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晦冥の底から  作者: 歌瑞
10/24

10 Advance



「あ、ミオ。明後日保護局から迎えが来るってさ」


 え。


 フリップさんはお店のカウンターでなにやら作業をしながら、さらっとそう告げた。

 彼はバッテリーらしき箱とケーブルで繋がったものを片手に持っていて、度々その手元からぎゅぃぃぃん、とドリルが回るような音がする。

 電動ドライバーかな、と頭の隅っこは推測していたけれど、要の中枢のほうは突然言われたことに大パニックだった。


 今日の午前中にひとりで出掛けてった理由はそれだったんですかっ!

 というか明後日迎えってどういうこと!

 二日後ですか?!

 いつの間にそんな話になってるんですかっっ!!


 十日後に通信が繋がる、と先日聞いた。今日がその『十日後』だった。

 きちんと順序だてて考えれば、フリップさんは携帯電話を持っていないし、おうちにも固定電話はないみたいだから、このザンツの街で通信設備のあるところってきっと貴重なんだと思う。

 ましてや繋がる期間が限定されるなら、その時間も貴重で。もしかすると、たくさんヒトが集まって混雑するのかも知れない。

 それならわたしは近づかないほうがいい。だから当事者ではあるけれど、立ち合わせてはもらえなかった。それは理解できる。


 どうして突然、迎えなんて。

 わたしはギィが連れていってくれるんだと、そう思ってたのに。


 ───ああ、違う。

 連れいってくれるつもりなら、留まって通信が繋がる日を待つより、先に進んだほうが効率がいいはず。

 ギィのバイクで二日で着くような距離なら、やっぱり待たずに進むのが合理的だ。

 そうしないのは、バイクだと十日以上かかるような距離を、よりずっと速く進むものがあるからなんだ。

 こちらから向かうより、来てもらったほうが手っ取り早い、そういうものが。

 最初から、予測できることだった。



 ……あと、二日。

 恩返しをしたい。そう思うのに、結局簡単な手伝いくらいしかできない自分が、ものすごく歯がゆい。

 二日なんて、あっという間だ。






   ※  ※  ※






 わたしはギィとフリップさんと、街からずうっと真っ直ぐ砂漠を北上した地点へ来ていた。

 お互い身内に人間がいるわけだから、落ち合う場所は人気がないほうがいいだろう───そういう理由で場所を指定されたみたいで、このあたりで待機していれば迎えが来るらしいんだけれど。


「あちー」

 ……うん、暑い。


 フリップさんは砂虫を警戒しているのか、長い銃を小脇に抱えたまま、その身をバイクの小さな日陰の中へ無理矢理ねじ込んで、だれている。

 わたしも日差しにバテてぐったりしていたら、ギィに抱え上げられた。

 熱せられた足元の砂と距離ができて、彼の長身がつくる日陰に覆われると、だいぶ楽になる。

 ギィの身体はわたしの体温よりひんやりと冷たい気がして、ついつい擦り寄った。


 ああ、甘えてるなあ、わたし。

 ……ギィは背中にめいっぱい日光当たってるけど、大丈夫なのかなあ。


 そんなことを暑さでぼーっとしながら考えていたら。



 ぃぃぃぃぃん、

 空気をびりびりとふるわせるような奇妙に甲高い轟音が、ずうっと遠くから聞こえてきた。

 なんだろうと周りを見回せば、空の一点に、黒い影。

 それがどんどん大きくなって、次第に色と形が判別できるようになってくる。


 なにあれ。


 風を受ける翼もプロペラもないのに、でっかいトラックみたいな白くて長い箱がぐいぐい進んで空を圧迫していく。

 金属っぽいかたまりが空を飛んでいる、っていうことは、飛行機なんだろう。

 けれど、どういう原理で飛んでいるのか、外見からみてまったくわからない。


 なにあれ、えすえふ───?!


 口の中に乾いた砂が舞い込んできて、自分がそこをぱっかーんと開きっぱなしだったことに気が付いた。慌てて閉じる。



 フリップさんちでは、部屋の明かりはオイルを使ったランプだった。

 バイクもあるし、主なエネルギーは液体の燃料で、電気が必要なときは発電機を使う、そんなカンジの生活だったと思う。

 だから、わたしがいままで暮らしてた社会と『今』は文明的な差はあんまり無いんだって、なんとなく考えてた。それなのに。


 ……あれ、でも、翻訳機ってどういう仕組み?


 やっぱりわたし、いろいろ認識が甘かった。

 ずっとずっと進んでたんだ。わたしが知ってる世界よりも。



「すげーなー。話にゃ聞いてたけど、アレだけデカイ遺物がまだ生きてんだ」

 フリップさんは手のひらでひさしを作って太陽光をさえぎり、上空を眺めながら感心したようにそう言った。


 あれも遺物。


 あっけにとられてまじまじと見上げていると、白い箱の中央あたり、一部の壁が四角にへこんで横にスライドして、暗い内部がぽかりとのぞいた。

 そこに動く影が見える。

 なんだろう、そう思う間もなく、それは空に浮かぶ箱から落ちて、空中でぎゅるっと縦に回転したようだった。


 太陽の光を白く反射しながら、こちらめがけて落下してくる───!


