠くからも見えていた穴には、あきらかに根っことは材質が違うもので足場が組まれている。

 ぽっかり空いた穴と、その下に張り出した足場。鳥の巣箱にそっくりだ。

 この飛行機が目指して進んでいる所が、頑丈そうで平らなその足場なのだと気が付いて、ガルムさんが『巣』と形容するのに納得した。


 根っこに空いた穴は木のうろのようで、あんまり、『人』が住む所には見えないから。









「がーるぅー!」


 飛行機の扉が開いたとたんに聞こえてきたのは、かわいいこどもの高い声だった。

 真っ直ぐな黒髪の、白くて袖のないシンプルなワンピースを着た五歳くらいの女の子が、両手を伸ばしてかけてくる。

 ああ、そんな走り方じゃ転んじゃう、ここは高所で風も強いのに───そう思って見ていたら案の定、びゅうっと吹きつけてきた風によろめいて、小さな脚が足場へ上がる段差に引っかかった。


 ぎゅいん、という機械音と一緒に風が巻き起こって、わたしとリーチェさんの間を駆け抜ける。


 一瞬後には、白い人が女の子の身体をすくいあげて腕に抱える姿があった。


「慌てて走るなと言ってるだろう、馬鹿が」

「ばかじゃないもん!」

 むうっとふくれた女の子は、怪我がないか確かめようとしているのだろう、あちこちを覗き込もうとするガルムさんの顎と頬に小さな手をあてて、ぐいぐい押し返そうとしている。

 ほっぺたの皮膚が多少面白い形に歪むものの、力の差ははっきりしていて、隅々チェックされた女の子はご機嫌ななめな様子でぺちぺちと彼の頬を叩く。


 その怒った顔が、リーチェさんにそっくりだった。


 姉妹…じゃないはず。萌芽した人間に家族はいない、そう聞いたばかりだ。

 二人を交互に見るわたしの疑問に、リーチェさんはすぐ気が付いたようだった。

「彼女はラシェイル。わたくしと同じRに分類される人間です」

 自分の名前を聞きつけたのか、女の子のきょとんとした大きな瞳がこちらに向けられる。

 その瞳の色も、少し茶色が入った翠の瞳だった。リーチェさんと同じ。


「分類っていうのは…」

 もしかして───

「ええ、同じ遺伝子を持っているのですよ」

 こくりと頷きをかえすリーチェさんに、二十五種ってそういうことなのか、とようやく理解した。

 全滅したって涌いてでる、っていう台詞も。

 まったく同じ姿形で、二十五種。失っても、同じものが、また。

 それが『萌芽』なんだ。


 おなかの奥から首の後ろへと、冷たくてきもちのわるいものが這い上っていくようだった。


「わたくしとラシェイルの名はRから。ガルムの呼び名はGとRから生まれたM───男性体、という意味からきています」

「…えっ」

「ここでは人間はそうやって分類されて、個体ごとの識別はあまりされませんから、覚えておかれたほうが良いかと思います」

 すっごくさらりと語られたけど。ちょっと待ってください、それって。

「じゃあ、ガルムさんは」


「ええ。ガルムはわたくし、Rの子にあたります。 …かといって、わたくしが産んだわけではないのですけれど。あんなに図体ばかり大きなこどもは産んだ覚えがありません」

 澄ましてそういうリーチェさんに、渦中の人物がくるりと振り向いて視線を投げた。

「聞こえてるぞ。誰がガキだ」

 苦い顔でガルムさんが吐きすてる。その左腕に腰かける女の子が、歳相応のぎこちなさで手を振ってきた。

「りー、むーたん、こわれちゃったの」

 若干眉をハの字にさせてたどたどしく紡がれた言葉に、リーチェさんは柔らかく微笑んだ。

「だいじょうぶ、直しますよ。お部屋で待っていてくれますか」

 耳に優しく届く、暖かい声に、女の子がうんと頷いてかえす。


「俺は調整室へ行く。リーチェ、あと頼む」

 ふたりの会話をじっと見届けてから、ガルムさんはそういい残して穴の奥へ歩き出した。

 左腕に抱っこしている女の子が、小さな手を伸ばして顔に触れようとするのを、右の手のひらで邪魔そうにいなしつつ。


「ケガしてるー!」

「違う汚れただけだ」

「ケンカはめーよっていったのにー!」

「してない」

「ウソもめーなのよ!」

「…ああうるせぇ」


 邪険な態度のわりに、腕からは降ろそうとしない。聞こえてくる会話は小さな子のほうが妙にお姉さんぶっていて、大のおとながやりこめられてる。思わずくすりと笑ってしまうような、微笑ましいやりとり。

 父と子のようでありながら、母と子であり、 …でも、直接のつながりがあるわけじゃない。

 切なくなるような関係に、鼻の奥がつんとする。


 『萌芽』って、どうして、何のためにあるんだろう。


 ガルムさんの後姿を眺めていたら、隣からささやかに笑い声がした。

「ね、似ているでしょう」

 にこりとリーチェさんが笑みを浮かべている。


 似ている、って───昨日言っていた、ガルムさんとギィのこと?

