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晦冥の底から  作者: 歌瑞
12/24

12 Knight



「で。テメエは何なんだ」

 顎をしゃくってギィのことを指し示し、ガルムさんが言う。

 沈黙して答える様子のないギィを胡乱げに睨みつつ、彼はそのまま続けた。

「だんまりか。じゃあ勝手に推測させてもらうがな。探知機に引っかかってかつ番号がふられてる、つうことはヒトじゃねえだろう。兵器の類か」


 ヒトじゃない。ギィが?


「遺物が反応するんだ、前時代からの生き残りだな。淘汰されるべき廃残のガラクタが今になって動く理由はなんだ」


 矢継ぎ早に突きつけられた情報に、目が回りそうだった。

 兵器。世界が壊れる前の。ギィが。

 ぎゅっとギィのコートを握りしめる。指先の感覚が痺れたように鈍くなってうまく動かない。しっかり掴まえていないと、何かを失ってしまいそうな気がして怖くなった。


「…あくまで黙秘か? それとも情報の開示許可をされていないか。んじゃあ嬢ちゃんに聞こうかねえ? そのご執心っぷりからみるに、あんたが主だろう」


 ガルムさんのするどい視線がすい、と滑ってわたしへと移される。

「その古くさいオモチャがどれだけイカれたもんかわかってんのか。わざわざ人の形を模倣してんのは、人が居る空間に入り込む為だぞ」

 瞳のない、白い左の目がひどく酷薄な光を宿しているように見えた。

「なんの事だかさっぱりって面してんな? あんたは人間の群れの中に対人兵器を引き連れて行く気なのかって聞いてんだよ」

 男の人に容赦なく睨まれた経験なんてそうない。荒い語気に肩が反射的に震える、それとほぼ同時にわたしの服の背中を掴んだギィの腕が彼の後ろにまわされて、その大きな身体の陰へと引き込まれた。

 視界いっぱいに、ギィのコート。ガルムさんの視線が遮られる。


「歪変前の記録は残っていない。実行すべき命令も下されていない」

 わたしを庇ったギィの、かすかなノイズまじりの声。


 否定はなかった。

 人間の敵で───兵器。




 ……だったら、なんだっていうんだ。




 わたしはギィの腕の下をくぐり抜けて彼の前へと滑り出た。背中をぎゅうぎゅうとめいっぱい押し付け、彼を後ろにやろうとしたけど、 …駄目だやっぱりびくともしない。

 身長も全然足りてなくて、ギィがしてくれるみたいに全部隠して庇うなんて出来っこなさそうだけど、でも。


「ギィはなんにも悪いことしてないはずです!」


 そんなふうに冷たい目でギィが睨まれるのは、いやだ。

 来なきゃよかったって、もう後悔してる!


 この人がなんだか先行きが不安になるようなことを言うから、ギィはもうちょっとわたしに付き添ってくれようとしたんだろう。

 その結果招いたものが、彼を悪いものだと断定した視線と、尊厳を貶めるような言葉なら、最初から来なければ───



 、ちがう、わたしがもっとしっかりしてればよかったんだ。

 わたしが。泣きそうになんか、なってるから。


「だ、から」


 ギィを『そんなふう』に見ないで欲しい。

 泣いてるわたしを見過ごすこともできないような、優しい『人』なのに。



 わたしのせいだ。



 情けない。

 視界はあっという間に眼球に張った水の膜でぼやけてしまって、睨み返すこともできない。 

 こんなに涙腺弱かったっけ。

 わたしは泣いてばかりだ。なんて役立たず。




 からからから、

「なにをしたんです、ガルム」

 凛とした声が空気を打った。

 思わずまたたいた瞼から雫が転がり落ちて、視界がクリアになる。


 からからと軽い音を立てていたのは銀色のワゴンだった。

 リーチェさんはそれを押して進み、まんなかあたり……わたしたちとガルムさんの間までくると、足元のストッパーをきゅっと踏んでワゴンを固定する。

「女性を泣かせるような最低な真似をするとは見下げ果てた男ね」

 そういって左手を腰に当て、かつんと靴底を鳴らしてガルムさんに向き合った。すらりと伸びた手足とキレイな姿勢はモデルみたいで、後ろからでも迫力あるオーラみたいなものを感じる。


