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黒竜、賢者の嫉妬、そしてサイズダウン

 黒竜を家来にして神殿へ凱旋。そんな伝説級の偉業を成し遂げたエリを待ち受けていたのは、英雄譚の続きではなく、あまりにも世俗的な「宿泊施設の限界」でした。


「困りましたね……。ナイトホーク様のその巨躯では、お使いいただける部屋もベッドも、この神殿には物理的に存在しません」


 神殿の廊下で、エリは頭を抱えていました。 いつもなら、どんな難題でも「賢者」として最適解を導き出してくれるオーエンが、今日に限っては柱の影で腕を組み、冷ややかな視線をナイトホークに向けています。


「オーエン、何か良い知恵はないかしら? 部屋の割り振りとか、備品の調達とか……」

「無理ですね。計算の必要もありません」

 オーエンは事務的なトーンで、ピシャリと言い放ちました。


「僕の知性をもってしても、象を鳥籠に入れる方法は導き出せません。第一、そんな規格外の存在をエリの近く……失礼、神殿内に置くこと自体がセキュリティ上のリスクです。寝ぼけて竜の姿に戻られたら、神殿が内側から『物理的に』爆発してしまいますよ。あ、僕、後片付けのボランティアは辞退させていただきます」


(……こいつ、さては協力する気ゼロね?) エリはオーエンの頑なな態度に溜息をつきました。どうやら彼は、新参者の黒竜がエリの傍に居座るのが面白くないようです。


「ふん、主の側近ともあろう者が、器の小さい男だ」 ナイトホークが鼻を鳴らすと、廊下の装飾品がガタガタと震えます。

「儂の魔力制御が、寝ぼけたくらいで狂うわけなかろう。……部屋がないなら、元の姿に戻って神殿の庭で丸くなって寝ればよかろう?」

「絶対にダメ! そんなことしたら信者の人たちが『天変地異の前触れだ!』って逃げ出しちゃうし、明日には騎士団が槍を持って大行列を作っちゃうわよ!」


 エリが必死に制止すると、ナイトホークは「注文の多いことだ」と肩をすくめました。


「ならば、儂がもう少し小さくなればいいのか」

「えっ、ナイトホーク、サイズ変えられるの?」

「どれくらいが望みだ」

「そうね……。威圧感がなくて、普通の部屋に収まるくらいだから、身長180センチくらいかしら」

「お安い御用だ」

 その瞬間、ナイトホークが指を鳴らすと、漆黒の霧が彼を包み込みました。 霧が晴れた後に立っていたのは、180センチ程度の、無駄のない筋肉を纏った黒衣の美青年。

(ちょっと待って……これ、前世で徹夜して見た海外ドラマの、あの伝説のSWAT隊員のシェマー・ムーアにそっくりじゃない!)


「私がイメージしてあなたにぴったりの「マルチカム迷彩のコンバットシャツ」と「タクティカルパンツ」を出してあげるからぜひ着て見せて」とエリが言うやいなやナイトホークはドラマの中のヒーローそのものに変身した。


「どうだ、これで文句なかろう。……なんなら、エリの好みに合わせて絶世の美女の姿にでも変わってやろうか? 添い寝もしやすかろう」


「そこまでしなくていいし、添い寝の予定もないわよ!」

「添い寝だと!?」とオーエンの目が鋭く光ったその時、廊下から涼やかな笑い声が響きました。


「あらあら、ずいぶんと賑やかなことね」


 主席神官のカルミナが、扇子を片手に優雅に現れました。彼女は人間に化けたナイトホークを、骨まで見透かすような目で眺めます。


「この真っ黒な人が黒竜、いえ、ナイトホークなのね。いいわね、その色。闇夜なら誰にも気づかれずに動けそうだわ。……表に出せない『お仕事』、手伝ってもらおうかしら?」


「ほう、隠密か。儂を使いこなす自信があるなら、いつでも受けて立つぞ」


「ええ、覚えておくわ」


 カルミナは不敵に微笑むと、呆然としているエリに声をかけました。


「エリ、あなたが討伐せずに『魔獣』を連れ帰るなんて、流石の私も計算外だったわ」


 その言葉に、ナイトホークが即座に反応します。


「……おい、そこな女。訂正しろ。儂は高貴なる黒竜であって、知性なき魔獣と同列に扱われるのは心外だ」

 しかし、カルミナはどこ吹く風。慈愛に満ちた(けれど目は全く笑っていない)聖女の笑みを浮かべました。

「あら、そうなのね。でもね、ナイトホーク。私たち人間からすれば、そんな些細な違いなんて区別がつかないのよ。大きくて真っ黒なのは、全部『魔獣』で一括りなの」

「な、……なんだと……!?」

「その通りです。分類学上、脅威度は同じですからね」と、オーエンがここぞとばかりに追い打ちの理屈を並べます。 伝説の黒竜は、賢者の嫉妬と聖女の毒舌という、物理攻撃よりも痛烈な一撃を食らって立ち尽くすのでした。


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