「ギィって、あんなですか?」

「あの後ろ姿、そっくりだと思うの」


 彼女が指し示す先には、硬そうな機械の背中越しに、小さな女の子の手のひらがぱたぱたと動いているのが見える。


 ……まさか、わたしがラシェイルちゃんのポジションですか!

「そんなにこどもじゃないです…」

 むくれて否定したけど、反論は結局しりつぼみだった。

 自分ひとりじゃ何もできなくてギィに助けてもらってばかりな自覚はある。おまけに、左腕の上。

「庇護の対象であることに変わりはないと思うわ。何があってもきっと救ってくれるでしょう」

 にこりと穏やかに笑みを浮かべるリーチェさんになんにも言えなくて、わたしは口をぎゅっと閉じたまま、彼女の後について穴の奥へと歩いた。




 鉄骨で骨組みされているらしい足場の奥、根っこの穴の大きさは、二車線の道路が入るトンネルくらい。以前五拾弐番区で見た根っこと同じように、見たカンジは木にそっくりだ。

 けれどその上に自分の足で立ってみると、持っていたイメージよりずっと硬い感触だった。

 コンクリート…とも違うし、金属というにはなんだか、生き物めいた印象が強い。


 太陽の光が入らない奥までくると、剥き出しの配線が穴の両脇の壁をつたって、点々と照明が設置されているのに気が付いた。

 木にむりやり電灯をくくりつけたような、ちぐはぐさ。

 それは、穴の奥にあった鉄の扉を越えてからも感じることになった。



 ここまでは『ヒト』が手を加えたもの、でもここからは違う───

 そういう、境目が目立つ通路。


 根っこの部分はすぐにわかる。

 継ぎ目がまったくなくて、パッと見は人がつくったものよりキレイ。けど、時々思い出したようにおかしな形にでこぼこと歪んでいて、根っこが浮き出て壁を這っているのが、お化け屋敷みたいでちょっとイヤだ。