「いや、ちょっと待て」

 彼はそれまでわたしとギィに見せていた高圧的な態度をがらりと変えると、すごく慌てて両手をあげた。

 こういうの、なんて言うんだっけ。ホールドアップ、手を上げろ! っていう、カンジ。

「俺はこいつらに」

「お黙りなさい」

 ぴしゃり。

 問答無用、有無を言わせない勢いにガルムさんはたじたじになって、ベンチの上を後退る。


「大方いつもの悪い癖が出たのでしょうけれど。子供のような振る舞いをするのはおやめなさい、格を下げます。だいたいあなたは───」

 口を挟む隙がまったく見つからない勢いでリーチェさんが彼を責めだした。


 …なんか小言のお説教タイム始まっちゃった。


 さっきのなごりが残る鼻をすんとすすったわたしの肩に、大きな黒いものが降りてくる。ギィの手だ。

 首を後ろのほうへ捻って見上げると、ぴくりと彼の指が動いた。

 そのままゆっくり肩から離れて曲げられた指の背が、ほっぺたに触れるか触れないか、産毛を撫でるような微妙な位置を滑っていく。


 くすぐったいよ?


 正面でガルムさんがものすごーく叱られてるけど、ギィはあんまり、そっちを気にしてないみたいだ。

 わたしなんかに庇われなくても、元々そんなに堪えるようなことじゃ、なかったのかな。


 彼の指が頬から目元まできて、どういう意図だったのかやっと気が付いた。

 涙のあと。拭ってくれてる。


「ですから先々のことも考えなさいと言っているでしょう。あなたはいつもそうやって思いついたまま動こうとするんですから」

 滔々と語られるお説教からうんざりした表情で目をそらしたガルムさんは、ちらりと真ん中にあるものを盗み見る。

「ああわかったわかった悪かったよ。それよりもお前、茶を淹れてきたんじゃないのか」

「あっ」


 はっとしたリーチェさんは慌ててワゴンにとびついた。

 そこに広げられていた白い布を払うと、その下にあったティーセットからポットを取り上げて、あたふたとカップに傾ける。

 琥珀色の液体が注がれて、ふわりといい香りが漂ってきた。

 これ、紅茶だ。

「ああ…ごめんなさい、蒸らしすぎてしまいました…」

 しょんぼり。

 まさにそういうカンジで肩を落としたリーチェさんは、じっとカップの中味を見つめ、それからわたしたちに視線を移し、もう一度カップを見つめ…

 淹れなおそうかどうしようか、迷っているみたいだったから、わたしは両手を差し出した。

「それ、貰えますか」


 わたしのために怒ってくれて、それでちょっと濃くなってしまったのだ。

 飲ませて欲しい。


 彼女は一度、ぱちりと長い睫を瞬かせてから、ふにゃりと眉尻を下げた。

「……いいかしら? あの、本当はもう少し上手く淹れられるのよ…」

 頬をほんのり赤くして失敗を恥ずかしがる表情が、なんだか、この人すごくカワイイ。

「ください」

 ちょっと和みつつ繰り返し催促すると、はにかんだ微笑みがかえってくる。

「砂糖はおいくつ?」


 ……和むんだけど、背景にものすごくコワイカオしてる人がいて、和みきれないなあ。


 どうぞ腰掛けて待っていて、と促されてたので、ギィの様子を伺い見ると、彼もわたしを見下ろしていた。

 ふたりでちょっと顔を見合わせてから、どちらからともなくすすっと移動して……ガルムさんの正面からずれた位置に並んでベンチに座る。


 だってあの人ヤなこと言うし!


 それで、ガルムさんに近いほうの場所をとるギィはやっぱり優しいと思うんだ。


 ガルムさんはむすっと不機嫌な顔でベンチに片足をあげ、その上に行儀悪く肘を置くと、ギィを睨んで低く言い放つ。

「これだけは答えてもらおう。てめえに命令を下せる資格を持つのは、人間か」


「そうだ」


 淀みのないギィの返答から、いろいろなことがぼんやりと透けて見える。

 兵器であることが前提の質問に、肯定で返したこと。

 『対人兵器』に命令できるのが、人間だということ。


「やっぱり戦争か」

 くだらねえ、そういう呟きとともに、鋭い視線が外される。


「俺達はな、保護局でずっと使役させられてるんだ。おそらくはその戦争で使われた遺物を掘り起こすために」


 ガルムさんはそれまでとは打って変わって静かに語りだした。

 どこか遠いところを見つめるような、ここにはない何かを探すような目で。


 それに気遣うような視線を投げつつ、リーチェさんが紅茶のカップを渡してくれる。

 ギィは、受け取らなかった。


「全滅したってどうせ後から涌いてでる、そういう扱いで滓の蔓延る樹幹の奥へ送り込まれる。人間にしか反応しない扉を開けさせて、それさえ出来ればあとは用済みだ。負傷した奴は捨て置かれる。体面があるから外よりマシな生活はできるが、 …船を降りるんなら今のうちだぞ」