 すぐさまギィは後ろに飛び退いて距離をとったけれど、砂を巻き上げて地に落ちたその白いものは、身体に纏わりつく砂埃を散らす勢いでさらに接近してくる。早い。

 わたしがいるからギィは思うように動けないんだろう。瞬時に押し迫った白いそれがギィの足元を横に薙ぎ払った。

 ぐるん、いつかに感じた感覚がして、視界が縦に回る。風に煽られたコートの裾がばたばたと音を立てて上へとなびく。ああ、今、落ちてる───


 ざっと砂地に着地する音と衝撃があった。

 しがみついてたギィから無理矢理引き剥がされて、ぎゅうっと何かに押し付けられる。見上げたらフリップさんだった。

 振り向けば、弾丸のような速度で離れていくギィの背中が見えた。

「ギィ!」


 彼の手に、いつのまにかナイフが握られている。

 それをどうするつもりなのか、問う隙もなく。打ち合わされた刃が、耐えかねる力を受けて悲鳴を上げるみたいに、ぎゅいぃん、と歪んだ音を立てる。


 白いものは、ヒトのかたちをしていた。

 両手の甲のあたりから、ぎらりと光る両刃の剣のようなものが突き出していて、右手のそれとギィの持つ真っ黒なナイフとがせめぎ合っている。


 ああ、あのひとの顔、人間だ!


 その人の左手が動いて、ギィの腹部目掛けて剣先の角度を変えたことにぞっとした。


 あとはもう、わたしでは目が追いつかなくて。網膜に残るのは、ひるがえる黒いコートの裾と、白刃がはね返す陽光と。ひどく重たい、金属がぶつかり合う音。



 わたしを迎えにきたはずの人が、どうしてギィと争っているんだろう。

 ギィはなにも悪いことしてないのに、どうして攻撃されているんだろう。


「やめて! やめて。ギィ!」

 駆け出そうとしたわたしの襟首がぐいと後ろに引っ張られる。

「こら待てミオ」

 フリップさん、わたしじゃなくてあの二人を止めてよ───!


 砂で踏ん張れない脚と腕をじたばた振り回したら、ふいに離されて、わたしは前につんのめってコケそうになりながら走り出す。



 ぽんっ。


 その場を包む緊張に不似合いな、間の抜けた音がして、白と黒、二つの影はすぐさま反発する磁石のように距離をとった。

 直前まで組み合っていたその場所へ、飛んできたものが爆発して、そこを中心に風が巻き起こる。

 衝撃で後ろへ転がりそうになったわたしの所へ、ギィがとぶように駆けてきて抱えてくれた。


「はーいそこまでー。なんなのイキナリ。どっちもちょっと頭冷やしてよ。アンタら何しにここに来たんだよ」

 呆れたように平坦な声でフリップさんはそういって、がしゃりと銃を捌く。

 必要なくなったのだろうものをぽとりと砂の上に落として、新しい弾を込めて、またがしゃり。

 けれどその銃口を誰かに向けることなく肩に担ぐと、芝居がかったしぐさでヤレヤレと、首を左右に振った。

「ミオのためじゃないの?」


 白い人の視線がわたしに向けられる。

 真っ直ぐ見つめられて、まず左の目が真っ白なことにびっくりした。

 よく見ると目尻の近くにまぶたから頬骨に至る傷があって、おそらくはそれが瞳の色を失くす原因だったんじゃないかと想像させる、痛々しい痕だった。

 たぶん三十代くらいの、男の人。

 表情はすごく険しくて、睨むようにこちらを見るから、正直言うとすごく怖い。

 でも同時に、わたしはちょっと怒ってもいた。



 白い人は、次の行動をどうするべきか考えあぐねる様子で、じりじりとすり足で重心を低くしながらギィに向かって口を開く。

「てめえ、何だ? ヒトに擬態してんのか」



 ぎたいってなに。

 よくわからないけど、この人がギィを疑って、誤解してるのだけはわかる。そうして、なんだかすごーく失礼なことを言ったのも。

 くやしくなってついぎゅうっとギィのコートを握り締めたら、指先に砂と毛羽立った布の感触がした。

 あああ、ギィのコート、あちこち傷がついてほつれてる。

 砂がついて白くなっている箇所をぱたぱた叩いた。せめて手の届く範囲の汚れくらい落としたい。

 どうしてギィがこんなことされなくちゃいけないのか。

「ギィはわたしを助けてくれたヒトですよ!」



「…助けた? こいつが? 人間を?」

 ありえない事を聞いた、そういわんばかりに不信げに顔をしかめた白い人の背後に、いつの間にか高度を落としていた『遺物』がゆっくりと降りてきた。


 どうしてそんな風に疑うの。

 なにか言い返したかったけど、着地しようとする遺物に風と砂が舞い上げられて、邪魔される。

 その砂埃が落ち着くより先に、遺物の外壁がさっきと同じようにへこんで、しゅん、と音をたててスライドした。

 次はなにが出てくるのかと警戒したのはわたしだけじゃなくて、ギィもフリップさんもみたいだったけれど。


 中から現れたのは、わたしと同じか、もうちょっと年上くらいの、人間の女の子だった。


 彼女はずいっと白い人の前に出て、それを止めようと後ろから伸ばされた手をぴしゃりと叩きおとし、ゆっくり頭を下げる。

「突然無礼をはたらいてごめんなさい。わたくしはリーチェと申します。こちらの短慮で無作法な男はガルム、とお呼び下さい」

 そう言って、ほんの少し首を傾げてにこりと笑う。


 さらりと揺れる、真っ直ぐに切りそろえられた長い黒髪が、印象的だった。




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