「リーチェさん、ここに滓はいないんですか?」

 根っこの中には滓がいるって聞いていたのに。

「樹幹と根とは門によって遮断されています。ここは完全に隔離した空間ですから、大丈夫ですよ」

 わたしはそうですかと相槌をかえしながら、通路の壁を見た。

 つまり、保護局があるエリアにはいないけど、壁の向こう側にはいるかもしれない、ってことだよね。

 すごく、怖いところだ。

 ほんの数歩の距離の先に、得体の知れない生き物が潜む闇がある。



「……この先は、あまり喋らないほうがいいでしょう」

 ぽつり、リーチェさんは呟くように言葉を落とした。

「どうして、ですか」

「無駄だからです」

 ばっさりと切り捨てるような答えにショックを受けるのと一緒に、既視感を覚えた。


 それは、感じたことがある。訴えても、無駄なんだって。

 必死に叫んで抵抗しても、まるで通用しない、無力感。


 あの時の恐怖と嫌悪と、諦めの気持ちが思い出されて、粟立った腕をごしごしさする。

「…ハイ」

 わかってた、つもりだけど。

 ……やっぱり怖いなあ。




 それから、彼女について歩いて、つきあたりの扉をくぐって、横にスライドするドアを通って。

 薄暗かった通路よりも明るい照明の光が、リーチェさんの肩越しに降り注ぐ。

「R1‐258、戻りました。今回収容した人間は歩行可能な状態でしたので、直接連れてきています。こちらに」

 わたしの真正面に立っていたリーチェさんが一歩横にずれ、先の様子が伺えるようになった。


 淡いグレーの壁、いくつかのデスク、なにかの作業中だったのか、手にノートサイズのボードを持って立っているヒト───



「珍しいな、五体満足とは」



 ノイズ混じりの、声。

 女性にしては低く、男性にしては高めで、どちらともつかない中性的な音。


 そこにいたのは、わたしよりも少し背の高い…それから、奇妙に腕の長い、ヒトだった。


 ───このヒト、たぶん『クライン種』だ。


 ギィみたいに、つるりとして硬そうで、でも混じり気のない黒色の彼とは違って、茶色っぽい光沢がある身体。

 人間とも、フリップさんみたいな『ティア種』とも違う。ギィと同じように動かない、感情の読めないつくりの顔だ。


 ただ、興味深いものを観察する不躾な視線だけは感じられる。

 じろじろとわたしを上から下まで眺めまわしているのが、人間と同じ眼球でなくてもよくわかった。

「前時代の特定地域言語を使うと言っていたヤツか。 …これは面白い。包台に入れろ」

 電子的な声がさっきよりもほんの少し、上擦って聞こえるのは、興奮しているからだろうか。

「はい」

 堅い声で、リーチェさんが返事をかえす。

 彼女はわたしの肩に手をかけると、ぐいと押して歩くように促してきた。



 視界の端で、そのヒトが手に持っていたボードを近くのデスクの上に投げ出して、パソコンみたいなものへと、細くて節くれだった指をのばすのが見えた。

 ピー、という電子音の後に、そこから声が響く。

『…はい?』

「戻れ、面白いものがきたぞ。もしかしたら隠れた巣が見つかるかもしれない」

 弾む調子のその声は、新しい玩具を見つけたこどもみたいに、わくわくしているようだった。





 強い力に促されるままグレーの部屋を進み、奥にあったドアの向こうへ、押し込まれるように入る。


 そこは小さな部屋だった。

 狭い空間のほとんどを圧迫する大きな機械の塊が、真ん中に据えられている。リーチェさんは隅のほうにあったワゴンを引くと、わたしに振り返った。


「着ているものを全て脱いでください」

 そう告げる彼女の表情は、びっくりするくらい何もうつしていなかった。

 丁寧な言葉遣いで穏やかな印象が強いけど、意外と怒ったり笑ったり、くるくるとよく表情が変わる人なのに。

 彼女は感情をあらわさないまま、有無をいわせない雰囲気で、てきぱきとわたしの服を剥いでいく。

 任せっぱなしにするのは、ついさっき「こどもじゃない」と言葉にした矜持もあって、慌てて自分の襟に手をかけた。


 そうして、下着まで全部脱がされて、変わりに着せられたのは。


 ───シンプルなワンピース?

 ちがう。


 こういうの、なんていうんだっけ……たしか、貫頭衣。入院してる人が、着るような。



 わたしはぐっと奥歯を噛み締めた。

 そうしないと、なにかがこぼれ落ちてしまいそうだったから。



「…ミオさん」

     しゅ、

 わたしの名前をリーチェさんが口にした、その音にかぶせるように、部屋のドアがスライドした。

「遅い。さっさとしろ」

 さっきのクライン種のヒトがそこに立って、そう言い放つ。

「申し訳ありません」

 リーチェさんは素早く返答して、わたしの肩に手をかけ、機械のほうに押しやろうとする。


「待て、それはなんだ」

 上から命令することに慣れた様子のそのヒトは、くいと顎でわたしを指し示した。

 『それ』が何かわからなくて聞いてるんじゃない。『それ』の存在は認めない、そういう傲慢な響き。

「彼女には媒体が組み込まれておりません。これを外すと命令が理解できなくなります」

 ああ、翻訳機───フリップさんとギィが、わたしに最初にくれたもの。

 わたしの肩に置かれたリーチェさんの手に、ぐっと力がこもった。

 それが、彼女が出来る精一杯の、わたしを守るための行為なんだと気が付いて、胸のあたりがきゅうっと苦しくなった。


 ああ、わたし、ほんとうに、わかってた『つもり』だったんだ。


 言葉が通じなくなるのは、あのヒトにとっても都合が悪いことなのだろう。忌々しげにぎぎ、と擦れるような音がした。


「入れろ」





 その機械は、剥き出しの導線やチューブが絡まる金属の骨組みの先に、大小様々なかたちの湾曲したプレートが繋がれていて。

 そのプレートの配置が、そこに収めるものが何なのかを、はっきりとあらわしていた。


 ひとの姿をなぞってる。


 リーチェさんに背中を押され、機械の上に乗ると、それぞれのパーツが動いて角度と位置を変え、わたしの身体に合わせた形に変化した。

 身体も手足も、ぴったりした窪みに落とされたみたいにはまってしまっている。


 わたしが身じろぎもできないくらいになっているのを確認して、リーチェさんは壁際へ手を滑らせた。

 そこに、この機械を操作するための端末があるんだろう。

 ぴ、ぴ、という小さな電子音のあとに、しゅんと音を立てて、プレートの隙間から半環状のものがいくつも突き出した。

 手首、二の腕、肩、腰、膝上、足首。

 それぞれの箇所をぐるりと囲うと、それは風船みたいに膨らんでいく。ぎゅ、と圧迫して、締めつける力には容赦がなかった。


 リーチェさんは表情のないまま、後ろへ下がってわたしから離れた。

 綺麗な人だから、無表情だと、すごく人形めいて見える。

 …照れてはにかむ微笑みが、かわいい人なのに。





 磔にされたわたしの上に、機械の『蓋』がおりてくる。







 わかってた、『つもり』だった。







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