 最後の言葉はわたしへ投げかけられたものだ。

 樹幹とか、わからないことも多いけど……牢獄って言った意味はちょっとわかった、気がする。


 でも、降りたところでわたしに何ができるんだろう。

 何も…



「ミオ」

 隣からノイズの混じった美声が降ってきて、思わず俯いていた頭をぱっとあげた。

 口数の少ないギィに名前を呼ばれることってあんまりないから、びっくりするっていうか、なんかどきどきする。

「家に帰りたいと言っていたな」


 …うん、言った、すごく昔な気がするけど、まだ一ヶ月も経ってない、ギィと出逢った時に。

 頷いて返す。

 彼はじっと、わたしを見下ろしている。


「今も意思は変わらないか」


 ───帰れるものなら。

 かえりたい。ここにいるわたしは、何の役にも立たない。


「ハイ」

 もう一度頷いた。

 ギィは何を考えているんだろう。


 彼は少し置いて、ガルムさんへ向き直った。

「記憶の改竄が疑われると伝達させたはずだが」

「…そういや、そんなこと言ってたっけか」

「聞いています。使用言語が日本語のみとのことでしたから、わたくしとガルムは事前に言語情報を書き加えてきたんです」


 …そういえば、話通じてる。


「出自が不明瞭だ。設備が整った施設で調べる必要がある」


「───てめえ、保護局を病院替わりにするつもりか。確かに、病原菌でも持ち込まれちゃ困るから一度検査はするが…」

 ガルムさんは呆れた顔で、リーチェさんは戸惑った様子で顔を見合わせた。

 もしかしてギィ、あるかどうかも疑わしい「家」にわたしを帰そうとしてくれてるの…?


「あまりおすすめできませんわ。ミオさんは……」

 ちらりとわたしをみて、言い淀む。

 ガルムさんも急に難しい顔になった。

「…嬢ちゃんは特殊すぎる。見るからに『萌芽』した人間じゃない。交媾や複製にしちゃ欠けが見当たらない。完璧な健康体に見える」


「どういう、ことですか」

 見た目でわかることなんだろうか。


「壊れる前の人間なんざもういないってことだ。俺達も壊れている」

 そう言いながら、ガルムさんは動きを確かめるように機械の手のひらを閉じたり開いたりした。

「わたくしは『萌芽』の生まれですけれど、わたくしを複製してつくる人間はどの子も足が欠けてしまうんです」

「俺は交媾で生まれたらしいが、元からあった手足は捻じ曲がってまともに使えやしない代物だった」


 ───遺伝子異常。


「欠損のない身体を持つのは『萌芽』した人間だけです。『萌芽』した、二十五種に分類される人間だけ。ミオさんはそのどれにも当てはまらないのです」

「局に入ったら二度と外には出られんと思ったほうがいい。貴重な標本として扱われるだろう」

「不安にさせるよりはと思っていましたけれど。生きていく術が他にあるのなら、そちらを選んだほうが賢明です」

 リーチェさんは申し訳なさそうに一度俯いてから、訴えかけるようにまっすぐわたしの目を見つめてくる。

「第一な、そのお供連れて局入りすること自体が無謀だ。蜂の巣突付いた騒ぎになるぞ」

「…呆れた、この方を乗せるって言い出したのはあなたでしょう、何を今更───また何も考えていなかったのですか」

 再びお説教が始まりそうな雰囲気に、不味いとおもったらしいガルムさんがきゅっと口元を引き結んだ。



「中央府へ入る前に別行動をとる。ミオ」

 また、名前を呼ばれた。

 どうするのかと。行くのか、行かないのか、どちらを選ぶのかと、選択を迫られている。


 ここで行かないって言えば、きっとギィはその通りにしてくれるんだろう。

 たぶんそのほうが、わたしは安全に生きていける、気がする。

 でも。


 そうやって、ギィに何もかえせないくせに頼って、甘えて生きていくなんて、いやだ。


 帰る場所があるならそこへ戻るべきだし、もし、なかったとしても。


「わたし、行きます」



 ギィは無言のまま、頷いた。






   ※  ※  ※






 目的地の中央府へは、まる一晩かかるらしい。

 この飛行機には狭いけれど仮眠用のベッドルームもあって、今晩はそこを借りて眠ることになった。

 わたしとリーチェさんのふたりで。

 ようやくつくったスペースに二段ベッドをふたつ、ぎゅうぎゅうに詰め込んだようなカンジで、うん、正直ここにギィとかガルムさんが入れる気がしない。

 縦幅も横幅もきっと足りない。

 男性二人がベンチとか操縦席とか、そのあたりを選んで居るのは、たぶんそういうことなんだろうなあ。



 毛布に包まってもそもそと座りのいい位置を探っていると、向かいのベッドに腰掛けたリーチェさんが語りかけてきた。

「今日はごめんなさいね。あの男は、初めて会った人間の怒る顔が見たくて仕方がないのよ」


 なに、それ。すごくメイワク。

 そう思ったのが、そのまま顔に出ていたんだろう。リーチェさんはちょっと苦笑いをしてから、じっとわたしを見つめてきた。


「あなたは幸運ね。人が怒るのは、大切な何かを傷つけられたり、奪われたりするからだわ。身ひとつでこの世界に萌芽するわたくし達『人間』は、どんな生物でも持っているはずの連なる系譜さえ持たない。そのことを知る前に、己が身すら取り上げられるのが人間よ」

 静かに、ゆっくりと語られる話の内容が、じわじわと頭に染みこんでいく。

 ……そうか、誰でも有るはずの親という存在が、無いんだ。

 肉親を持たずに、たったひとり。

「生まれ落ちて何もわからぬうちに喰われてしまうか、生かされても家畜同然の扱いを受けるか……大概はそのどちらかね。保護局に収容できるのは生き延びた後者だけれど、 …どの子も皆、酷い状態で保護されるわ」


 保護条例なんか守る奴いない。そう、フリップさんが言っていたのを思い出す。


「わたし…」

 何も言えなかった。

 死んでいたかもしれない、そういう状況で、わたしはギィに救われて、フリップさんとお姉さんにこれ以上ないってくらい親切にしてもらった。

 植えつけられたものかもしれないけれど、それでもわたしは両親がいて、友達がいて、平凡な日常を暮らした幸せな記憶がある。

 どれだけ恵まれた環境にいたのか、理解していなかった。

 今だって、本当の意味で理解しているとはいえない。その辛さを経験したことがないから。

 もしかしてガルムさんは、のうのうと苦痛を知らずにいるわたしに腹を立てていたのだろうか。

 それならと、思ったんだけれど。


 リーチェさんはたわいない悪戯で遊ぶこどもを見るような目で淡く笑う。

「ガルムが人を怒らせたがるのは、怒るだけの大切なものと気力があるなら、そう簡単に死にはしないだろうって、自分が安心できるからなのよ。身勝手よね」

 ……なんだか拍子抜けしてしまった。


 彼も、優しいひとなんだ。

 人間が、絶望から生きる意思を失くしてしまうのを恐れている。


 最初はどうしてこんなに突っかかってくるんだろうって不思議だったけど。


 そういえば。

「リーチェさんは最初から、ギィのことあんまり警戒してなかったみたいですけど…どうしてですか?」

 不思議に思っていたことを聞いてみたら、彼女はくすくすとちいさく声をたてて笑った。

「だってそっくりなんですもの───ガルムと。あなたを抱えて、どんな被害も及ばないように。それを第一に考えた行動がそのままそっくりなの」


 …ギィとガルムさんがそっくり?


 納得がいかずに微妙な顔をつくるわたしに、リーチェさんは苦笑した。

「さあ、もう寝ましょう。明日の朝には保護局へついてしまうわ、そうしたらきっと…忙しく、なるから。今のうちにたっぷり休んでおいたほうがいいと思うの」

 そういって、指先で壁の一部をつるりと撫でた。そこにスイッチがあったらしい。

 照明を落とした薄暗い闇の中、内緒話でもするように声を潜める。

「わたくしもね、幸運だったのよ。双葉が開く前に、保護局に発見されたの」

 彼女は、こうやって共犯者めいた告白をすることで、わたしの罪悪感を軽くしようとしてくれてるんだろう。


 ああ、わたしは本当に、幸運だ。





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